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2015年12月21日 (月)

2015年3月25日「習近平の描く中国の未来像」

今朝の朝日新聞に、「作家・周作人へ 藤村や谷崎ら文豪の手紙1500点発見」の記事があった。「島崎藤村や武者小路実篤、谷崎潤一郎といった日本の文豪らが、中国の著名な作家、周作人(1885~1967)に送った手紙やはがきなど1500点以上の資料が中国に存在することが分かった。周作人の遺族が北京の自宅で保管しており、公開に向けて準備を進めている」。「20世紀初頭に日本に留学した周作人は、日本の各界の著名人の知己を得て、文通を続けていた。戦後、日本との関係などを批判され、文化大革命中には、北京の自宅にあった日本の作家、芸術家、政治家ら350人以上からの手紙約1千通、はがき約400通などが没収されたが、死後、遺族に返却されていた」という記事である。

周作人は魯迅の実弟、日本の文学者との交流も多く、朝日新聞には「1921年8月16日に書かれたとみられる白樺派の作家、武者小路実篤からの手紙には、『日本も何かやっているやうですが、ともかく村を村らしく仕上げて見せる方に今、全力をつくしたく思っています。今後も詩が出来ましたら必ずお送り下さい』とある。武者小路が理想郷を目指して唱えた生活の共同体『新しき村』への思いがにじむ」とあるように、周作人は武者小路実篤の「新しき村」に関心をもち、1919年には、胡適、陳独秀らが発行した啓蒙雑誌「新青年」に「日本の新しき村」という文章を書いてそれを中国に紹介している。

関川夏央氏の『白樺たちの大正』(文春文庫)によれば、そういった関係で周作人の兄の魯迅も武者小路実篤に関心をもち、武者小路の『或る青年の夢』を翻訳して「新青年」に連載し、当時の北京には「新村」ブームが起こり、1920年には「新村」を夢想していた毛沢東が「日本の新しき村」の話を聞きに、周作人を訪ねてきたという。こうなると、私は中国流の『土着社会主義』と日本のそれとの関係を考えてみたくなる。

後に権力を取った毛沢東は、毛沢東流の「新村」を「人民公社」として全国につくり、やがて大失敗するわけだが、文化革命の時代に「人民公社」に下放されながらも、中国共産党のトップに立った習近平の描く中国の未来像が中国式の社会主義であるなら、そしてその現実的な課題に現在の中国における権力や格差や環境の問題であるとすれば、中国は今一度「新・新村」を学ぶことが大切だと思うところである。

先日、今月末で任期を終えて中国に戻られる中国共産党対外連絡部日本担当のLさんの歓送会において、たまたま私は『土着社会主義の水脈~』を彼女に差し上げたわけだが、その場で大内秀明氏が「日本の土着社会主義と中国の土着社会主義とのつけあわせをしてみたい」と言って、賛同を得た。大内秀明氏は5月に中国の魯迅記念館めぐりをする計画を立てているので、私もぜひ行ってみたくなった。戦後70年の今年、中国や韓国との関係を安倍政権にまかせておく訳にはいかない。

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