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2016年11月19日 (土)

労働運動講座「新しい労働運動の構想」を始めるにあたって

Owen3cこの講座のテーマは「新しい労働運動の構想」となっていますが、私は元々は協同組合系でありまして、本当は「新しい協同組合の構想」というのをやりたいのでありますが、順序からすればまずは新しい労働運動からだと思うわけです。資本主義が成立する過程の中で、無産化した労働者の中から資本主義への対抗運動が起こり、それはロバート・オウエンのコミュニティづくりであったり、チャーティスト運動であったりするわけですが、その中から労働組合と協同組合が誕生しました。そして、当初は未分化であった労働者の運動は、1844年にロッチデール公正開拓者組合が設立された頃から、それまでの生産協同組合づくりやコミュニティづくりといった要素をなくして、労働組合と協同組合に分化しました。要は、労働力が商品化されることによって資本主義はゆるぎないシステムとして成立し、その拡大の中で労働組合はより多くのパイを要求する運動に、協同組合は消費協同組合が中心になっていき、資本主義に対抗、修正するものとしては労働者政党がつくられて、それが担うようになったわけです。(以下、経過略) 

資本主義というのは絶えざる市場の開拓と、企業のイノベイションがあって発展するものですが、1990年前後にそれまでの資本主義への対抗勢力であったソ連型社会主義圏が崩壊すると、市場経済のグローバル化が地球の隅々まですすみ、あわせて金融自由化や規制緩和によって、生産は国境を越えて労働者の雇用を不安定化させ、非正規雇用を拡大させて労働組合の組織率も急速に低下し、国境を越えて格差の拡大がすすんでいます。一方の社会主義は、とりわけ階級闘争論のイデオロギーは支持を失い、それに代わって社会民主主義の見直しなどもすすみましたが、これまでのような大きな政府による再分配機能の強化が多数派になる見通しはくらく、逆に直近の政治情勢は、世界中で先行きの読めない不安定さが増しています。 

ところで、「変革のアソシエ」が資本主義への対抗としてアソシエーションを掲げるのは、資本主義が労働力の商品化をもって資本主義の要諦だとすれば、そこから抜け出る道は、かつて資本主義は「ヨーロッパの寒冷化→羊毛の需要増→囲い込み運動→産業革命」といった偶然によって成立したものである故にそれに取って代わるものも偶然にしか生じないという他力本願をするのでなければ、労働力を商品化させなくても生きられる仕組みを創り出すほかに道はなく、その方法はロバート・オウエンが喝破したとおりにコミュニティの形成であり、宇野経済学の労働力商品論もって、その止揚と併せてコミュニティを再構築するしかなく、宇野弘蔵の経済学も若き日のサンディカリズムへの共感から出発して、所有論的な資本主義認識に違和感を感じるところから出発したのではと思うところです。 

28名の設立者の半数がオウエン主義者であったロッチデールの先駆者たちは、1844年にロッチデール公正先駆者組合を創って、その目的を「食料品、衣類等を売る店舗を設置する」こと以外に次のように宣言しました。それは、「多数の住宅を建設または購入し・・・組合員の住居にあてる」ことであり、「失職した組合員に職を与えるため、物品の生産を始める」ことであり、「組合は若干の土地を購入し、失職した組合員にこれを耕作させる」ことであり、「実現が可能に なりしだい、本組合は生産、分配、教育および政治の力を備える。・・・自給自足の国内植民地を建設し、同様の植民地を創らんとする他の諸組合を援助する」ことであり、「禁酒ホテルを開く」ことであると。これを読むと、当初の先駆者たちの大きな目的に「失職した組合員に職を与えるための国内植民地(コミュニティ)の建設」があったことがわかります。 

しかし、ロッチデールの組合はやがて「利用割戻し」や「出資配当」といった功利主義的な運営によって成功への道を歩み始める一方、併設した生産協同組合を閉鎖し、協同社会建設の目的を放棄しました。森戸辰男は、戦前すでに『オウエン モリス』(岩波書店1938)に次のように書いています。「英国の資本主義は・・・すでに1870年代の後半頃から段々と破綻の兆候を示し・・・かつてオウエンの指導の下に全国大労働組合として支配階級に強い衝撃を与えた労働組合運動は・・・資本主義下における労働条件の維持改善を目的とする協調的組合となり、オウエン的千年王国の控室と考えられた協同組合は、ロッチデール先駆者組合の新たなる発足によって、資本主義下における協調的小売組合としての消費組合に転化した」(『オウエン モリス』)と。またG・D・H・コールは、『イギリス労働運動史Ⅱ』に次のように書いています。「オーウェンの理念はなお或る程度人々の胸に懐かれていて、“協同主義共和国”は協同組合主義者の口に言葉として残っていた。しかしただ商業をするだけになってしまったこの運動の方法は、あまりによく節約と自助を説くヴィクトリア時代の支配的哲学に適合していたので、そのためそれ以前の一切のものが一掃されてしまった」と。 

要は、労働組合も協同組合も資本主義へのオルタナティブであるというよりは、産業社会の発展の中でその甲羅に合わせてつくられてきた訳で、それを裏返してみれば、労働力が商品化されて資本主義が成立したということは事程左様に労働者をしてそのシステムから逃れることを許さないという完璧さをもっているわけです。ですから、政治的に暴力的に資本主義を否定しようと、資本家を否定して生産関係の国家的所有を実現したとしても、産業社会のロジック内にある限りは国家資本主義が実現されるだけとなるのです。青木孝平氏は『「他者」の倫理学』こう書きます。「宇野理論の核心である〈労働力の商品化〉とは、ひとり労働者の〈従属労働〉や〈疎外された労働〉のことではない。むしろそれは、流通が生産を包み全社会関係が市場メカニズムに支配される接合点であり、あらゆる人間が、安く買って高く売る〈資本の人格化〉として現れざるをえない自我の病理現象を指していた」と。「あらゆる人間が、安く買って高く売る〈資本の人格化〉として現れざるをえない自我の病理現象」とは、産業社会の中にあっては誰もが功利主義的に生きるのだと言っているわけで、そこにおいては労働組合も協同組合もそうであって、産業社会の拡大に合わせて自らも拡大できたというわけです。 

ところが欧米では1960年代後半頃より成長の限界が言われだし、1970年代に入ると多国籍企業が広がり始めて、協同組合も停滞しはじめました。1980年のICA(国際協同組合同盟)モスクワ大会においてカナダのレイドロウ博士は、『西暦2000年の協同組合』という報告をし、そこで「世界の飢えを満たす協同組合」、「生産労働者のための協同組合」、「社会の保護者をめざす協同組合」、「協同組合地域社会の建設」という協同組合運動野の四つの優先分野を提起しました。これは、私的にはロバート・オウエンの構想の再生をめざしたものであると思うところですが、協同組合関係者に新鮮なインパクトを与えながらも、日本の協同組合の多数からはそれほど支持はありませんでした。それは、当時の日本の生協運動が停滞する欧米の協同組合に比して、80年代のジャパン・アズ・ナンバーワン的状態に合わせて拡大していた時であったせいもありますが、やはりロバート・オウエン的なものは空想的だという思い込みがあったせではないかと私には思われます。 

当時、日本社会党の中では大内秀明氏ら宇野派の学者を中心にして、それまでのソ連型社会主義をめざす綱領的文章を見直す作業を行い、階級闘争路線を否定し、参加と中間組織の役割を重視した社会民主主義を基調とした新路線を提起しましたが、左派からは右転落と批判されたものです。しかし、1980年代後半以降にソ連東欧の社会主義が一挙に崩壊すると、左派の間でも社会民主主義の見直しがすすみ、そこではそれまでの協同組合のほかワーカーズコレクティブや新たにNPOなどの非営利組織やなどの役割が評価されて、それらはやがて非営利協同、社会的企業、社会的経済として研究、実践されるようになってきています。 

私事で恐縮ですが、私は25年間生協とその関連会社に職を得てきましたが、西暦2000年に生協を辞めました。私なりの「西暦2000年の協同組合」をやってみたいとの思いもあったわけで、退職後は再就職はしないで、自分でも生産協同組合を試みてようと、法人格はNPOでつくり、パラマウント製靴の石井光幸社長が事務所スペースを貸してくれて、そこにプルードンの言うアトリエみたいなものををつくりました。これは「協同」というのは言うに易く行うに難しいものですから、個人事業者をメンバーにして、「失業者の仕事起し」をミッションに仕事場を共有し、そこで仕事起こしをめざす人をサポートしようという「自主事業サポートセンター」というNPOでありましたが、やがて仲間の中から「仕事起しよりも雇用されることをめざすべきだ」みたいな意見が出て、失敗して清算しました。その後私は、本づくりのSOHO仕事とアルバイトでしのいだわけですが、中高年のアルバイトというのは流通、小売、外食系が中心で、どこもブラック企業ばかり、外食の夜勤など、正社員である若い店長など月1でしか休めないというすさまじいばかりの職場でした。 

そんなで、近年ますますブラック企業社員や非正規、外国人といった多数の労働者が低賃金・無権利・未組織のままに増えつづけ、労働組合と称するものは大企業を中心とした企業内組合が主で、電力総連などに典型的にみられるように、それが会社への一体化と格差の容認と体制への翼賛化をますます強めていくのを見ると、「新しい協同組合の構想」よりもまずは「新しい労働運動の構想」から始めなくてはと思うわけです。しかし、私は労働組合プロパーではないから、「新しい労働運動の構想」についてはアバウトなイメージしか持てないわけで、そのイメージを書けば、未組織労働者やパート、派遣の労働者が個人でも入れる組合となると合同労組とか地域ユニオンとかになるわけですが、私は新しく構想するそれを、かつてどこにもあった地区労に、もっと古くは20世紀初頭のアメリカにあって移民労働者を組織して協同組合共和国を夢見たIWW(世界産業労働組合)にアナロジーするところです。要は、仕事と生活を共有する「コミュニティとしての労働組合」づくりです。 

地区労というのは、その地区にある労働組合が参加する協議会で、各労働組合は定款や組合費はそれぞれですが、「コミュニティとしての労働組合」というのは、企業を超えてつくります。もちろん企業単位の労働組合も参加でき、正社員労働者もいれば、派遣やパート、外国人や失業者で構成して、みな同格です。北に解雇された労働者があればみんなで支援し、南に職をなくした者があればみんなで仕事起しを企画し、仕事を立ち上げたり、生産協同組合をつくったり、農作業もやったり、食べ物を分け合ったり、地域のほかの団体と協力したり、あれこれやります。私がまだ生協にいて協同社会研究会などをやっていた時に、大阪の北摂生活者ユニオンの脇田憲一氏の話をうかがったことがありましたが、そこにも似たイメージがありました。北摂生活者ユニオンはその後どうなっているのか知りませんが、何よりも、「コミュニティとしての労働組合」というのはそれ自体で存在するというよりは、地域の各種協同組合やこれから構想する「コミュニティとしての協同組合」や非営利団体やコミュニティビジネスの事業体などといっしょになって、より複合的な「地域コミュニティ」を形成します。そして、この「地域コミュニティ」は、現在「協同センター・仙台」で大内秀明氏らが中心になって研究、構想している地域循環型社会をめざす「スマートコミュニティ構想」と一体的に構想するところです。 

目論みから言ってしまえば、前述しましたように私は「新しい協同組合の構想」を考えたく、それは「コミュニティとしての労働組合」と一体化しうるやはり「コミュニティとしての協同組合」となるであろうと見立てるわけです。では「コミュニティとしての協同組合」は、かつてかつてロバート・オウエンが構想、実践し敗れた「コミュニティ」とはどこがちがうのか、だいたいこの手の試みは失敗するか変質するものですが、そうならないためにも原理的なところからも考えてみたく、今回、労働運動の実践的な報告と提起と併せて、宇野派の先生方の協力を得て、宇野経済学の労働力商品論、労働力商品化の止揚、廃絶とはいかなることなのかという観点から、構想するコミュニティの在り方を現状分析的に考えてみようというのが、この講座の眼目であります。 

「レイドロウ報告」に示された次の四つの優先分野のうち、とりわけ「生産労働者のための協同組合」と「協同組合地域社会の建設」がその要諦であろうと思い、生協に働きながら協同組合と労働組合の関係について関心をもってきた私は、「コミュニティとしての協同組合」をめざすに当たっては、生協における労働組合の役割が重要だろうと考えています。私が生協に入った頃、当時「首都圏コープ」と名乗った零細生協の集まりは全部合わせても2万人くらいの組織でしたが、現在は100万人を超える組織になっており、そこに働く人々は何万ににもなるかと思いますが、正規職員数だけでいえばおそらくその数パーセントであと思われます。それは、生協本体もそうですが、仕分けや配送といった現場は関連会社が下請けし、さらに2次請け、3次請け、派遣化されているからです。そして労働組合というのは正規職員中心のいわば企業内組合で、ときどき関連会社の派遣の解雇争議などあっても、関知しません。 

社会的経済といわれているものも、その構成において協同組合が中心的になると思うところですが、そこがこれまでの協同組合のままで、果たして構想する新しい「コミュニティとしての労働組合」と同格で「新しい地域コミュニティ」を構成しうるだろうか心配です。また、社会的経済を担う社会的企業とされるものの中に、「保険会社は相互会社だから保険会社も社会的企業だ」みたいな言われ方もありますが、「協同組合は共同出資の共同所有だから非営利の社会的企業だ」という素朴な所有論的位置づけからするとそうなってしまうわけですが、そういった所有論的観点からではなくて、資本主義の発達の最高形態である株式会社とは何か、それを止揚した生産協同組合とはいかなるものなのか。労働力商品論、労働力の商品化の止揚、廃絶という観点から考えてみたいと思っています。

果たして参加者は集まるのか、全10回の継続は可能か不安なところですが、次回は12月  日に大内秀明氏を講師にお迎えして行います。たくさんの皆様の参加を期待しております。 

2016年11月22日 平山昇

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