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2018年6月28日 (木)

社会的連帯経済と労働運動――社会的連帯経済とは何か

先日、GSEF2018ビルバオ大会日本実行委員会の6月学習会で、スペイン・バスク地方の協同組合について話をうかがった時に、講師の石塚秀雄氏は「社会的連帯経済のモデルには、スペインのモンドラゴン型とカナダのケベック型があるけど、私はケベック型の方がいいと思う」と言われた。モンドラゴン型は生産協同組合を中核としたモデルであるわけだが、ケベック型には旧来の協同組合、アソシエーション、共済、市民団体といったものに、新しい連帯経済、公益団体、さらに労働組合が、「シャンテ」という社会的連帯経済の推進団体に結集していて、政党も関係しているという。要は、労働組合が社会的連帯経済の中にちゃんと位置づけられているわけである。

社会的連帯経済が言われる中で、日本ではそこに労働組合を位置づけしようとする意見はほとんどなく、それは労働組合自体に社会的連帯経済への関心がない、もしくはそれに反対するからだとされるわけだが、私的には労働組合の参加こそが社会的連帯経済の肝である。連合総研あたりで社会的連帯経済の研究はされても、連合傘下の労働組合がそういうものとして新しい取り組みをするわけではないし、そもそも大半の労働組合は自らの社会的役割など眼中になく、正規社員中心に自己保身的に企業内に閉じこもっているのが実態である。しかし協同組合だって、既存の大きな生協や農協や連合会で、どれだけ社会的連帯経済が模索されているかを見れば、労働組合と似たような状況であろう。そして少数の協同組合関係者が社会的連帯経済を模索するように、労働運動においても少数派ではあるけれど、総研レベルではなく実践をとおしてそれは行われているのである。

ソ連型社会主義の崩壊以降、社会主義に代わって西欧型の社会民主主義やアメリカ型の非営利組織が見直され、非営利協同とか社会的経済が模索され、やがてそれは世界的にも社会的連帯経済という市場経済に対抗する言葉を生み出し、その実践をスペインやイアタリアに見に行った研究者は、「社会的経済のキワードは『連帯』です。連帯という用語は日本ではあまり使われませんが・・モンドラゴン協同組合やイタリア協同組合では・・重要な意味をもっています」とか報告するわけだが、私の身近な労働運動では、1980年代には既に「連帯」こそが合言葉であった。パラマウント製靴共働社の靴のブランドは「solidarity(連帯)」であったし、私はsolidarityブランドの靴を今でも3足履いている。

私の身近な労働運動とは、東京下町の労働運動であったわけだが、そこでは1970年代から倒産争議は自主生産闘争として闘われていて、その中から生産する労働組合や生産協同組合が語られ、併せてそれを支える地域社会をベースにしたネットワーク型の労働運動が展開されていた。また、中小零細企業の多かった下町は未組織労働者が多く、その組織化のために地域合同労組がつくられ、やがて非正規のパート労働者を組織するユニオン型の労働組合が誕生した。要は、下町では自主生産闘争を通じて生産する労働組合とそれを支える地域ネットワークづくりと、産別型や企業内組合ではない企業を超えたコミュニティユニオンづくりが、1970年代から資本との戦いを通して模索されてきたわけである。

1970年代半ばのペトリカメラの自主生産闘争は、1973年にフランスで起こったリップ時計会社の自主生産闘争にシンパシーした同時代的な闘争であり、日本における労働組合による自主生産運動の流れは単なる争議を凌ぐための手段ということ以上の思想を形成しつつ、少数派運動ながら現在もなお継続されている。1990年代からのハイライトは、国鉄闘争であった。戦後の見直しというよりは55年体制の清算をかかげた中曽根政権は、戦後社会のプリンシプルとなった民主主義、とりわけ労働組合運動の基盤となった産業民主主義と労働法制を壊しにかかり、最強の労働組合であった国鉄労働組合をつぶした。しかし、国労からも政党かあらも見放された1047名の人々は闘争団に結集して、争議を継続するために各地に会社を起こして自主生産をしながら24年間闘いつづけて終に勝利し、200億円の解決金まで得た。また外国人労働者問題に取り組む全統一労働組合は、争議解決後も自主生産しつづける自主生産企業をまとめて自主生産ネットワークを継続している。

そして、これらの自主生産闘争を起こしては闘いつづける人が一人でもいる限り最後まで支援してきた元東京地評オルグの小野寺忠昭氏は、自らの闘争を「日本のユニオン運動の争議は決して国際水準い引けをとることがないし、反倒産・自主生産運動は、国際的な水準を超えて普遍的な問題を提起している」と総括している。しかし、日本の社会的連帯経済議論の中では日本の自主生産運動の先進性などはまったく語られない。どちらかと言うと、労働組合は過去の運動で、これからは協同組合の時代だ、みたいなことを言う人の方が多い。そしてその人たちは外国の社会的連帯経済の事例を見て、これからは競争よりも協力や公正の時代になり、やがて株式会社は協同組合に取って代わられるみたいに希望的に語りがちなのだが、労働運動の経験からすれば、闘わずして資本や会社から勝ち取れるものは何もないということである。

いま国会で「働き方改革関連法案」が通ろうとしている。中曽根行革に始まった産業民主主義と戦後労働法制の破壊は、安倍政権によって継続され、すでにポイント・オブ・ノーリターンを超えたところであろうか。昨年来、関西では協同組合型の労働運動をする関西生コンに対して、暴力的な破壊工作が仕掛けられているが、果たしてこれらのことは社会的連帯経済とは別のことなのだろうか。スペインやイタリアの人々はかつてファシズムと闘い、韓国の人々は独裁政権と闘い、民主主義を勝ち取ることによって協同組合法や社会的経済法をつくり、社会的連帯経済への歩みをすすめている。安倍政権による民主主義の破壊は、戦後の産業民主主義と労働法制を全否定しつつあるわけだが、それは労働運動の問題というよりは、いま社会的連帯経済にとっても重要な問題である。なぜなら、産業民主主義が否定されれば、社会的連体経済もその屋台骨を失うであろうし、日本の社会的連帯経済がそこにつくられるとすれば、それはコーポラティズム的なものにしかならないだろうからである。社会的連帯経済とは何か、それはもはや研究対象でもなければ理想でもない、かつてマルクスが書いたように、それは「現実の運動」である。少数派ではあるけれど、生産する労働組合や非正規労働者や外国人労働者を企業を超えて地域で組織するコミュニティユニオンとの連帯が闘う社会的連帯経済運動の肝であろうと思うところ、そういった労働運動との連帯をすすめよう。

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