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2014年3月16日 (日)

NATIONAL MEANSと南無阿弥陀仏

石見尚氏から「協同社会」№5が送られて来て、その中の「協同社会一般の文章に目をとおして下さい」と書き添えがあった。20年くらい前まで、私は石見尚氏から協同組合を学んでいて、その後意見を異にして別れてしまった経緯があるわけだが、昨年来石見尚氏から「協同社会」が送られて来て、その後、私は石見尚氏と若干のやりとりをしている。

私が石見尚氏と意見を異にするようになったのは、石見尚氏は福本和夫直系のマルクス主義者で、私は宇野派系労農派だから、後から考えればもっともなことであったわけだが、さらに考えれば、同じ問題意識を別な観点からアプローチしていると言えなくもない。もっとも同じ問題意識としての労働者生産協同組合について、それを私は石見尚氏から学んだわけで、私の問題意識の元はそこにあるわけだから、私は決して石見尚氏と同じだなどと言える立場にあるわけではない。

さらに、石見協同組合論の要諦を成す労働者生産協同組合の成立の契機に、宇野理論がからんでいたとなると、石見尚氏の労働者生産協同組合も、宇野弘蔵と福本和夫が留学帰りにたまたま一緒に船に乗り合わせた船の船上で行った会話にあったわけで、石見尚氏と私の意見の行き違いのルーツもさかのぼればそこにあると、私は勝手に思い込んでいるわけである。

石見尚氏と私の意見のちがいというのは、私からすると以下の3点があった。ひとつは市場の評価で、私は非市場型社会をめざすにしても市場は否定するのではなくて、アメリカ型のNPOのように非営利活動には市場機能を生かすべきだということと、非営利団体の幅は協同組合よりも広くて協同組合もそのひとつであるということと、市場機能を生かすという点では株式会社は協同組合に優っているということであった。
ふたつめには、資本主義のおさえ方として、石見尚氏の『新協同組合論』(家の光)を再読して、やはり石見氏は生産力と生産関係の矛盾としての資本主義という所有論的アプローチから私的所有を協同組合的所有、とりわけ生産協同組合をベースにした社会主義を構想されているということで、私としては資本主義の矛盾は生産力と生産関係の矛盾ではなくて労働力の商品化の矛盾としてとらえて、そこから生産協同組合を考えてみようと思ったことであり、社会主義のベースになるのは協同組合だけではなくて、アメリカ型NPOも含めた多様な非営利企業によるものだと思ったことである。
そしてもうひとつ、これは違和感みたいなものであったわけだが、生産協同組合のすすめ方に、まず全国連合会みたいなところがあったことであろうか。これは生産協同組合の法制化をすすめるにあたって、全日自労系の労働者協同組合と生活クラブ系のワーカーズ・コレクティブの連合会を軸にすすめる経過からそうなのかもしれなかったが、全国連合会志向には違和感があったのだった。これはつきつめれば、国家観、国家論のちがいかもしれないが。

以前ブログ(「宇野弘蔵と福本和夫」3013・6)に書いたが、1970年代の半ばから生活協同組合で働き出した私は、70年代の後半のある日、「日本ルネッサンス研究所」に石見尚氏を訪ねた。当時、私は下町の小さな地域生協で働きながらSP(社会党)の活動をやり、地域の労働運動にも顔を出していた。その頃、下町の労働運動では倒産した企業の自主生産闘争が盛んであって、そこでは生産協同組合が語られていた。そして石見尚氏は、その数少ないと言うか唯一の理論家であったからである。1977年に出版された石見尚氏の『協同組合新論』(家の光協会)には、以下のようにあった。

「協同組合は事業の効率性から見れば大規模がよく、組合員の参加のしやすさの観点にたてば小規模が優れるのである。社会的市場経済に対応して、協同組合の機能が国民経済的範囲をカバーすることを求められてくると、効率性と民主制との自家撞着が表面化してくるのである。・・本書の研究の主題である分権化された生産協同組合を基本とする協同組合的生産様式に発展しないかぎり、最終的には解決しないであろうと思うが、いかがであろうか。市場調整型の協同組合では単位組合で人的結合体としての民主主義を強化し、連合会で経済的効率性を実現するという補完関係を形成するというのが、せいいっぱいの限度であろう」と。

そして、これを読んだ私は「福本イズム」ならぬ石見理論にストンと落ち、石見氏は生協プロパーではないのに、如何にしてこういう認識を持ちえたのかを知りたかったわけである。1980年代の生協は、一県一生協方針を掲げる主流派生協による全国展開と、ワーカーズ・コレクティブを提起する生活クラブ生協のオルタナティブな活動が中心で、石見尚氏は生活クラブ生協のイデオローグのような立場にあって、集会や研究会ではとっちゃんぼーやみたいな顔をしてニコニコしていたものであった。

しかし、今回送られて来た「協同社会」№5には、1970年代の石見氏の状況について、以下のように書かれている。

「実際、スターリンとスターリン主義者の後継者たちが権勢を誇っていた1970年代に、私はこのような間違った「社会主義体制」に疑問を持ち批判的見解を述べてきた。その論拠は一般の自由主義からの批判からではなく、マルクス自身の理論から述べたものである(拙著『土地所有の経済法則』1966参照)。その後、この研究を具体的に表明した拙著『協同組合新論』1977)は、スターリン的社会主義を信奉していたあるグループの圧力で、出版社が絶版にしてしまった。私はいままでこのことを口外しなかったが、今日そ事実をあきらかにしておこう。私は研究者として、ソ違式「社会主義」の誤謬を、ソ違崩壊以前に理論的に論証し、意見を変えなかったことを、「それでも地球が動く」といったガリレオのような心境で思い出している」と。

実際、当時の石見尚氏は、主流派からは「既に失敗した過去のものである決着済みの生産協同組合を再びかかげる」と批判される異端の協同組合研究者であったわけだが、上記を読むと、その後生産協同組合が見直されてきた後も、主流派とはあいかわらずの関係であることが感じられる。かつて私のいた生協群もけっこう大きくなって、生協業界も変わってきたのかなと思わないでもないが、基本的なところではあまり変わっていないというのが感想である。そこで、「私はいままでこのことを口外しなかったが、今日そ事実をあきらかにしておこう」と書かれた石見尚氏の心境と年齢を思えば、私はもういちど石見尚氏の論を検討してみようと思うところで、そのことはまた、これまで書いてきた労農派論と宇野弘蔵の労働力商品論にもつながるかと思うからでもある。

例えば、「協同社会」№5の中で「協同社会一般の文章に目をとおして下さい」と書き添えがあった文章で、読んでみて気になったのは「マルクスの『資本論』と国家論の関係」という文章で、とりわけ以下の部分である。
※文章の全体は、石見尚氏が主宰する「協同社会研究会」の以下のHPにも載っているので参照ください。http://www.k3.dion.ne.jp/~neem/newpage40.html

「まえに「国際労働者アソシエーション創立宣言」の組織論について、私はマルクスの説明の不十分なことに触れておいた。マルクスは労働者の協同工場は個々には社会主義の主体にはなり得ない、社会が全体として計画的な協同組合生産様式になり、協同工場はその支所的な要素になることにおいて、社会主義は成立するというのが彼の真意である。つまりミクロはただ集まっても全体にはならない。量から質への転化が必要なのである。そして転化には契機が必要である。その契機とは何か。マルクスはかの「国際労働者アソシエーション創立宣言」でNATIONAL MEANSという謎のことばを残したが、その具体策は示さかかった。マルクスの提言の空白というか灰色の部分が、レーニンの歪曲と誤謬を許したということができる。・・・他方、近代経済学はミクロとマクロの概念を区別するが、統一には成功していない。形式論理では統一できるはずがない。まさに両者の弁証法的統一が必要なのである。その具体的中身こそが問題である。個から全体への転化による同一性、量から質への転化は、内発的な契機でなければならない。その契機は協同組合的生産様式の場合、生産的労働と消費的労働の相互転換の可能な社会システムにあると私は考えている」。

この間、仙台ヒデさんと分担して「労農派論」を書いてきて、そろそろ〆なくてはいけないのだが、最後の山の「労働力商品の掲棄」でてこずっている。仙台ヒデさんによれば、宇野弘蔵はそれは「南無阿弥陀仏だ」と語ったそうであるが、それがどういうことなのかを考え中なのである。そこで、宇野弘蔵と福本和夫が留学帰りの船上で行った会話のもう一方の流れである石見尚氏の直近の思考に学んでみようと思ったところである。

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