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2016年9月21日 (水)

コミュニティの形成は可能か、青木孝平『「他者」の倫理学』を読む

B著者は、「レヴィナス、親鸞、宇野という三者三様の思想を・・少し前に流行した表現を借りればトランスクリティークに重ね合わせたとき・・」と書いているが、フッサールに始まる展開は、柄谷行人氏の『トランスクリティーク――カントとマルクス』(岩波書店2001)におけるカントに始まる展開を連想させ、青木孝平氏も多分にそれを意識して本書を構想したと思わせる。近代哲学を超えるには、主観と客観といったデカルト的二元論を超えねばならず、カントは純粋理性批判、超越論哲学とアンチノミー(二律背反)をもってそれをなし、フッサールはデカルト的二元論とカントのアンチノミーを批判する「世界の一切の事象を、自己の超越論的主観性による認識に還元して構成する」現象学を起こした。そして、柄谷行人氏と青木孝平氏の両氏ともそこから論を始めるわけだが、マルクスの評価のちがいで論の展開は以下のように分かれる。

柄谷行人氏は、「コミュニズムという形而上学をいかにして再建させるか」とカントにマルクスをアナロジーし、「道徳的=実践的とは、カントにとって・・他者を〈自由〉として扱うことを意味する。・・具体的には、商人資本主義的な市民社会に対して、独立小生産者たちのアソシエーションを目指すものであったといってよい。・・プルードンのようなアナキストの考えを先取りするものであったといえる」。「マルクスはコミュニズムを〈構成的理念〉(理性の構成的使用)として考えることを一貫して拒否して・・コミュニズムを〈統整的理念〉(理性の統制的使用)として保持していた」。「マルクスにとってコミュニズムとは、カント的な〈至上命令〉、実践的(道徳的)な問題」であったとする。また、マルクスにおける生産協同組合に着眼し、自らもNAM(New Associationist Movement)のアソシエーション運動を始めたわけだが、周知のようにやがて失敗した。

一方、青木孝平氏は、「マルクスの資本主義理解は、つねにその背後にある〈人間〉主体の労働なるものに還元され分析されていた。・・いわば現象学が人間の意識作用によって世界のいっさいの事象を自己の内性に還元したように、マルクスは、人間の本質としての労働作用によっていっさいの生産物を人間の内的な所有にしてしまったといえよう。けっきょくマルクスは、その初期の『経済学・哲学草稿』から後期の『資本論』にいたるまで、〈人間〉の普遍的本質としての〈労働〉の疎外として資本主義を構成するという方法論を、なんら払拭しえていないと結論できるのである」(p267)。そして、「こうした〈人間〉を主体とする〈労働〉の一元的展開による、マルクスの資本主義の理解に根源的な批判を加えたのが宇野弘蔵であった」として、本書を「マルクス経済学を否定する宇野弘蔵を再発見する試み」であるとして、以下のように書いている。

「マルクスは『資本論』においても、商品とはどこまでも人間労働の産物であり、その価値は、そこに主体としての〈人間〉が投じた〈労働〉が結晶し対象化したものであるという、初期以来の疎外論を払拭していない」(p237).
「人間は、自己の労働力を資本に購買してもらい、資本の生産過程に編成されることによって、唯一、〈他者〉のもとでのみ商品を生産し、世界を構成することが可能となる。・・それが商品であるかぎりは、貨幣という〈他者〉のイニシアチブに依存しないかぎり、それを自力で販売できるわけではない。労働力の商品としての実現は、そのいっさいが、〈他者〉である資本およびその人格化である資本家の能動的な購買意思にゆだねられることになる」(p281)。
「宇野『原論』における〈資本の生産過程〉は、『資本論』の労働価値説に対する徹底的な転換の試みであり、その根源的な倒錯性を暴きだすものであるといえよう。商品の価値なるものは・・マルクスのように人間の労働が疎外ないし自己展開して資本に発展するのでもありえない。まったく逆に商品の価値と呼ばれるものは、〈他〉なる資本形態が、あらかじめ自らに属さない人間労働を〈外部〉から無理に〈同〉に還元するかぎりにおいてのみ成立するのである。ここにおける〈他者〉による〈自己〉の包摂は、なんら必然的根拠のないいわば歴史の狡知にすぎない」(p282)。
「宇野理論の核心である〈労働力の商品化〉とは、ひとり労働者の〈従属労働〉や〈疎外された労働〉のことではない。むしろそれは、流通が生産を包み全社会関係が市場メカニズムに支配される接合点であり、あらゆる人間が、安く買って高く売る〈資本の人格化〉として現れざるをえない自我の病理現象を指していた。宇野はつねづね〈労働力の商品化〉の意味するところを尋ねられると、それは〈資本論の南無阿弥陀仏である〉と答えたと伝えられる。・・それはまさに、資本主義のもつ物神的イデオロギーから片時も逃れられない人間(自己)の宿業を、いみじくも一言で言い表したものではなかったか」(p330)。
「グローバルかつ無慈悲に他者を侵食し続ける自我のエゴイズムそれゆえ資本主義の〈全体性〉そのものを克服するためには、いったい何が残されているのであろうか。それは、あえて言えば、依然としてなお、不可侵の無限者〈実践者〉、すなわち〈他者〉の〈他力〉であると答えるしかない」(p331)と。

これを読んだ時にもうひとつ思い出した本がある。佐藤優氏の『いま生きる「資本論」』(新潮社2014.7)と『資本主義の極意』(NHK出版2016.1)という本で、そこにはこうある。

「資本主義は、労働力の商品化によって初めて成立する。・・労働力の商品化という定義は、同語反復(トートロジー)である。労働力は、必ず商品なのである。労働力という〈何か〉が、古代からずっとあって、それが資本主義の成立とともい商品化したということではない。資本主義というシステムが、労働力の商品化を生み出すのである」(「いま生きる」p247)。
「どれだけ閉塞状況に陥っているとはいえ、予見される未来に資本主義に代わる新たなシステムが到来することは考えられない。私たちは、死ぬまで資本主義とつきあっていかなければなりません」(「極意」p227)。
「(資本主義)は歴史上のある時期に、イギリスで偶然〈労働力の商品化〉が起きたことで生まれました。偶然に生まれたものは、偶然に解体する可能性がある。しかし、それがいい方向に解体するのか、悪い方向に解体するのかはわかりません」(「極意」p232)。
「キリスト教徒はいつまでも終末を信じているのです。・・・私はこの終末を、資本主義からのラディカルなシステム転換だと捉えています。いつかは資本主義も終焉するでしょう。でも、それがいつのことかはわからない。ならば、焦らずに待つ。待つことにおいて期待する。これを神学者のカール・バルトは〈急ぎつつ待ち望む〉と言いました」(「極意」p233)。
「資本主義は、英国のエンクロージャー(囲い込み)運動という外部からの契機によって生まれたので、与件が変化すれば、資本主義を超克することは可能である。マルクス主義の間違えは、システムの転換が内部から可能であると考えたことだ」(「極意」p244)と。

佐藤優氏はキリスト者であり、同志社大学神学部を出て外務省の職員になり、ソ連でインテリジェンス活動に従事するが、国策に反したとしてやがて外務省を追われ、512日間の拘置所暮らしの後に物書きとなった。宇野経済学については、高校生の時から労農派系の運動に参加して、鎌倉孝夫氏の資本論講座に通ったという宇野派であるわけだが、物書きをしながら保守を自称するから、宇野経済学会的なところから言及されることはない。しかし、ソ連社会主義の崩壊後、宇野経済学も含めてマルクス経済学はまったく流行らず、本も売れないわけだが、もしも宇野経済学を解いて売れている本があるとすれば、それは佐藤優氏が書くものくらいではなかろうか。鎌倉孝夫氏と共著した『はじめてのマルクス』(金曜日2013)は17000部売れたそうで、自著は1000部も売れない鎌倉孝夫氏はびっくりしていた。

週刊ダイヤモンド9/24号のブックレビュー欄で、佐藤優氏は『「他者」の倫理学』を評して、「青木氏の強靭なそ思考力に脱帽した」、「資本主義を成り立たせる労働力の商品化は、必然的な現象ではなく、偶然、歴史に登場したにすぎない」と書いている。同じ頃に宇野理論をベースにして同じような論が定立されるところに、宇野理論の現代性があるということであろうか。そして私は、この宇野理論の現代性から進行するグローバリゼーションに対抗するコミュニティの形成を考えるわけだが、青木孝平氏は本書の結語に、いわゆる資本主義への対抗運動について、以下のように書いている。

「資本主義の超克とは、けっして、弁証法的な内的必然性でもなければ、政治的・経済的な設計主義によって未来予想図を描くことでもない。いかに迂遠に見えようとも、それは、自我への妄執の無根拠性を根源的に暴露することによってしか方向づけることはできないであろう」(p332)。
「現代資本主義は、資本のグローバル化によって、いま新たな〈他者〉を登場させているという見解もありえよう。なるほど資本主義の現状に抗して、これを変革しようという新たな試みが模索されているのもまた事実であろう。たとえば、生産者と消費者の協働組合による独立小生産者型のアソシエーション運動、地域通貨による小市場圈のネットワーク化運動、環境保護団体によるエコロジー運動、そしてジェンダーやマイノリティの自己決定権運動などが、これにあたるかもしれない。しかしながらこれらの市民運動は、宇野が〈現状分析〉のメルクマールとした、資本主義への還元を拒否し資本主義世界そのものを終焉に導くような、レヴィナス的意味での〈絶対他者〉であるといえるだろうか。これらは、もともと資本主義的全体性の〈内部」から生まれ、いったん外部に出るようにみえても、けっきょくは再びその〈内部〉に回収され〈同〉に還元されて、資本主義体制を補完し強化し秩序の安定をもたらす類のものではなかろうか。じっさいこのことは、これらの諸運動体がNPOやNGOとして公認され、国家から推奨され保護され積極的に支援されている事実からも明らかであろう」(p319)と。

一方、佐藤優氏は上記の結論を導き出す青木孝平氏の「強靭なそ思考力」に脱帽しながらも、自らは生業のためもあるのだろうけど、『いま生きる「資本論」』の資本論講座を開き、『資本主義の極意』ほか安価で読みやすい新書版の本を多く書いて、生きづらいグローバリズムの時代を生きる若者たちに宇野経済学を易しく語り、「資本主義の内在的理論」を解き明かして、いくらかでも「資本主義のブラック化に歯止めをかける」生き方を、例えば以下のようにサジェスチョンしている。

「商品経済の論理とは異なる人間関係を大事にすることが、一人の個人にとっては、資本の論理に支配されない最善の方法なのです」(「極意」p230)。
「今のこの資本主義社会における雁字搦めの中で、何か一つ二つの商品経済とは違う分野を作ってみることをぜひお勧めします。家庭菜園でできた野菜を只で友だちにあげる、とかでいい」(「いま生きる」p243)
「資本主義システムに対応できるのは、個人でも国家でもない中間団体であると私は考える。具体的には労働組合、宗教団体、非営利団体などの力がつくこと、さらに読者が周囲の具体的人間関係を重視し、カネと離れた相互依存関係を形成すること(これも小さな中間団体である)で、資本主義のブラック化に歯止めをかけることができると思っている」(「いま生きる」p250)。

青木孝平氏の『「他者」の倫理学』と佐藤優氏の本は、本のコンセプトやクラスもちがうから、並べて評するのは著者に対して失礼であるとしりつつも書けば、私は青木孝平氏が「近代的な〈自我への妄執〉が資本主義を歴史的に完成させた」と書くことの意味は理解できても、「けっきょくは・・資本主義体制を補完し強化し秩序の安定をもたらす類のもの」というその結語へは同意できない。資本主義社会における社会運動というのは、資本主義から抜け出そうとすること、体制内化されることの諸行無常のくり返しである。もし「商品の価値と呼ばれるものは、〈他〉なる資本形態が、あらかじめ自らに属さない人間労働を〈外部〉から無理に〈同〉に還元するかぎりにおいてのみ成立するのである」のら、資本による還元を断ち切るkとが運動になり、「〈労働力の商品化〉とは・・・流通が生産を包み全社会関係が市場メカニズムに支配される接合点であり、あらゆる人間が、安く買って高く売る〈資本の人格化〉として現れざるをえない自我の病理現象を指してい」というのは、「労働力は商品であるから誰も市場経済から逃れることはできない」というトートロジーを言っているだけで、対抗運動の可能性は否定されない。資本主義システムや国家によって雁字搦めにされないように生きたいものであり、それは青木孝平氏が否定する「生産者と消費者の協働組合による独立小生産者型のアソシエーション運動、地域通貨による小市場圈のネットワーク化運動」みたいなものであり、宇野経済学の原点には、若き宇野弘蔵のサンディカリズムへの共感があった。

『トランスクリティーク』で「アソシエーション」を提起してNAMの運動を始めて失敗した、柄谷行人氏は、その後、『世界共和国』、『世界史の構造』に社会的構成体を交換様式から、A贈与の互酬、B支配と保護、C商品交換、DとしてBやCによって抑圧されていたAへの回帰を提起した。また『哲学の起源』においては、従来民主主義のルーツとされてきたアテネの直接民主主義と「ヘーゲル的弁証法の原型」となったプラトンの「他者との対話ではない理(ロゴス)の自己対話というかたちで語られる学説」を批判し、「出来事を事後的あるいは目的論的に見る観点」を否定して、「イソノミア=無支配」を論じてたパルメニデスらイオニアの哲学者たち「模範的預言者」を見直す。アソシエーションづくりに失敗しても、「カントは、実現されないが、人がそれを目標にして徐々に進むような理念を、統整的理念と呼びました。そして、彼にとって統整的理念は、人類が世界共和国へ至るという理念です」と語って、統整的理念たる日本国憲法の改憲を許さない「日本人の無意識」に期待を寄せている。さらに、9月18日の朝日新聞の読書欄で、柄谷行人氏は「階級格差に抗する陽気な連帯」とテーマして、松本哉『世界マヌケ反乱の手引書ふざけた場所の作り方』(筑摩書房)を評し、マヌケたちに共感を寄せて、こう書いている。

「(松本哉)がいう〈貧乏人〉とは、1990年以後、新自由主義の下で貧窮化した人たちだといってよい。この状況に対して、二つの態度がある。一つはハ中産階級の基準に固執する〈賢い〉生き方である。もう一つは、それを放棄した〈マヌケ〉な生き方だ。大概の人は前者を選ぶが、それは困難であって、努力しても実際にはますます貧窮化する。にもかかわらず、他人と交わり、助けあうことはしない。そして、結局、国家に頼り、排外的になる。一方、〈マヌケ〉’たちは寄り集まり、国家にも企業にも依存しないで暮らせるように工夫する」。「オルタティブな空間を固定的に考えないことだ。・・前作(『貧乏人の逆襲!――タダで生きる方法』2008)がすぐに韓国、台湾で出版され、各地に〈貧乏人の逆襲〉、〈マヌケ反乱〉を生み出したのである。・・このような変化が生じたのは、世界各地で新自由主義経済が進行し、どこでも階級格差が深まっているからだ。それは排他的なナショナリズムをもたらす。それを避けるためには、マヌケたちの陽気な連帯が必要だ。その一例がここにある。」と。

フランスに留学してレヴィナスに学んだ内田樹氏は、『街場の共同体』(潮出版社2014.6)で、国とか自治体ができない公的仕事を担うパブリックな中間共同体の「セミ・パブリック」共同体について、以下のように語っている。

「どこか遠くに行くわけじゃなくて、日本国内にこれまでなかった種類の共同体を作り上げるということですね。していることはー緒なんですよ。ふつうに仕事をして、ふつうにご飯を食べて、ふつうに暮らしているわけだけども、ただ、そのときの自己規律として〈自分さえよければそれでいい〉ではなく、〈負担はみんなでわかちあい、利益もみんなでわかちあい、リスクもみんなでわかちあう〉という、相互支援・相互扶助のルールを採択するということです。別にたいしたことじゃないんですよ。そういうふうな〈気の持ちよう〉に切り替える、というだけのことなんですから。信仰告白をするとか、党員登録をするとか、そういう話じゃないんです」。「そして、できることなら、共同体が一つの集合的目的を持っていて、余人を以ては代えがたいその歴史的使命を果たすべく、粛々と〈シリウスに向かって歩む〉というような〈種族の物語〉があるとありがたい」(p218)と。

そして内田樹氏は、「おたがいに迷惑をかけたりかけられたりしながら愉快にいきていくノウハウを、若い人たちは身につけてゆかなくちゃいけない」と武道と哲学のための学塾を開いて、それを「半ば公共財」としている。これもひとつのレヴィナスを研究の結果なのかもしれない。

身近なところでは、仙台で大内秀明、半田正樹、田中史郎先生らの仙台宇野派の先生方が、3.11の後に、東北に「復興協同センター・仙台」を立ち上げて、市民の方々と自由学校「仙台・羅須地人協会」をつくって、セミナーや講座の開催、「地域循環型社会=広瀬川流域のスマート・コミュニティ」の研究と構想、宮城県の各種協同組合団体の協賛による「農民芸術祭」の開催などを活発に行っている。例えば、2、3日前に届いた「『資本論』ゼミ」の案内は、次のとおり。

皆さん 迷走台風は如何でしたか?お見舞い申しあげます。台風の中、遠出をしていて準備が遅れました。遅ればせながら次回(9/17)の『資本論』ゼミの論点整理のメモをお送りします。
①人間の「労働・生産過程」の経済原則と資本主義的経済法則、社会主義の基礎を問う。
②絶対的剰余価値の生産と「ブラック企業」
③相対的剰余価値の生産と「社会的生産力の増進」「社会進歩の指標」
  生産力理論の科学技術至上主義を批判する。
④機械制大工業とモリスの「ギルド社会主義」「芸術社会主義」の意義
「理論と実践」「科学とイデオロギー」「歴史と論理」のドグマを厳しく批判する宇野の『資本論』と社会主義の根拠を問うのが、今回のゼミの中心テーマです。
大内秀明

これには、下記の宮沢賢治の「羅須地人協会集会案内」を連想させる。

一、今年は作も悪く、お互ひ思ふやうに仕事も進みませんでしたが、いづれ、明暗は交替し、新らしいいい歳も来ませうから、農業全休に巨きな希望を載せて、次の仕度にかかりませう。
一、就いて、定期の集りを、十二月一日の午後一時から四時まで、協会で開きます。日も短しどなたもまだ忙がしいのですから、お出でならば必ず一時までにねがひます。弁当をもってきて、こっちでたべるもいいでせう。
三、その節次のことをやります。予めど準備ください。
    冬問製作品分担の協議
    製作品、種苗等交換売買の予約
    新入会員に就ての協議
    持寄親売……本、絵葉書、楽器、レコード、農具 不要のもの何でも出してください。安かったら引っこませるだけでせふノ:・・
四、今年は設備が何もなくて、学校らしいことはできません。けれども希望の方もありますので、まづ次のことをやってみます。
    十月廿九日午前九時から
     われわれはどんな方法でわれわれに必要な科学をわれわれのものにできるか 一時間
     われわれに必須な化学の骨組み 二時間
  働いてゐる入ならば、誰でも叙へてよこしてください。
五、それではど健闘を祈ります。            宮沢賢洽

1926年に花巻農学校を退職した宮沢賢治は、「羅須地人協会」を立ち上げて畑の開墾と自炊生活、上記「案内」にあるような活動を始めたわけだが、その意図は何であったのか。大内秀明氏と私は、宮沢賢治の羅須地人協会は宮沢賢治流の「産業組合構想」であったと見立てるわけで、現代の時点からすれば、東北における「地域循環型社会」づくりの手始めであったと思うわけだが、1933年に亡くなるまでの病弱な身体をおしての「デクノボウ」的活動は、果たして「自力」であったのか。彼の文学作品が「他力的文学空間」によって成立したとして、その行為は彼の「自力」と一体であった。果たして、労働力商品化の止揚とコミュニティの形成は可能か?

※10月24日に文章を一部書き直しました。

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