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2022年1月 7日 (金)

ブログ再開

  Photo_20220107103001      3年間のブランクがありましたが、ココログを再開したいと思います。まずは、3年前の初日記から。

2019年1月4日 ·
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一昨年に父が、昨年には義父が他界して正月なしがつづき、三が日は本読みと酒飲み。壇一雄『夕日と拳銃』上巻を読了するも活劇調に気が乗らず、下巻は読まずに新刊の小田中直樹『フランス現代史』(岩波新書)を読んだ。日本では憲政史上最悪の安倍政権に対しても批判の声はさして上がらない一方、フランスでは燃料の値上げ反対するイエローベストを着た民衆の決起が、マクロン政権打倒まで言い出した。フランスでは3年前に「立ち上がる夜」という「深夜の自由討論集会」みたいなムーブメントがあったわけだが、それと民衆決起はつながっているのか、興味深深であった。『フランス現代史』はフランス戦後史の概論で、フランス戦後史は「分裂と統合の弁証法」であったとして、その対抗軸は「上(資本家やエリート官僚)」対「下(労働者や農民)」であったものが、戦後の経済成長が滞るようになった1960年代のとりわけ五月革命を契機に、社会がかかえる諸問題を、集合的アイデンティティにもとづいて社会を「内」と「外」に区別することによって解決しようとする「アイデンティティ・ポリティクス」が登場し、1980年代をつうじて、フランス社会の分裂の対抗軸は「上か、下か」から「内か、外か」に移動していったという。フランスには戦後の経済成長期にかつての植民地であった北アフリカからのイスラム系移民が増え、成長期の終わった60年代以降は非移民系でも若者には失業者が増えたわけだが、そこでは非移民や移民を含む有職者が「内」であり、移民や非移民を含む失業者は「外」である。この分裂はフランス特有のものでなく、アメリカや近未来の日本もそうなるであろう。またフランスは、フランスの栄光をめざして欧州統合をすすめる一方、1981年には社会党のミッテランが大統領になり、共産党との連立内閣が誕生して、大企業の国有化と地方分権化と労働者参加をすすめる労働法の改正などがすすんだ。しかし、ミッテラン政権の課題は不況の克服であり、そのためには企業の生産性向上や国際競争力の強化が必要であったわけで、ミッテランの実験は失敗に終わった。(※この辺りの経験は、韓国の文在寅政権にも通じると思われる)。80年代以降、「内か、外か」という対抗軸にもとづくアイデンティティ・ポリティクスに立脚する国民戦線や緑の党が国策政党として登場し、90年代のフランスは、「上か、下か」、「右か、左か」、「内か、外か」、「親欧州か、反欧州か」という四つの対抗軸があるという。そして2007年に新自由主義を擁護するアメリカ好きのサルコジ政権が誕生し、サルコジ政権と国民戦線は、テロを口実に、移民・移民二世、アラブ系、イスラムを目に見える敵に設定してポピュリズムの政治を行い、マリーヌ・ルペン率いる国民戦線は大躍進した。そして2017年の大統領選挙は、社会党右派的なマクロンと国民戦線のルペンとの一騎打ちになって、マクロンが勝利したわけだが、第一次投票における国民戦線らの得票は4割を超えた。マクロンは新自由主義的な路線をとる中道派であるわけだが、中道化に対する不満は、とりわけ民衆層には大きいという。イエローベストを着た民衆の決起の背景は、そういうことなのであろうか。グローバリズムと新自由主義が世界を席巻する時代、それを信奉する政治家のやることや経済政策は、安倍政権も含めてどの国でも大して変わることはない。1%の「上」と99%の「下」の世界で、ポピュリストは「99%の下」の間隙をついて、その分断を図るだろう。フランスの労働組合は、80年代にはその組織率を10%前後まで低下させ、その一方で新しいナショナルセンターをつくる動きが始まり、1998年に「連帯労働組合連合」ができた。一方、80年代以降、貧困層や失業者を援助したり、移民を支援する自発的な運動、失業者やホームレスに食事を提供するボランティアによるレストラン、空家を占拠してホームレスに提供するスクワットが行われているという。昨今、日本でも同様な試みは行われている。春には統一地方選挙が、夏には参議院選挙があるから、なんとかして「下」&「外」をまとめて「内」も巻き込んで、安倍政権を打倒したい。正月のない今年の目標は、これくらいであろうか。年末から1週間飲みつづけ、今日やっと休肝日して、1勝3敗。今年も、よろしくです。

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