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2022年2月11日 (金)

晩期木下尚江論覚書

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2月に入って本作りが一段落したが、生活が昼夜逆転してしまったのと外は寒いのとで、深夜も日中も蒲団の中で本読み、時々起きて酒飲みという巣篭もり生活がつづく。何を読んでいるのかというと、前に読んだ木下尚江の小説を再読しながら、晩期の木下尚江について考えているところ。当初私は、キリスト教社会主義者である木下尚江を等閑視していたわけだが、鄭玹汀さんの『天皇制国家と女性』(教文館2013)を読んでいたく反省し、あらためて読んでみれば、木下尚江は日本の社会主義運動の中で、とりわけ天皇制や家族制度、いわば国体批判において際立っている。それは木下尚江が、同時代の中で稀有のキリスト者であり共和主義者でありえたが故であると思われるが、私にとっての関心は、木下尚江が1901年の社会民主党結成に参加し、日露戦争中の平民社を支え、1906年6月に幸徳秋水がアメリカから帰国するといっしょに社会党に参加するという日本の初期社会主義運動を代表するひとりでありながら、1906年10月には社会党を脱党して以降、1937年に69歳で死ぬまで、社会主義運動から手を引き、長く沈黙しつづけたことである。そこで昨年末来、社会主義離脱後に書かれた小説類を中心に、「晩期木下尚江論」を構想するわけだが、これは文学論を書くつもりではない。今日の日本の政治状況の中で起こっている改憲策動とは、謂わば国体復古の策動であって、要は、木下尚江が直面した問題、謂わば「近代日本における共和主義の実現=天皇制の廃絶は可能か」という問題は、軍国主義国家の敗戦と戦後民主主義を経ても、何も解決されないままに現在に至っているということであり、いちばんの問題は、改憲派による国体復古の策動は、昨年と今年の衆参の選挙を経て、実現しかねないところまで来ていることである。木下尚江の沈黙は、明治維新後の日本の擬制の近代化と闘った真の近代人の挫折と沈黙であったのか、沈黙の果てに見たものは何か。木下尚江は、最晩年には再び執筆をして過去を省み、1937年4月の総選挙では無産党の鈴木茂三郎に投票し、同年7月に日中戦争が始まる中、同年11月5日に永眠した。私には、いま時代は1937年に還りつつあるように思えてならず、木下尚江のつづきをやらねばと考えているわけである。

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