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2016年4月11日 (月)

柄谷行人、カール・ポランニーと宇野弘蔵、それからロバート・オウエン

Photo歳を取ると出不精になるのか、老人性引きこもりなのか、ただ金がないだけなのか、冬は寒いのもあって2、3月は家にいて本を読んだ。柄谷行人の『近代文学の終わり』(インスクリプト2005)、『日本近代文学の起源』(岩波現代文庫2008)、『哲学の起源』(岩波書店2012)ほかを読んだら、「僕は彼(ポランニー)から多くを学んでいます。・・僕が交換様式をA(贈与)、B(再分配)、C(商品交換)の三つに分けて考えたのは、そもそもポランニーの影響です」とあったから、ついでにカール・ポランニー『大転換』(東洋経済新報社1976)も読んだのであった。

 日本で『大転換』が出版されたのは40年前であり、私は当時それを読まなかったけど、カール・ポランニーを日本に紹介した玉野井芳郎の『地域分権の思想』(東洋経済新報社1977)などは読んだ。1977年から地域生協で働き出した私は農業や産直に関心を持ち、「転換期」が言われ出した時代の中で、私はソ連型社会主義に代わる新しい社会主義論、大内力らの自主管理論などを読んだわけである。そしてポランニーは、『経済の文明史』が2003年にちくま学芸文庫で復刊された時に読んだのだが、それはオムニバス版で散漫な印象を受けた。そして今回やっと『大転換』を読んでみると、ポランニーの論が宇野理論に通じること、マリノフスキーのトロブリアンド島のクラ交易が出てくること、ロバート・オウエンへの高い評価などが印象的であった。

 私は70年代の半ばから社会党の活動をやっていたのだが、当時、党内では新しい社会主義の模索が始まっており、私はピエール・ロザンバロン『自主管理の時代』(新地書房1982)や大内力『国家独占資本主義・破綻の構造』(御茶の水書房1983)、新田俊三『高度社会システムの創造』(第一書林1985)、『社会の変革と創造』(新地書房1987)や、大内秀明『「資本論」の常識』(講談社1984)や『ソフトノミックス』(日本評論社1990、『経済評論』1988年1月号より連載)から多くを学んだ。そして社会党もそれらの学者の協力で、80年代末には新路線を提起するところまでは来たのであった。

 下町の生協で働き、社会党の活動をし、地域の労働運動や平和運動、とりわけパラマウント製靴の自主生産闘争などを応援していたわけだが、1980年のICA(国際協同組合同盟)モスクワ大会においてカナダのレイドロウ博士の報告『西暦2000年の協同組合』が提起した「生産協同組合」と「協同組合地域社会」の可能性を、私は下町の自主生産闘争に見たのであった。そして、新しい社会主義の模索と併せて、新しい協同組合の在り方を考えるようになった。80年代はバブル経済とポストモダンの時代であり、情報化と国際化が急速にすすんでいた。

 90年代に入ると、ソ連はあっけなく崩壊し、社会党も解体して社民党となり党員の再登録が行われ、私はそこを離れた。90年前後に岡部一明氏と知り合いアメリカのNPOに関心を持ち、1993年に初めての海外旅行でサンフランシスコに行き、岡部一明氏に西海岸のNPOを案内され、彼の書いた『多民族社会の到来』(御茶の水書房1991)、『インターネット市民革命』(御茶の水書房1996)、『サンフランシスコ発:社会変革NPO』御茶の水書房2000)を読んで、もうひとつのアメリカについての大いなる啓示を受けた。キイワードは「市場経済」と「非営利組織」と「コミュニティ」であり、ガルブレイス、ドラッカー、D.H.コースから、ハイエク、フリードマンなども読んだ。

 日本を飛び出して世界を放浪し、カルフォルニア大学バークレイ校を卒業し、オークランドで日系NPOをやり、アメリカのNPOを日本に伝え、日本の大学でも教え、さらにそこを辞めて再びアジアを放浪する岡部一明氏はアナーキーな人であり、市場原理主義には批判的でも規制に縛られずに自由に生きること、いわば市場機能には理解がある。おそらくアメリカ革命と呼ばれる建国期のアメリカ、トクヴィルが見たアメリカ人の個人主義と利他主義、自治的なコミュニティへの共感と、現在もつづくそういった文化への共感なのであろうと思われ、私もそれらにシンパシーした。そしたら私は消費生協という産業社会型の協同組合に飽き足らなくなって、自分でもワーカーズコレクティブやNPOやSOHOといったものをやりたくなってきた、そんな矢先に職場で不祥事があって、2000年の春に私は生協を辞めたのであった。

 2000年の秋には、オークランドでの日米シニアNPOの交流会に参加する大内秀明氏のカバン持ちをして再度サンフランシスコに行き、また岡部一明氏の世話になった。そして、2004年に大内秀明氏が作並に「賢治とモリスの館」を立ち上げると、私は毎年そこに通って、出来たとたんに反故になってしまった今はなき日本社会党の「新宣言」のつづきをやろうと思ったわけで、作並での議論はウィリアム・モリス、宮沢賢治、夏目漱石、宇野弘蔵から一言でいえば「共同体論」に収斂していったのであった。この経過は2014年に大内秀明氏との共著で『土着社会主義の水脈を求めて―労農派と宇野弘蔵』(社会評論社)という本にまとめた。しかし、校正を省いてしまった本書は誤植が多くて落ち着かない、また内容的には歴史的経過が中心で本論には至っておらず、2006年の『世界共和国』(岩波新書)以来気になっていた柄谷行人氏の協同組合論も論じて、協同組合論としての増補改訂版を出し直そうと思い、そのための作業としてこの冬の読書をしたわけである。

柄谷行人は『哲学の起源』でアテネのデモクラシーは支配の一形態であったとする一方で、ハンナ・アーレントの『革命について』からインスパイアされて、イオニアにはイソノミアという自由で無支配な社会があったとする。そして「イオニアのイソノミアに類似するもう一つの例は、18世紀アメリカのタウンシップに見出される」とする。岡部一明氏もそういったアメリカの原像にシンパシーしていたものと思われる。荒っぽく我田引水すれば、宮沢賢治がイーハトーブに込めた思いも、イソノミア的世界の回復であったのではと思われるところで、この辺りに「共同体=コミュニティ」の原像をイメージするとこるである。

 カール・ポランニーは、「18世紀における統制的市場から(労働、土地、貨幣を商品化した)自己調整的市場への移行」を「根底的な転換」とし、「労働、土地、貨幣が本来商品でないことは明らかである」、「市場による購買力管理は企業を周期的に破産させることになるだろう」と書くわけだが、これは労働力の商品化によって資本主義は成立した歴史的なものであるとする宇野経済学にとても類似しており、唯物史観と階級闘争論には関心がないところも宇野弘蔵に通じている。ちがうのは、ポランニーには労働価値説、価値形態論といったマルクス経済学の理解がなく、代わりにマリノフスキーのトロブリアンド島のクラ交易からインスパイアされた互酬論ほかの人類学的な観点があることだろうか。

 カール・ポランニーは1886年にハンガリーに生まれ、マリノフスキーは1884年にポーランドに生まれ、ともに地元の大学で学んだ後はイギリス、そしてナチス政権の成立後はアメリカに渡って研究生活を送っている。ロシア革命後のヨーロッパにおける知性の繚乱とその交流は領域も広くまばゆいものがあり、20世紀の知性はすでにそこで出尽くしていると思われるほどであり、同じ頃の日本の知的世界がコミンテルンマルクス主義によって席巻されてしまったのとは大違いである。日本でポランニーや構造主義が迎えられたのはヨーロッパより半世紀も遅れたわけだが、同じ頃の日本にも世界と共時的な認識を持ちえた学者が少数だけどいた。ポランニーと同様にイギリスの資本主義成立過程から労働力の商品化による資本主義の成立とその歴史的特殊性を見抜いた宇野弘蔵もそうだが、社会学者の有賀喜左衛門などもそうである。

宇野弘蔵と有賀喜左衛門はともに1897年の生まれで、宇野弘蔵はドイツ留学後は東北大学に職を得るわけだが、有賀喜左衛門は仙台の二高から京都大学を経て東京大学文学部を卒業、卒論のテーマは担当教授に反対されながらも朝鮮美術であり、柳宗悦は1922年に「朝鮮の友に贈る書」を書き、有賀喜左衛門は柳宗悦から強い影響を受けたという。1922年はマリノフスキーが日本では1967年に翻訳出版された『西太平洋の遠洋航海者』(中央公論)を出版した年でもあるが、有賀喜左衛門はその頃すでにそれを読み、同じ頃に柳田國男と知り合って見込まれ、アナキズムに惹かれ、1934年に出た『宮沢賢治全集』を愛読したという。だから有賀喜左衛門は唯物史観の影響は受けずに、大塚久雄の共同体の発展段階論など講座派的な一元的発展段階論を批判している。有賀喜左衛門は伊那出身の人で、諏訪中学の後輩には村落共同体史の研究で知られる中村吉治がおり、中村吉治も卒論のテーマに「百姓の研究をやりたい」と平泉渉に相談すると「豚に歴史がありますか」と批判されたそうで、同郷のこの二人には会い通じるものがあり、中村吉治も柳田國男と親交があった。中村吉治は東北大学の教授になり、戦後に同じく東北大学の教授になった大内秀明氏のいわば先輩でもある。 

そこで、柄谷行人『柳田國男論』(インスクリプト2013)を読んでみた。出版されたのは最近だが、主要な論が書かれたのは70年代で、そこには柳田國男と田山花袋との交流など『日本近代文学の起源』につながるモチーフが読めるが、それと現在の柄谷行人の柳田國男論ある「遊動論」とは直接つながってはいない。次の言葉だけを反省的にメモをしておくところ。「〈外来思想〉とか〈土着思想〉とかがそれ自体あるわけではない。あるのは、いまだ抽象(内省)されたことのない生活的な思考と、それを抽象するかわりに別の概念にとび移った、つまり真の意味で《抽象》というものを知らない思考だけである」。「ひとはそれぞれ自分の固有の経験を照明することによってしか普遍的たりえない」。そして私は、私の生き方を顧みて、「増補改訂版」をどうするか考えるわけである。 

最後に、近年カール・ポランニーの評価は高く、リーマンショック後は市場主義経済への対案として『大転換』は中国など15ヶ国で翻訳され、韓国にはカナダにあるカール・ポランニー研究所のアジア支部がつくられるといった状況だが、ポランニーが『大転換』で最も評価したロバート・オウエンについては大した見直しはされていない。しかし、私的には『大転換』の肝はそこにしかない。オウエンはエンゲルスによって「空想的(ユートピア)社会主義者」とされてしまい、その影響が今なおロバート・オウエンの評価をためらわせているのかと思えるほどだが、オウエンは革命家と言うよりは企業家であり、「ロバート・オウエンほど深く産業社会の領域を洞察した者はいなかった」。「彼の思想の支柱は、キリスト教からの決別であった。オウエンはキリスト教を、〈個人主義〉という点で、すなわち、人格の責任を個人自体に負わせ、かくして社会の現実と人間形成に与える社会の強い影響を否定しているとして非難したのである。〈個人主義〉を攻撃する真意は、人間のもろもろの動機は社会にその起源があるのだという彼の主張のうちにあった」とポランニーは書いている。現在の格差問題や非正規を「自己責任」に帰す言い草を、オウエンは根底的に否定しているのである。 

さて、今日で67歳になった。髪はうすくなり、腹は出て、身体はボロくなった。物忘れが多く、こうしてメモをとらないと読んだ本のことはすぐに忘れてしまう。だから、この先に何ができるのだろうかと、考えるわけである。やりたいのはロバート・オウエンが試したようなコミュニティづくり、そのための論を考えながらすすめようと思っている。よろしく。

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