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2018年5月24日 (木)

社会的連帯経済と日本の協同組合

5月22日は、グローバリズムの跋扈に対して社会的連帯経済をめざすGSEFの2018年の大会が、今年の秋にスペインのビルバオで開かれるということで、それに向けてGSEF2018大会日本実行委員会主催の学習会に出かけた。南欧の経済はギリシャに次ぐデフォルトの危機を言われながらも、グローバリズムに対するオルタナティブを試行しつつあり、その中でも注目されるのがスペインのバスク地方にあるモンドラゴンの労働者協同組合群である。GSEF2018大会日本実行委員会を構成するソウル宣言の会は、社会的連帯経済の普及をめざしているわけだが、日本においては社会的連帯経済の名称はマスコミにおいても取り上げられず、そこで今回は東京新聞編集委員の土田修氏から「フランス及び、ヨーロッパの社会的連帯経済、及び草の根運動の現状」と、JCA(日本協同組合連携機構)の前田健喜氏の話をうかがった。

Jca1前田健喜氏によれば、「日本では農協や生協や共済組合などの各種協同組合の総組合員数は6500万人、事業高は16兆円、店舗・施設数は35600ヶ所あり、新しく出来たJCAでは各種協同組合の提携をすすめている」という。それを聞いて私は、1980年のICAモスクワ大会におけるレイドロウ報告『西暦2000年における協同組合』の以下の部分を思い出した。当時の多国籍企業の跋扈に対して「生産協同組合や協同組合地域社会の建設」を提起したレイドロウ博士が、日本の農協を評価して「協同組合地域社会なるものを創設するという点で、都会の人々に強力な影響を与えるためには、たとえば日本の綜合農協のような総合的方法がとられなければならない」と書いたことである。しかしそれから40年近く経ち、日本には協同組合地域社会が誕生したのかといえば、協同組合の規模は拡大してもそんな気配は全く無い。前田健喜氏の講演資料(全労済協会「勤労者の生活意識と協同組合に関する調査報告書」2016年版)に、「社会問題や暮らしの向上に熱心な団体」についてのアンケート結果というのがあって、それをJca2見ると最下位は協同組合、その次は労働組合になっている。先日私は、白石孝氏の『ソウルの市民民主主義』を評したついでに、「生協とその労働組合は〈ソーシャル〉の視点を失いつつあるからではあるまいか」と書いたけど、実態としてそうなっていることが分る。JCAが出来たのは社会的連帯経済にとって前進だけど、社会的連帯経済を広めるには、同時に今の生協の自己変革が必要で、それはJACに任せればいいという話ではないと思うわけ。かつて石見尚氏は、ロッチデール型の消費組合を第二世代の協同組合、生産協同組合を第三世代の協同組合と呼んだけど、現在の日本の協同組合は二・二世代くらいなものだろうか。この30年くらいの間に日本の生協に学んだ韓国の協同組合の方が世界に広く学んで、協同組合運動の新しい展開を始めている。

一方、共和主義を代表する国フランスにおける社会的連帯経済はどうなっているのか、土田修氏によれば、「フランスでは1901年にアソシエーション法が制定され、2015年にはそれが社会的・連帯経済法になって、社会的経済という用語は普通に使われており、その中身は共済組合や協同組合や保険会社やアソシエーションであるわけだが、オランドやマクロンは社会党政権だけど新自由主義で、それに対して草の根運動的にはザティストと呼ばれる若者が空家をシェアして多数のシェアコミュニティをつくったけど弾圧され、また工場閉鎖で解雇された労働者が会社の経営を引き継いで労働者協同組合をつくったりして、地域からポスト資本主義〈革命〉がはじまったりしている」とのことであった。そして、ここでザティストが面白いのは、既成社会に対抗的なシェアコミュニティみたいな運動であるからだろうか。フランスでは少人数で協同組合がつくれるそうだけど、韓国もそうで、日本でも必要なのは連携機構による上からの連携よりも、自立的な運動によって培われる連帯ではなかろうか。

フランスの解雇された労働者による経営で思い出すのは、1960年代のフランスで闘われた「リップ時計闘争」という労働者による自主生産闘争である。だから、昨今の解雇された労働者による労働者協同組合はとりわけ新しいものとは思われず、かつては自主生産闘争で終わったものが労働者協同組合になったことが目新しいのかと思うわけだが、リップ時計闘争にインスパイアされて闘われた1970年代の日本の自主生産闘争は、当時すでに生産協同組合化を視野に入れて闘われており、そこで作られた製品のブランドは「Solidarity(連帯)」であったから、そういった日本の経験の再評価も必要であろうと思うところ。レイドロウの農協評価にしても、日本の農協の総合性のルーツは戦前の産業組合にあるわけで、イギリスのロッチデール型の消費組合と比べてドイツに学んだ戦前の産業組合は遅れていたと見るよりも、その総合性は見直されていい。1933年の昭和三陸地震&津波からの地域の復興は、大槌町吉里吉里集落において多種多様な産業組合をつくることによって行われて「理想村」を誕生させた。井上ひさしのユートピア小説『吉里吉里人』は、このことをオマージュして描かれたわけだが、3.11東北大震災からの復興についても、協同組合を活用した復興、社会的連帯経済の形成を実践的に試みるべきであろう。

ついでに書けば、社会的連帯経済という発想は、ヨーロッパの社会主義=社会民主主義から生まれてきたように思う。日本でのその普及のためには、日本におけるそれまでの社会主義の総括が必要であろう。そんなで私は、来月には東北へ、秋にはバスクにも行きたいと思うところ。今年は何かといそがしい。

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2018年5月16日 (水)

社会的連帯経済と協同組合における労働組合

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先々週に、3月に『ソウルの市民民主主義』(コモンズ)という本を出された白石孝さんの講演「韓国の市民民主主義に学ぶ政治と自治」があり、白石孝さんは荒川区職員労働組合の前書記長という方で、私はソウルの市民民主主義にも韓国の労働運動にも関心があったので、行ってきた。実はいま、労働運動の本を作ろうとしていて、それはこの間やってきた「新しい労働運動の構想」研究会をまとめたものにしようと、元東京地評オルグの小野寺忠昭さんと、江戸川ユニオンの小畑精武さんの共同編集ですすめていて、私はその中に「協同組合や社会的連帯経済と労働組合」とった内容の文章を載せたいと思っていて、パルシステム東京労働組合の岩元修一さんに相談して、生協のパートさんで労働組合に加入した二人の女性の方をご紹介いただいた。

そんで先週、岩元さんと二人の女性組合員さんにお話をうかがうことができた。岩元さんによると、パルシステム東京における労働組合組織率は正規と非正規を合わせて8.3%ほどとのことであった。それでも全労協系の組合の中では大きい分会だそうで、岩元さんらによる長年の活動の成果で頼もしくもある。しかし、白石孝『ソウルの市民民主主義』によれば、非正規労働者の正規職員化をすすめる朴元淳市長のソウル市では、非正規率を「直接雇用の非正規職だけでなく、業務請負先の非正規労働者も公共部門の非正規職として捉えて対象とした」という。生協も直接雇用の正規&非正規職員以外に、配送センターや物流センター関係での業務委託先の下請け会社には、社員や契約社員、パートの人たちが非常にたくさんいるから、ソウル市のようにこれらの人たちを人たちを含めた組織率を勘案すると、ほとんど数パーセントなのではあるまいかと思われるところ。連合会やパルシステム全体の労働組合組織率や非正規労働者の割合なども、訊いたけど分らなかった。果たして把握している方はいるのやら。

白石孝氏は『ソウルの市民民主主義』に、「日本の労働者の非正規率は40%に追っている。賃金水準は正規職の半分ほどだ。地方自治体に勤務する職員の3分のIは非正規で、賃金水準も正規職の4分のI~3分の1程度である。業務委託先の労働者の非正規化・低賃金構造も、広く存在する。日本の地方自治体は、内と外に官製ワーキングプアを発生させているのである」として、退職後はNPO法人官製ワーキングプア研究会をつくって理事長をしているという。私は50歳で生協勤めを辞めた後、失業者ユニオンに入って、そこで仕事おこしをサポートするNPOなどつくってワーキングプアをしのいだものだけど、岩元さんらに「生協を退職した人がNPOや社会的企業などつくって、キャリアを生かして社会貢献的な活動などやらないものですかね」と訊いてみたわけだが、関係者には「セカンドリーグ」のサポートなどあるようで、当事者にはハッピーな話だけど物足りなく思ったところ。

白石孝『ソウルの市民民主主義』は「ソウル・レポート」的な本であるけど、第8章の大内裕和氏と白石孝氏との対談はすごい。「貧困と格差を是正するために」が副題の対談で、私的に要点をまとめれば、「今のソウル市政は、グローバル資本主義への対抗軸を明確に」しており、格差是正のポイントは「選別的福祉から普遍的福祉」への転換であり、「〈リベラル〉とは異なる〈ソーシャル〉という視点が重要です」ということであろうか。大内裕和氏はこう語る。「〈リベラル〉とは自由主義ですから、市場への規制や税制による〈格差と貧困〉の是正という考え方は本来ありません。それに対して〈格差と貧困〉を税配分と社会保障によって是正する〈ソーシャル〉を強く打ち出せるかどうかがカギです。〈ソーシャル〉の視点がない市民主義は、上層と中流上層の市民限定の民主主義になってしまう」と。

協同組合運動や社会的連帯経済から南北首脳会談まで、いま韓国が元気なのは、朴元淳市長のソウル市政やそれを引き継ぐ文在寅大統領の政策の根底に、上記の視点があるからであろう。そして、日本の生協の労働組合の組織率が低いのは、せっかく協同組合という社会的企業と言われる企業ををやっているのに、事業と組織の拡大の一方で、生協とその労働組合は「ソーシャル」の視点を失いつつあるからではあるまいか。所謂「思想の危機」と言われることで、ロッチデール型の消費生協は「出資配当」や「利用割戻し」といった功利主義的運営によって成功したわけだが、現在ではさらに業務の外部化(=非正規労働者の増加)など新自由主義にもなじんで、となると「ソーシャル」はカンパニア化する。

ロバート・オウエン主義者らが1844年に創ったロッチデール公正開拓者組合の当初の目的は、「食料品を売る店舗の開設」もあったけど、主要には「失職した組合員に職を与えるため物の生産を始めるほか………国内植民地(コミュニティ)の建設」であった。しかし資本主義は、正にロッチデールの時代に労働力を商品化することによって成立したわけで、それによって労働者による生産協同組合やコミュニティづくりは否定され、労働者は労働組合に、消費者は消費組合に組織され、政治運動は労働者政党に集約された。それから100年以上経って、企業の多国籍化からやがてグローバリズムが登場して、協同組合の「思想の危機」が言われ、レイドロウ博士は「生産協同組合と協同組合地域社会」作りを提起され、それはソ連型社会主義の崩壊を経た後に今日の「社会的連帯経済」への流れとつながっている。かつて隆盛を極めたヨーロッパの生協が停滞し弱体化していったのは1970年代頃からであろうか、しかし衰退というよりは成熟した社会からは、また新しい「ソーシャル」が模索されるわけである。

衰退するヨーロッパの生協を尻目に、日本の生協は1980年代以降、日本の誇る班をベースにした共同購入や市場経済・自由主義に適合的な個配によって大きく拡大した。近代化のすすむお隣の韓国からも日本の生協に学びに来たものであったけど、近年、韓国の協同組合運動は質的に変容しつつあるように思われる。韓国では、2006年に社会的企業育成法が、2012年には協同組合基本法が成立して協同組合運動が取り組みやすくなるわけだが、民主主義を獲得する闘争と合わせて、ヨーロッパの成熟した思想や運動に学び、試行錯誤や失敗もあるだろうけど、生活の中で実践的に取り組まれ、それらを背景に朴元淳市長による「ソウル宣言」とGSEF(Global Social Economy Forum)の提起は、世界的な社会的経済の流れを主導的に創ろうとしている。

これらについて書かれた本には、昨年10月に出た丸山茂樹氏の『共生と共歓の世界を創る』(社会評論社)があって、それはA.グラムシからK.ポランニー、朴元淳ソウル市長によるGSEFの結成と社会的連帯経済までが俯瞰された本であるわけだが、今回の白石孝氏の『ソウルの市民民主主義』は、それにプラスして、労働運動の観点から労働政策が語られている。2冊セットで読まれることをお勧めするところ。今年の3月には明治大学で、『共生と共歓の世界を創る』の出版記念会があって、最期に会場からの発言を行った共同連の堀利和氏は、障害のある人ない人が対等平等で働く共働事業所づくりの運動を進めてきて、イタリアの社会的協同組合法Bや韓国の社会的企業育成法に学びながら、「社会的事業所」制度の法制化をめざしている。堀さんは、2年前に出した『アソシエーションの政治経済学』(社会評論社)にこう書いている。「人間の解放は障害者に始まって〈障害者〉に終わる! なぜなら、搾取の対象にすらならない障害者を人間にするからである!」と。堀さんの提起は非正規労働者をなくし、社会的連帯経済というものが内部に差別や格差を持ち得ないようにするための根底的な提起となっている。

果たして、正規職員中心で組織率数パーセントの生協の労働組合は「普遍的福祉」を目指せるであろうか。協同組合は「社会的連帯経済」の主力をになえるであろうか。事業体としての生協には経営があり、事業と組織が大きくなれば「ソーシャル」よりも世間的なたしなみが必要だし、それはそこで働く人間にとっても同じことかもしれないし、たとえカンパニアだって生協は立派なことはけっこうやっている。そういうものとしての生協を一概に否定は出来ない。しかし協同組合も、大内裕和氏が「〈ソーシャル〉の視点がない市民主義は、上層と中流上層の市民限定の民主主義になってしまう」と言うように、今のままでは自ら協同組合地域社会や社会的連帯経済を語れない。だからますます役職員の誰も協同組合地域社会や社会的連帯経済を語らなくなるように私には見えるわけだが、この構造に内部から批判的に発言できるのは労働組合であり、協同組合の労働組合はその役割が重要だと、私は思う次第です。

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