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2013年8月25日 (日)

宇野理論と石見理論

早めの秋雨前線の南下のせいか、盛夏は終わり、今週から少し涼しくなった。昨年の夏は病気で何もできなかったから、今年の夏はバイクで少し出かけた。7月は富士山麓でのキャンプイベントと近場でもキャンプ。8月は茂木ツーリングと那古船形での海遊び。どこに行くにも、バイクに本とウクレレを持って出かけた。

6月に石見尚氏からブックレット『協同社会』№1が送られて来て、このブログに「宇野弘蔵と福本和夫」を書いた訳だが、石見尚氏からのメールに、「私は『土地所有の経済法則』(未来社1966)で理論的に差額地代と絶対地代の形成条件を究明しております。これはマルクスの真意を発展的に深化することを企てたものです。したがって労農派でも講座派でもありません。一読願えれば幸せです」とあったので、この夏は「宇野理論と石見理論」を読書課題としたところであった。

さらに石見尚氏からのメールには、「私は、資本論、特に第三巻からアソシエーション的生産様式による資本主義を超える社会体制の可能性を導き出しました。それはまた国家資本主義・社会主義の否定です。そしてスターリン社会主義経済学を批判しました。批判の点では一部、宇野氏と同じですが、論拠は違います」ともあったので、未読であった石見尚氏の『土地所有の経済法則』(未来社1966)と『協同組合論の系譜』(家の光1968)を古書ネットで購入し、併せて宇野弘蔵の『「資本論」五十年・下巻』(法政大学出版会1973)と宇野弘蔵の『恐慌論』(岩波文庫)を再読した。

要は、宇野理論の形成における福本和夫との関係と、福本理論の戦後的継承としての石見理論について知りたかった訳である。そして、私が生協で働いていた時に入れ込み、私淑した石見尚氏の石見協同組合論が、まさに福本理論の最良の戦後的継承であると知らされたところであった。この夏はバイクで山や海に遊びに行き、行った先々で遊ぶ合間に本を読んだ訳だが、陽に焼かれて空っぽになった頭に、そんなことが浮かんだのだった。

宇野弘蔵は、「ぼくは東北大学に行ってから間もなく福本君の論文を読んで感心した。これはたいしたもんだなと思った」、「福本君が二巻と三巻とは理論段階が違うんだときいて驚いたのだ。これは後までぼくにとっては大事なヒントとなったわけだ」(『「資本論」五十年・上巻』p241)と語っている。この論文は福本和夫が1924年に書いた「経済学批判のうちに於けるマルクス『資本論』の価値を論ず」のことと思われ、宇野弘蔵は「内容はたいしてなかったように思う」と語っているが、それについて石見尚氏は「この論文は価値法則の面から接近したのではなく、『資本論』の構成そのものを明確な問題意識をもって、はじめて方法論的にとりあげたもので、当時の解説を中心とした水準からみれば、異例の独創的研究であった」(『土地所有の経済法則』p57)と書いている。

私は『資本論』を全部読んでいないから、所謂「プラン問題」のことなど分からないが、宇野弘蔵は戦前に「経済政策」から「経済原論」へ、戦後には「価値形態論→労働力商品論→恐慌論」へと論をすすめ、スターリン論文「社会主義の経済的諸問題」(1952)が出た時には、すでにそれに異を唱えることができた訳である。一方、石見尚氏は、「福本と私は・・スターリンが樹立したのは、官僚的国家資本主義であると考えた」、「中央集権国家による官僚支配を徹底的に民主化すること、工場の一部と農場を民主制と自主性のある生産協同組合に転換すること」(『福本和夫』論創社1993)を唱えたという。

石見尚氏からのメールには、「(スターリン社会主義経済学)批判の点では一部、宇野氏と同じですが、論拠は違います」とあり、私はやっと私の協同組合論のバイブルであった氏の『協同組合新論』(家の光1977)の成立過程を理解し、1960年代に書かれた『土地所有の経済法則』と『協同組合論の系譜』に、今さらながらに感心したのであった。

やがて私は、「生産力と生産関係の矛盾という所有論的アプローチによる協同組合的所有へ」というシェーマから、資本主義は労働力の商品化をもって成立したが故に、労働力の商品化の矛盾の解消としての「脱労働力商品化としてのコミュニティの形成」を考えるようになった。そして、そのコミュニティとは協同組合やNPOや多様な社会的企業から成り立つものと考えるところで、人はそれぞれ自らの条件に見合うコミュニティを形成すればいいと思うところで、石見理論と論拠は違うけど、結論はあまり違わない。

この夏、石見尚氏の『土地所有の経済法則』と『協同組合論の系譜』を読んだついでに、未読であった氏の『日本型田園都市論』(柏書房1985)と『都市に村をつくる』(日本経済評論社2012)も併せて読んだ。石見氏によれば、コミュニティとは「地域の生活共同体つまりは自治社会を指す社会学的概念」であり、町づくりには「市民の自主的な各種の協同組合の地域社会づくりネットワーク(第4セクター)こそふさわしい」となる。

「日本型田園都市」となるとつくるのは大変そうだが、一昨日の朝日新聞のオピニオン欄で渡辺京二氏が、「皆が1日5時間働いて、ほどほどの暮らしができないかとか、労働自体の中に楽しみがあり、仲間との絆が生まれる働き方ができないかとか」、「自分を超えた国家の力はどうしても働いてくるんだけど、なるべくそれに左右されず、依存もしない。自分がキープできる範囲の世界で、自分の仲間と豊かで楽しい世界を作っていく。みんなで集まって・・ささやかに食っていける会社を10入ぐらいで立ち上げてもいい」と語っていたが、これなら出来そうであるし、会社勤めを辞めて以来、ずっとやってきたところ。

この夏の読書は、あと中見真理『柳宗悦』(岩波新書2013.7)を読んだ。柳宗悦は、1927年に京都で「民芸協団」というギルドづくりを試みて、2年半後に解散している。まあ、失敗した訳だが、私は失業後につくったNPOのことを思い出した。オウエンはニュー・ハーモニーをつくって失敗し、ラスキンは聖ジョージア組合(ギルド)をつくって失敗し、賀川豊彦も一膳めし屋や歯ブラシ工場をつくって失敗し、こういったことは失敗するものであるが、やらない訳にはいかない。

先日、石見尚氏からブックレット『協同社会』№2が送られて来た。余白には、氏がお描きになったと思われる挿絵のほかに、「自家菜園のように コミュニティとアソシエーションを そだてます。自家菜園の季節の果実のように このブックレットを 贈ります・・」とあった。高齢になられても、コミュニティとアソシエーションへの情熱を失わない石見先生に、頭が下がるばかりである。

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