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2018年7月 2日 (月)

本づくりのモチーフ

2000年の春に生協を辞めた私は、小野寺さんのすすめで管理職ユニオンの子ユニオン的な失業者ユニオンに参加して、そこで失業者の仕事起こしをサポートするためのNPOづくりをすすめたり、倒産後に自主再建めざして出店をしたカメラのニシダの自主生産の応援をしたり、ワーカーズコレクティブ調整センターの勉強会に参加して、失業者ユニオンが立ち上げた居酒屋リストランで飲んだりしていたわけだが、2003年2月に小野寺忠昭氏の『地域ユニオン コラボレーション論』が出ると、2004年に小野寺さんを誘って仙台の大内秀明氏を訪ねた。大内秀明氏とは1990年代に中小企業研究所でスモールビジネス研究会をやり、2000年には先生の鞄持ちをしてアメリカのNPOとの交流集会に行ったりしていたわけだが、『地域ユニオン コラボレーション論』には「労働をモノ扱いする無理」という次の一文があった。
「資本制とは労働力をモノ扱いして、一日何時間を単位として時間で使うことであった。・・・本来、人間的自然という特質を持った労働をモノ(商品)扱いする制度には、基本的な矛盾がある。自己の自由な意思と振る舞いによって行われる「裁量労働」は、人間的自然という特質を持った本来的な労働という一側面を意味している。だが、「裁量労働制」となると質の悪いペテンでしかない。短時間では裁量労働だが、長い時間のスタノスで測れば隷属的な労働なのである。資本制とは、人間諸力としての労働力を売買してモノ扱いすること。短時間であろうと長時間であろうと、時間に隷属した労働者の立場であることに変わりない。基本的に無理がある制度なのである。・・・資本の単なるモノとしての側面が露になり、モノとしての労働力の矛盾が、歴史的・世界的規模で起こってきているのが新自由主義の時代である」と。(『地域ユニオン コラボレーション論』p202)

これは私的には「労働力商品化」の問題であって、宇野派の学者である大内秀明氏はその専門家であるから、先生から「労働力商品化の止揚をすすめる労働運動とか企業や地域社会の在り方」を学ぼうと思ったわけである。しかし小野寺さんは当時、国鉄闘争の最終局面に忙しくて、その後は私ひとりで、半失業中で収入が乏しかったために、250ccのバイクで毎年仙台というか、作並にある「賢治とモリスの館」に通ったのであった。2011年3月には東北に大震災が起こり、その5月にもバイクで仙台に行ったのであったが、東北の復旧が大きな課題になった。大内先生とその仲間の人たちは、協同組合の関西生コンから支援を受けて「復興のための協同センター・仙台」&「仙台・羅須地人協会」を立ち上げると、「文明の転換による東北の復興」をかかげて、宮城県内の多様な協同組合の賛同を得て毎年シンポジウムを開いている。復興に向けた研究もすすみ、この4月には大内秀明編『自然エネルギーのソーシャルデザインーースマートコミュニティの水系モデル』(鹿島出版会)が出版された。そしてここまで来ると、そういうものとしての地域社会、コミュニティづくりが課題になるわけだが、それはいわば社会的連帯経済とされるものと大して違いはないと思うわけである。

毎年作並に通ってあれこれ議論して、それを2014年末に大内秀明氏との共著で『土着社会主義の水脈を求めて――労農派と宇野弘蔵』(社会評論社)という本を出した。それで、それを小野寺忠昭氏に差し上げようと2015年2月だったかに門前仲町の日高屋で、久しぶりに小野寺さんと飲んだわけだが、その時に小野寺さんからは『What was 国鉄闘争~そして次へ~』(ぶなの木出版)という本をいただいた。この本は24年間にわたる国鉄闘争が勝利的に終焉した後、その総括と今後を展望した本で、『地域ユニオン コラボレーション論』ともいえる本であり、その一文にはこうあった。
「また同時に大切なもう一つの、「私のモノはあなたのモノ、あなたのモノは私のモノ」と言うモットーヘ連結させることだと考える。そのモットーはグローバル自由経済主義に対抗する友愛経済主義のスローガン「個人的所有の再建」の原理的な運動の出発点でもある。・・平たく言えばワークシェアリングやカーシェアリング、ナショナルトラスト、ワーコレや自主生産等の運動のことである。また生産者の顔が見える生産物との関係・生協活動やまた今やスーパーでも見られる産地・生産者表示や地域マネー運動のことでもある。さらに脱原発の有害放射線を生産させない運動、そして自然エネルギー転換運動のことであり、友愛経済主義はそのような、「モノ」づくりと「モノ使い」の実践的な行為が私とみんなの共有関係に作り替えていく運動なのである。そしてその運動は資本の私的占有によって奪われた、公共交通、電力や教育、医療や福祉・年金や地方自治体など市民社会の公共性・社会防壁の再建や原発の放射能の廃棄物によって汚された社会をこれ以上汚染させない原点なのであると私も考える。新しい労働組合運動はそれらのネットワークの中核に近づけていくことと考える」と。(『What was 国鉄闘争~そして次へ~』p105)

そしてこの本を読んだ時に、私は「新しい労働組合運動」と「新しい協同組合運動」を構想し、それを東北の復興構想。私的には「脱労働力商品化によるコミュニティの形成」に結びつけられないものかと考えて、2015年7月に小野寺さんとその仲間、それに協同組合や社会的連帯経済の研究者である丸山茂樹さんを誘って、再び作並に行ったのであった。2泊3日の小旅行ではあったけど、大内秀明氏、半田正樹氏、田中史郎氏の仙台宇野派との勉強会、大震災被災地の訪問から作並温泉つかりまで、充実した仙台行きであった。そして同年8月には鎌倉孝夫氏が『帝国主義支配を平和だという倒錯』(社会評論社)が出版されてその出版記念会に行き、その後、小野寺さんを鎌倉孝夫氏に紹介して一杯飲んだ。またその頃私は、『変革のアソシエ』という季刊誌づくりを手伝うことになって、共同代表の伊藤誠氏とも知り合い、翌2016年にそこで「労働運動講座」を始めて、そこに全統一の鳥井一平氏や埼京ユニオンの嘉山将夫氏や堀利和氏を招いて話をうかがった。そしてこれだけ役者がそろうと、少人数で話を聴くだけではもったいないから、それらをみんなまとめて本にしようと、昨年来動きだしたのであった。

2000年に生協の関連会社を辞めた後、職業訓練校でDTPを習い、「本づくりSOHOダルマ舎」という個人事業とアルバイトで凌ぎながら、ブログに「反時代的」と評される雑文を書き書き、いつかそういう本を作ろうと思いながらも、生活に追われてそれどころではなかった。しかしこの歳になれば、残りの人生を心配するよりも、いつ死んでも悔いのない生き方をする方がいいと、友人の医者から言われ、その通りだと思うところ。最初は、労働運動本だけを身銭を切ってでも出そうと思ったわけだが、ここまでくれば、協同組合本と東北の復興本をセットにして、これら3冊で関わった運動の総括と、新しい時代に向けた展望を遺したいと思うところ。このひどい時代だからこそ、反時代的な本を作ろう。期間は、あと2年くらいか。来年の参院選、再来年の衆院選まで。その結果に関係なく、その後は隠居の予定。よろしく。

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コメント

 いよいよ大詰めを迎えた観、確かにそう思うところ。ただ、枠組みで詰め切っていない点があるし、連帯経済の中身が整理されていない点が気になるところ。ぜひお会いして話したいね!宜しく。

投稿: 大内 秀明 | 2018年7月 4日 (水) 10時18分

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