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2014年4月27日 (日)

江馬修『山の民』を読む

140426_2_2 10日ほど前にSNSに江馬修の『山の民』という小説が紹介されていたのを読んで、少し引っかかるものがあって、直ぐに古書ネットで検索すると上下本が1,000円であったので、即購入して読んだ。4月は止めたはずのDTP仕事を4つ引き受けるはめになり、仕事嫌いな私が仕事をするという春の珍事となったわけが、それも先週でめどがついて、どっと本を読んだところ。

何に引っかかったかと言うと、ひとつは『山の民』の内容は明治維新直後の飛騨高山で起こった農民一揆であるということと、大岡昇平がこの本を高く評価しているということであった。私はこの間、日本の社会主義史関係の本を読んできて、それを「労農派論」としてまとめようと思っているところなのだが、それは自由民権運動が終わる頃からのことから書き始めている。そして、高校の歴史では世界史をとって日本史を学ばなかった私には、それ以前のこと、明治維新前後のことには不案内であったから、そこが少し引っかかっていたわけである。

さらに、14年前に会社勤めを辞めた当時、暇にまかせて読書三昧をした時に島崎藤村の『夜明け前』と中里介山の『大菩薩峠』を読んだ時の余韻も大きい。それに、私の友人が伊那谷に七反あまりの畑を購入して、この春から作付けを始めたから、この夏はそこに逗留して、明治維新前後に伊那谷を徘徊した俳人・井上井月の足跡と、『夜明け前』に描かれた木曽路をバイクで走ろうと思っていたということもある。

大岡昇平はどうかと言うと、私は大岡昇平をほとんど読まないのだが、70年代に『天誅組』という本が出た時に買って読んだ。残念なことにその本は、何度かの蔵書整理の折に捨ててしまい、今回図書館から借りて来たのだが、それは明治維新の前夜に起こった「天誅組の乱」を描いた小説で、その書き出しはこうである。
「南国土佐といっても、高知県高岡郡檮原村の三月はまだ寒い。高知市の西方約八十キロ、伊予(愛媛県)との国境に接した、海抜四百五十メートルの山の中の村である。冬には雪が家の軒まで積ることがある。・・・気候は寒冷、土地は痩せ、水田に乏しく・・乏しい米作は年貢に取り立てられるから、農民の口に入るのは、粟、黍、椎の実だけである」と。
この土佐の山奥の庄屋吉村虎太郎が、藩主が公武合体を唱える土佐藩を脱藩して「天誅組」を組織して挙兵し、壮絶な死をとげるという歴史小説である。

中里介山の『大菩薩峠』は歴史小説と言うよりは大衆小説だが、戦後に市川雷蔵主演の映画で、主人公である盲目剣士机竜之介の円月殺法でよく知られる。では机竜之介はなぜ盲目になったのかと言うと、天誅組の挙兵に巻き込まれて火薬の炸裂によって目をやられたからである。冬の信州は人のいない白骨温泉で一冬湯治する章は印象的である。また、『大菩薩峠』には「水戸天狗党」の西行も描かれている。

そして、この「天誅組」とか「天狗党」とかは何かと言えば、幕末期に「尊皇攘夷」を掲げた過激な勤皇派で、そのイデオロギーは水戸国学であったという。そして『山の民』を読むと、一揆を起こされる高山県知事の梅村速水は、元は水戸藩の武士で脱藩して「天誅組」に参加したとされる。『山の民』は小説と言っても、江馬修の父は高山県知事の梅村速水に仕えた役人であったということで、知事のキャリアの設定はフィクションではない。『山の民』は、農民一揆を起こされた梅村速水は高山県知事を追われて、29歳の若さで獄死し、一揆側では貧農ばかりが捉えられえ獄死する。「そしてこれが犠牲者の大多数の共通した運命であった」で『山の民』は終わっている。

信州の山の中で国学の実現を御一新にかけながらも、御一新の現実に裏切られ獄死するという話ならば、これは島崎藤村の『夜明け前』が「木曽路はすべて山の中である」という書き出しとともに有名である。主人公の青山半蔵は、木曾路は馬籠の本陣庄屋であった藤村の父がモデルである。当時木曽〜伊那あたりには平田篤胤系の国学思想を学ぶ庄屋層が多くいて、青山半蔵も御一新に夢をかけて農民のために立ち働くも、御一新の夢破れて座敷牢で狂死する。

藤村が『夜明け前』の連載を始めたのは1929年からであり、江馬修が『山の民』を書くのはその10年後であるわけだが、両作品の時代背景と風土と結末には共通するものがある。これは大岡昇平の『天誅組』にも通じている。1853年のペリー来航を背景に物語の始まる『大菩薩峠』は、書き始めてから30年近くたっても物語は明治維新にいたらずに未完のまま終わる。要は、どの小説においても明治維新は挫折しているわけである。

『夜明け前』と『大菩薩峠』を読んだ時に、明治維新とその後について考えてみたいと思った。労農派は土着社会主義でありながら、明治維新についてはブルジョワ革命であるということで割り切るわけだが、どの小説を読んでも言えることは、明治維新は未完の挫折した革命として描かれているということであろうか。このあたりのことは7年前のブログに少し書いたが、平田篤胤を読む気になれなくてそのままである。

江馬修『山の民』の書き出し、「慶応四年、五月二十三日、ま夜中、 重い、くらい灰色のもやが、ふかい雪にとざされた高山の町をすっかり蔽いつつんでいた」も悪くはないが、全編をとおした文章の表現、山国の景の描き方、その写実力など、江馬は藤村の敵ではない。江馬修は、戦前はプロレタリア文学の『戦旗』に、戦後派『新日本文学』に参加したプロレタリア文学者であったせいか、それによる説明的な文章表現が惜しまれるところ。「数百年らい封建制度の圧制のもとに押しひしがれてきたあとで、今こそようやくその鉄のくさりから解放される日が・・・徳川の支配の全時期にわたって、彼等の祖父はその封建的圧制の暴力に対して・・」(上巻p133)みたいな表現はちょとしらける。

古書ネットで1,000円で買った『山の民』は、平成2年の第5刷であるけど印刷は活版であり、装丁は凝っていて上下2巻がひとつの立派な箱に入っている。昔は装丁が気に入って、本を買ったりした。自分でDTP仕事をしていて言うのもなんだけど、最近の本づくりはパソコンを使って素人でもやれるから手がかからなくなって安価にはなったけど、本自体の面白みは少ない。

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