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2016年1月12日 (火)

「宮沢賢治誕生120年 賢治農民芸術祭」

Dscf0918_2先週末、仙台で仙台・羅須地人協会主催の「宮沢賢治誕生120年 賢治農民芸術祭」というイベントがあって、行ってきた。仙台・羅須地人協会による3回目の大きな企画で、今回は宮城県内のほとんどの協同組合団体が後援するという大きな可能性を秘めたイベントとなり、定員200名の会場に、記帳した一般入場者だけで230名、無記帳の関係者をふくめると300名近い参加者があった。主催者の代表である大内秀明氏は、そこで「芸術をもて、あの灰色の労働を燃やせ」という、私的には「労働力商品の止揚」をテーマにした貴重な講演を行ったのであるが、今回は「賢治農民芸術祭」がメインであったから講演時間は短めに、それでも宮沢賢治の羅須地人協会設立の運動を、賀川豊彦による協同組合の立ち上げに通底する産業組合づくりであったとするこれまで誰も考えなかった見立てと論証であった。

Dscf0938大内秀明氏による講演の後は「賢治農民芸術祭」らしく、大震災後につくられた地元の混声合唱団グランによる宮沢賢治作曲の曲も交えて大震災への鎮魂をベースにした演目の合唱、それに宮沢賢治が教鞭をとった花巻農学校を引き継ぐ岩手県立花巻農業高等学校の生徒による「鹿踊り」、最後はNPOシニアネット仙台による宮沢賢治の『ポラーノの広場』の朗読(劇)。大内秀明氏はその「山猫博士」のパートを熱読、その最後には「それから3年の後には、とうとうファゼーロたちは立派な一つの産業組合をつくり、ハムと皮類と醋酸とオートミールはモリーオの市やセンダードの市はもちろん、広くどこへも出るようになりました」とあるのであった。

「モリーオ」は盛岡であり、「センダード」は仙台であろうから、『ポラーノの広場』は産業組合の思想を受けて、後に言われる「協同組合地域社会」の理想を、いち早く掲げた作品であると言えるだろう。しかも「東北に協同組合地域社会を」である。会場のロビーでは、仙台・羅須地人協会が提携する秋保大滝農園の有機野菜、大内先生の教え子がつくる宮沢賢治所縁のわさび、花巻農業高等学校の生徒が育てたりんごの即売もあったのだが、あっという間に売りきれてしまった。それは、仙台・羅須地人協会のミッションである「文明の転換による東北の復興」の方向そのものであった。

今回、東京からは元参議院議員で障害者運動団体の協同連代表の堀利和さんご夫妻が来られたので、イベント終了後に大内先生らと二次会をして、現在の政治情勢からこれからの取り組みなど語り合いながら大いに盛り上がった。今回の仙台行きはいつものゲストハウスが満員だったので、宿は堀さんご夫妻と同じ仙台駅近くの安ホテルを利用した。足は往復とも高速バス、ウィスキーのポケット瓶と柿ピーを持参、素泊まりで食事はコンビニ利用のいつもの貧乏老人バックパッカーであった。

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