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2013年4月 6日 (土)

枯れ木も山の賑わい

20130405 天気予報では今晩から台風並みの風雨となるとあったけど、今晩は「日本未来の党の政策フォーラム」というのに行って来た。未来の党は、昨年末の総選挙の直前に滋賀県知事の嘉田由紀子が「卒原発」を掲げて旗揚げし、それに小沢一郎の生活の党が乗っかって、小沢から「いっしょにやれば100議席はいける」と吹かれてやってはみたものの、結果は阿部知子の1議席だけであった。

私が生協にいた時のボス(理事長)はSP(社会党)の人で、そのまた親分は土井たか子が委員長をやった時に書記局長であった曽我祐次氏で、曽我氏は仙台ヒデさんが80年代にSPのリニュアールをやった時に、その音頭をとった人でもあって、時々いっしょに飲む機会があり、その節に「阿部知子はいいよ」と言っていた。

社民党の党首に固執するだけの福島瑞穂に対して、いくらかセンスのいい阿部知子は昨年秋に社民党を離党して「未来の党」に参加した訳だが、結果は惨敗、挙句の果てに小沢一郎が政党助成金をかっさらって「生活の党」を立ち上げた後、「未来の党」は名は残したものの、阿部知子ひとりになってしまい、政党要件も満たさない。

「なんでい、ひでえじゃねーか、阿部知子が可哀そう」というのが、私の感想。そこで阿部知子に、「お手伝いできることがあったらやりますが」とメールすると、「未来の党」が始めた「政策フォーラム」の案内が届いた訳である。ガランとした会場でぼっとしていると、阿部知子さんが「ごくろうさま」と声をかけてくれた。

80年代にフェミニズムが流行った頃に、アメリカの作家サラ・パレツキーの女探偵ウォーショスキーのシリーズをよく読んだ。その後、本箱がいっぱいになってみんな棄ててしまったが、小説の中に主人公ウォーショスキーの近所に住むコントレラースとか言った元職工の爺さんが出てくる。男には距離を置くウォーショスキーではあるが、少しうっとおしく思いながらもコントレラースには気を許し、コントレラースもウォーショスキーを保護しているつもりでいる。

ある時、ウォーショスキーが暴漢たちに襲われた時に、コントレラースがレンチやスパナを持った昔の職工(組合)仲間とともに現れて大乱闘を演じて、ウォーショスキーの危機を救う場面があった。「むかしはスト破りの連中とよくやったものさ」とコントレラースは言う訳で、アメリカの労働運動にはそういった歴史がある。

嘉田由紀子は、昨年末の総選挙に立ち現れ、その後の小沢一郎都の顛末を見ると、「なんだ、このおばさん」の印象であったが、滋賀県知事として「住民自治と地方分権」を語る時には、まともな知事であった。ただ、ひとりもしくは少数の意向で「党」がつくられるのはよくないと思うところ。幸い党の代表は阿部知子になったから、みんなでこの小さな党を盛り上げたいと思ったところ。

しかし、二人の話を聴いていると、期待されているのは女性と若者であった。本日の参加者は、総勢30名ちょっとだろうか。うち報道関係が5~6名、主催者関係もその位いただろうから、純粋の参加者は20名といったところ。うち私のようなハゲ、白髪のジジイは3~4名。枯れ木も山の賑わい、と言ったところであろうか。

次回の「政策フォーラム」は、4月24日(水)17:00~19:00.場所は、衆議院第一議員会館 第6会議室。テーマは、「被災地復興の課題~東日本大震災・福島第一原発事故から2年を経て~」、講師は矢野奨さん(河北新報社)である。

私はまた行くつもり。暇で物好きのジジイのみなさん、ぜひ一緒に「枯れ木も山の賑わい」をやりたいところです。最後は枯れ木に火をつけたり・・、してはいけませんが。

※写真は、対談する嘉田由紀子滋賀県知事と阿部知子衆議院議員。政党のフォーラムと言うには、実にささやかな集まりであった。

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