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2017年5月10日 (水)

柳田国男と宮沢賢治と産業組合+宇野弘蔵

5.柳田国男と宮沢賢治と産業組合+宇野弘蔵

先日、大内秀明氏から「宮沢賢治『ポラーノの広場』の産業組合――羅須地人協会とイーハト―ヴォ」の原稿が送られてきてた。ふたりで「宮沢賢治と産業組合」を語り合っているわけだが、以下は私の「宮沢賢治と産業組合」論のメモ。

柳田国男の代表作の『遠野物語』は、柳田国男が遠野出身の佐々木喜善からの語り聞きをまとめたもので、遠野といえば宮沢賢治の時代には花巻から軽便鉄道が通って、そこは宮沢賢治の童話の世界にもなっている所で、柳田国男と宮沢賢治はその世界を同じくしているし、「ざしき童子」と「ザシキワラシ」の同じような話も書いているし、後に佐々木喜善は宮沢賢治を訪ねて語り合いをしているおり、天沢退二郎氏は『現代思想』2012年10月臨時増刊号に、「『遠野物語』の魅力の根源は・・宮沢賢治の童話などと共通の、非人称的な〈物語〉なるものの力によって支えられているのである。・・「ざしき童子」と「ザシキワラシ」の場合は稀にみる急接近だとしても)・・『遠野物語』のいたるところに〈宮沢賢治〉がいるし、賢治テクストのいたるところに『遠野物語』があるのだ・・」と。

そして、柳田国男と宮沢賢治のふたりの共通項には「遠野の世界」のほかに、もうひとつ「産業組合」があり、その扱われ方がある。幼い頃に飢餓を体験した柳田国男は、大学で農政学を学び、卒論には「社稷」の話を書き、農商務省に奉職すると1902年に『最新産業組合通解』を書き、産業組合の普及に力を入れた。柳田国男が『遠野物語』を書くのは1910年のことである。一方、宮沢賢治は『春と修羅』と『注文の多い料理店』を自費出版した1924年に「産業組合青年会」の詩を書き、1926年に花巻農学校を退職すると、同年6月に『農民芸術概論要綱』を書き、8月には「羅須地人協会」を立ち上げた。そして青年たちが力を合わせて産業組合を立ち上げる『ポラーノの広場』を書き、死ぬ間際には遺書のように「産業組合青年会」の詩を詩誌に送っている。

柳田国男と宮沢賢治の共通項としての産業組合といっても、それぞれにおける産業組合への取り組みの流れはちがう。若き松岡国男は「文学界」の同人になり抒情詩を書いたわけだが、自然主義を批判して、田山花袋や島崎藤村と決別し、やがて『遠野物語』を書いた。柳田国男は貧しい農民を救済すべく各地を回って産業組合の普及を説いたのであるが、土着の現実にも突き当たったであろうと思われる。そして山人を知り、「国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と序に書いて『遠野物語』を自費出版した。そして、西洋の自然主義にあこがれる田山花袋に、「君には僕の心持は解るまい」、「君には批評する資格がない」とさえ言ったそうである。

天沢退二郎氏が書くように『遠野物語』は反自然主義の物語であり、日本の近代化と近代文学を批判して、その後の柳田国男は民俗学に向かう。一方、宮沢賢治は柳田国男よりも21歳若く、盛岡中学時代から同校の10年先輩の石川啄木の影響を受けて短歌を作るようになり、盛岡高等農林学校では同人誌をやり、やがて法華経を読んで救済の道を志すようになり、童話を書くようになった。実家の仕事を嫌い、東京への憧れもあったが、妹トシの死を契機に日本近代文学では前人未到の作品行為をなし、やがて教員を辞めて新たな理想に生きようとして羅須地人協会を立ち上げた。宮沢賢治の構想した羅須地人協会をは、系統に組織された組合というよりは、イーハトーヴォにつながる「語りえぬ組合」であったと私には思われる。

柳田国男は抒情詩を捨て、産業組合の普及仕事から『遠野物語』を自費出版する道を歩み出し、宮沢賢治は『春と修羅』と『注文の多い料理店』を自費出版した後に産業組合に心寄せた。だから、これは反対の歩み方かといえば、そうではない。柳田国男が田山花袋に「君には僕の心持は解るまい」と言い、天沢退二郎氏が「賢治における〈書くこと〉のプライヴェートな射程が、ついにひとりの真の標的・真の読者の影もないまま終始した――まさにそのことの意識の中でかれの詩作品・詩作行為が進行した徹底的な事情にこそ、宮澤賢治の孤独が存するのである」と書くのと同じように、宮沢賢治の産業組合に寄せる心持を理解しようとする人は少ない。「羅須地人協会の〈羅須〉とはどういう意味か」という問いを人々はするけど、宮沢賢治はあえてそれを意味のない「語りえぬ組合」としたわけである。

東北大学に奉職して農村共同体のことを研究した学者に中村吉治がいる。中村吉治のことも大内先生から「唯物史観じゃない共同体学者なら中村吉治さんがいるよ」と教えられたわけだが、大内先生が東北大学に奉職された時に中村吉治さんがいて、お互い宇野弘蔵つながりということで懇意にしていただいたという。要は、中村吉治も東北大学に奉職した時に、宇野弘蔵がいて大いに啓発されたということであるが、中村吉治には同郷の学者仲間に有賀喜左衛門という学者がいて、ふたりとも南信州の伊那谷の出身なのだが、松岡国男は飯田の柳田家の養子になったから、伊那谷つながりで有賀喜左衛門は柳田国男の弟子になり、その関係で中村吉治も柳田国男とつながっていたのであった。というわけで、柳田国男と宇野弘蔵から啓発を受けて共同体論をやった中村吉治は、『武士の歴史』(岩波新書1967)にこう書いている。

「私自身、今まで封建概念につして、ずいぶん考えもし、書きもしてきている。これからも書くだろう。そして比較史的に、世界史的に意味かあるとすれば、日本の歴史の事実を明らかにすることが大切だという考えかたから、目本の歴史事実の究明につとめ、目本における封建概念を考えようとしている。だから、西欧の封建概念に対して、それに対応するような現象を、しかも断片的に、ひろしだして、日本の封建制を云々するような安易な方法がとられていることに、反撥を感じているのである。封建的土地所有とか、封建的村落共同体とか、封建的小農民とか、面倒なところは封建的という形容詞一つつければすんでしまうというやりかたが多すぎると私は感じている」と。

昨今の「社会的連帯経済」という言葉にも、私は中村吉治に近い感慨を持つ。「これからは社会主義ではなくて社会的経済だ、カール・マルクスよりもカール・ポラニーだ」ということになると、みんなイタリアとかスペインのバスクとかカナダのトロントに出かけて行き、「向こうでは〈社会的経済〉ではなくて〈社会的連帯経済〉と言っている」とかの話になるのである。私は日本の東北に行く方が安上がりだし(※私の最近の仙台通いは片道3100円の高速バスで行って1泊2500円のゲストハウスに泊まる)、勉強になると思うのだが、貧乏人のヒガミだろうか。

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コメント

文芸雑誌を出して、日本近代、日本近代文学を考えている者です。しばらく前に、貴サイトを発見し、そのテーマの新鮮さ、内容の深さに感銘しています。柳田国男と宮澤賢治の対照も、両者の相似と違いに改めて感心しました。遠野物語はゆかしく思いつつもまだよんでいないのですが、賢治の故郷から近かったのですね。柳田はわかいときに、抒情詩を花袋や独歩とやっていましたが、後年の三人の行き道の違いには、この国の近代、個人の資性の違いによるでしょうが、自然主義に入っていった花袋を、あの当時に批判的な目を向けた柳田の先見にも感心します。
経済共同体にご関心があるようですが、すばらしいことです。賢治のポラーノの広場も、そういう観点でみると、新鮮ですね。また。

投稿: 永野悟 | 2017年11月 1日 (水) 10時23分

「群系」の永野悟さんでいらっしゃいますか。私も以前に貴兄のブログに接したことがあります。それは、私の知人に同人雑誌をやっている人がいて、彼が「『群系』という雑誌に永野悟さんという人が、平山さんだと思われる人を書いているけど」と教えてくれて、検索してみた時でした。そして私は、永野さんは草加団地にいた人で、お父さんは墨田辺りで帽子屋さんかなにかをやっていた人ではないかしらと、むかし母が言っていたことを思い出したものでしたが、結局その時は、そのままにしてしまいました。あらためて、コメントありがとうございます。上記の粗論、来春までにまとめたく思うところです。今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: | 2017年11月 2日 (木) 07時57分

ああ、どうも。平山さんご自身のご返事ですね。そうです、草加団地に住んでいて、父は、東京帽子という二部上場の会社に勤めていました。我々の母親同士が仲が良く、お互いの情報が交換されていたのですね。昇さまには兄上と弟さまがいらっしゃいましたね。弟君は確か当方の弟・裕二と同年だったかと思います。
よければ、私どもの雑誌、「群系」を差し上げたいので、連絡先、教えていただけますか。
まあ、今日のネット社会ということで、縁が出来たのですね。また、よろしく。
永野悟拝

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投稿: ながのさとる | 2017年11月 2日 (木) 18時56分

私の住所は、以下です。
〒135-0062
東京都江東区東雲2-4-2-1005

投稿: 平山昇 | 2017年11月 4日 (土) 07時11分

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