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2016年1月 6日 (水)

加藤典洋『戦後入門』を読む

Photo2009年に出来た民主党政権は、今では唾棄されるが如くの扱いだが、私には鳩山政権が惜しまれる。現在問題になっている沖縄普天間基地の辺野古移転策動、中国・韓国との対立、こどもの貧困化の増大を見るにつけ、鳩山政権による「少なくとも県外」、「東アジア共同体構想」、「こども手当て」の提起の先見性が際立っている。ところが鳩山由紀夫はマスコミによる「宇宙人」扱いのあげくに、明らかにアメリカとその意を受けた官僚と自民党とジャーナリズムの総意と策動によって首相の座から引きづり下ろされてしまった。また、「ふつうの国」と「国連第一主義」を唱え、民主党で代表にまでなった小沢一郎は、検察が正面に出て強引に起訴され、政治の第一戦から引き下ろされてしまった。

その後は自民党が政権に復活するにせよ、民主党がそれを目ざした二大政党制が機能して次はまた政権交代がと思いきや、民主党に取って代わった安倍政権は一昨年秋に「特定秘密保護法案」を通すと、解散総選挙で2/3超のさらなる議席数を獲得し、その後は侵略の歴史の否定、憲法の「解釈」によって安全保障関連法案を強行採決し、原発再稼動、社会保障の切捨て、財政破綻の放置、景気浮揚のためなら何でもありのアベノミクス、そしてあからさまに改憲と戦前への復古の道をすすめており、なおかつ高い政権支持率を維持している。

それまでの自民党政権よりはオバマの民主党に近いだろう鳩山政権は、何故アメリカの虎の尾を踏んだ如くに引き下ろされるしかなかったのか。2009年の民主党政権の成立には、その背景にそれまでの自民党政権のやり方ではこれからの時代はやりきれないという国民の思いがあったからであろうが、それが何故こんなに短期間で元の自民党というよりは、改憲をして戦前への復古をたくらむ政権が力をもつようになったのか。それに対して「九条を守れ」の護憲の声が盛り上がるも、何故護憲派や反原発派は選挙では勝てそうにないのか。

こんな状況をさてどうしたものかと思っていた矢先、この正月に加藤典洋『戦後入門』(ちくま新書2015.10)を正月に読んだわけだが、なんとそこには上記の状況について、著者曰く「だいぶ思い切ったこと」が書かれていたのであった。著者がこれを新書版にしたのは、「これまでのどんな戦後の本よりも大きな眺望を、小さな新書で」ということで、より多くの人に読んでほしいということなのであろう。読後の感想をひと言でいえば、著者の願い通りに誰もが「読むべし」の本である。そしてなぜそうなのか、以下、加藤典洋氏による示唆を以下にメモしておくところ。

加藤典洋氏は、本書のモチーフを、以下のように書いている。
「私は・・この戦後にまつわる本を現在の日本の政治状況への自分なりの直接的なコミットメント(働きかけ)として書こうとしています。2011年の3月の東日本大震災、大津波、原発事故以降の日本社会と日本政治の劣化のぐあい、とりわけ2012年12月以降の自民党政権の徹底した対米従属主義の外装のもとでの復古型国家主義的な政策の追求に、何としてでも歯止めをかけたいと考えています」(p427)。
「現在の安倍政権流の『誇りある国づくり』を阻み、このような復古型国家主義と徹底的な対米従属路線の合体が日本の将来にもたらす災禍を避けようとすれば、それに代わる新しいヴィジョンを提示することが、どうしても必要です。代案がなければそれに対抗できないところまで事態は来ているからです」(p553)と。

戦後の日本は、原爆投下後にポツダム宣言を受諾し、敗戦によって戦争放棄をかかげた平和憲法を得ながらも、冷戦の開始とともに再軍備をし、講和後も国内に米軍基地を存続させつづけるという安保条約を結び、親米・非核・軽武装で経済成長に全力を上げ、その成功物語をアイデンティティイにしてきた。この路線をしいた吉田茂以降これが保守本流の道となり、それと表裏一体に革新側の護憲と平和主義もあったわけだが、とりわけ冷戦の終結以降はそれまでの経済成長の前提がなくなり、「失われた20年」を経て、少子高齢化に向かうという不安、かつ中国や韓国にキャッチアップされるあせりの中で、人々は新たな「誇り」を求めている。

加藤典洋氏は、こう書いている。
「現在の安倍政権の支持率が、なぜ・・長期にわたり・・不支持率を上回ってきたのか。そのわかりやすい理由の一つが、異例の金融緩和策の強行による積極的経済政策による経済立て直し策にあるのは明らかですが、もう一つ、その背後で、より堅固にこの政権を支えてきたのが、多様な国民の『誇り』に対する渇望、飢餓感に、一貫して一つのモデルを提示することで応えようとしてきたその政策姿勢でした」(p429)と。

言ってしまえば、「二流国に落ちてたまるか、中国・韓国にバカにされてたまるか」みたいな心境を、ネトウヨだけでなくて多数の日本人が抱いているということであり、安倍政権はその心のすきまに「国民の生命を守る」、「日本を世界一の経済大国へ押し上げる」、「国土強靭化をすすめる」みたいな、まるで明治の「富国強兵」を新自由主義でもういちどやるのだみたいのことを言い、アベノミクスと呼ばれるそれがけっこう受けてしまっているわけである。

加藤典洋氏は、こう書いている。
「(中国の台頭と米国の衰退、日本社会における経済の長期的な不振)その結果、経済大国化によって支えられていた日本国民のナショナルな意識の余裕――『金持ち喧嘩せずの余裕』――が、足場を失い、中国の急追と米国の要求の苛烈さにさらされて、不安に転じるということが起こりました。その結果、とうとう、経済的ならぬ政治的なアプローチによる新たな『誇りある国づくり』を必要とするような事態が現れた、というのが、この間に生じた基軸的な変化でした。その意味で、2009年の政権交代とその失敗は、一つの真実開示の機会と心なっています。それは、日本政府が政治的自由を発揮し、いま日本に必要なことを行おうとすると、どこからどのような妨害と禁止の『力』が現れてきて、それを阻止するのかを、はっきりと全国民の目に明らかにしたからです」(p525)と。

こうなると民主党政権の失敗というのは唾棄されるような経験ではなく、「真実開示の機会」となった貴重な経験であり、その経験を生かして、これまで戦後史のタブーであったというよりはそれをタブーとしてしまった「妨害と禁止の『力』」を「はっきりと全国民の目に明らかに」することが、ほんとうの『誇りある国づくり』につながるのだということが加藤典洋氏の言いたいことであり、600頁をかけて解き明かしたのが『戦後入門』なわけである。

ひと言でいえば、日本の戦後史はねじれている。戦争に負けた結果得られた自由と民主主義は、戦勝国とりわけアメリカから与えられたものであるというのもねじれのひとつであり、国際法で禁止されている毒ガス以上の大量殺戮兵器である原子爆弾を市民に対して使用されても抗議すらできずにいるのもねじれだし、講和条約が結ばれて以降は全連合軍は日本から撤退するはずだったのにアメリカ軍の基地が残ったのもねじれだし、自民党の中には軽武装と経済成長を追及した保守本流と改憲と戦前への復古をめざす復古派がいるのもねじれだし、アメリカの民主主義と原爆の使用もねじれだし、その結果うまれた平和憲法「第九条」をもちながらも軍備を増強しつづけるのもねじれである。加藤典洋氏は、これらのねじれのルーツの解明と『誇りある国づくり』への道をカントの『永久平和のために』から第一次世界大戦以降の国際主義と平和主義の歩みの中から解き明かしていく。これが『戦後入門』の読みどころ、詳細は読むべしです。

加藤典洋氏は、こう書いている。
「『誇りある国づくり』を国連中心主義と国際主義と平和主義の価値観に立って進めることこそが、戦後の国際秩序のなかで、『名誉ある地位』を占め、国民のプライド欲を充足させる、もっとも健全な方法、唯一の方途なのです。そこでの価値観が、国際秩序と合致していることが必要条件であり、国際社会の尊敬を勝ちとることのできるようなものであることが、十分条件なのです」(p555)。
「安倍路線の問題点は、それが国民の安全と、これまでの日本の平和構築の路線との連続性をもっていないことです。また、今後も台頭を続け、米中二大国体制を担うことが確実視される対中敵視策を基本としているため、国際緊張をつねに高めざるをえないことです。また信頼関係をもつ連携の相手国として、米国以外にはもっていないことです。そのことが、安倍政権に、集団的自衛権行使、安全保障法制等で対米協調路線を強化して、米国が日本を見捨てられないようにする、一種見苦しい努力にかりたてているように見えます」(p557)。
「これに対し、私が提案しているのは、ここでも『国連中心主義であり』、その基本は、近隣アジア諸国との友好関係と信頼関係の構築です。むろん米国との友好関係が最優先の国関係であることは変わりません。しかし中国とのあいだに新しい互恵関係を作ることもそれに劣らず大事です」(p558)。
「護憲・国連中心主義連合をどう作り直すか・・現行の安倍政権の徹底従米の国家主義路線とそれに反対する私の案との対立が、『ハト派対タカ派』でも『護憲派対改憲派』でもなく、『従米・軍事・国家主義』対『国連中心・平和・国際主義』の対位を基軸にもっているということです。軍事志向vs平和志向、これが一つ。徹底従米志向vs徹底国連中心外交志向、これがもう一つの対立軸なのです」(p577)と。

なるほど、新年早々いい本を読んだ。加藤典洋氏の本は初めてであったわけだが、略歴を見ると1948年生まれの団塊の世代、本書の中で内田樹氏とのからみも出てくる。内田樹氏は昨日の朝日新聞で同様の認識を語っている。また加藤典洋氏の元の職場の同僚には、SEALDsに民主主義をサジェスチョンしている高橋源一郎氏がいる。80年代のポストモダン以降、日本の知的状況は左派の凋落とリベラル派の沈黙、新自由主義とリフレ派の横行であったとすれば、やっと団塊の世代の論客から新自由主義とリフレ派に対する対案が「民主主義」をキイワードに登場したということであろうか。

最後に加藤典洋氏は、柄谷行人氏を登場させてこう書いている。
「柄谷は、『資本=ネーション=国家』を越える構想を、交換様式をもとに読みかえられた世界史観のもとに展開するのですが、その目標に向けた現実的な着地点もやはり、『国際連合を強化・再編成する』こと以外には見出しえないことを明らかにしています。・・ですから、いまこの」(p584-5)と。

役者がそろった。なかなか面白くなってきた。

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