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2013年3月18日 (月)

利子率革命とアベノミクス

朝、布団にゴロゴロしながら本を読んでいて、起き際に咳をしたらズキンと腰にきた。立ち上がるのも歩くのも難儀だから、膏薬を貼ってそのまま読書したら、水野和夫×大澤真幸『資本主義という謎』を読み終えた。

2年前に読んだ『超マクロ展望・世界経済の真実』で水野和夫氏は萱野稔人氏との対談で、以下のように語っていた。
「日本の超低金利は、近代主権国家にもとづく近代資本主義世界システムが転換期に入っていることを示唆しているように思う」、「先進国はどのみちバブルをつくって利潤率を維持せざるを得ない」、「(リフレ派の)主張があてはまるのは90年代前半までです。95年以降、つまりグローバリゼーションによって国際資本が自由化し、金融経済が全面化してしまうと、ベースマネーを増やしても国内の物価の上昇にはつながらなくなってしまった」、「低成長を前提とした脱近代的な社会システムをつくらないかぎり、財政赤字などの問題はおそらく根本的には解決されえないのではないでしょうか」と。

2年前にこの本が出て、私が読んだ後くらいに3.11が起こり、昨年末にはリフレ派自民党を総選挙で破った民主党が大敗して、昨今の日本経済はリフレ派主導の「アベノミクス」で大いに盛り上がり、安部政権の支持率も上昇しつづけている。困ったものだと思っているところへ、今度は大澤真幸氏との対談形式で本書が出たから、読んでみたところ。読後感は、期待を裏切らない。水野和夫氏は、持論の「利子率革命」を以下のように語る。

「資本主義の成立を、何をもって規定するかという点で、私も利子率が最も重要な指標だと思います。利子は資本の提供者から見れば、利潤蓄積そのものです」、「利子率革命というのは、その国が資本を過剰なまでに蓄積したから起きるという点が重要なのです」、「近代社会において覇権国=超低利国となります・・資本を過剰に蒐集する国がまさに覇権国に他なりません。・・蒐集は必ず『過剰・飽満・過多』に行き着くということを経済学的事象で表せば『利子率革命』ということになります。過剰な資本は必ず、利子率の低下につながっていくのです」、「現在の『利子率革命』は・・蒐集の限界を示唆しているということです。9.15(リーマンショック)は、『電子・金融空間』における蒐集の限界を、ユーロ・ソブリン問題は、『領土空間』における蒐集の限界を、3.11による東電福島第一原発事故は、エネルギーコストについての限界費用一定の法則という先進国の特権を崩壊させたのです」と。

そして、資本主義は投機的な方法や二極化=99%の貧困化をもってしか利潤を得られなくなっていることを、以下のように語る。
「なぜ、バブルが頻繁に起きるかといえば、新しい『実物投資空間』がなくなったからです。『実物投資空間』の膨張がインフレで、『電子・金融空間』の膨張がバブルです。つまり、インフレが生じなくなったから、バブルが繰り返し起き、バブル崩壊が同じだけ生じるのです。バブル崩壊でデフレが生じるのですから、そのデフレをインフレを起こして解消するというのは倒錯した議論です」、「利子率革命すなわち資本の低利潤化か長期化すると、過去の過剰資本に耐えられなくなって、具体的には働く人を貧しくすることでしか、資本を維持できなくなったのです。・・・米議会が非難したように、サブプライムローンは『略奪的貸付』だったのです」と。

水野和夫氏は元証券マンらしいが、その論の背景にはカール・シュミットやホイジンガをふまえて文明論的なところがあり、アベノミクスに対しては、「蒐集の時代は終わりつつあるのに、近代価値観に拘泥した『成長戦略』という竹槍で、ポスト蒐集の時代に立ち向かおうとしているのが今の日本です。近代的価値観を三つ集めて『三本の矢』と言っているようでは、先が知れています」と言う。「陳腐化しているとしか思えない『成長戦略』や規制緩和を未だに言い出す。あげくの果てに規制緩和の不徹底さゆえに、今の日本の低迷があると主張する」アベノミクスの信奉者にはぜひ読んでいただきたいと思うところ。「どうにかなるさ、イケイケどんどん」というヤンキーレベルの安部総理、甘利経済再生大臣の顔をテレビで見る毎に、そんなに遠くない将来、バブル再破綻の果てに絶望的なまでに積み上げた財政赤字にほっかむりする二人の顔が浮かぶのである。

「21世紀のグローバリゼーションの行き着く先は全世界の『過剰・飽満・過多』化です」というあたりは、宇野弘蔵の『恐慌論』に通じる。「日本は、世界がごく近い未来に突入する状態を先取りしているだけ」、「今必要なのは、蒐集からいかに混乱なく撤退するかということです。人類は有史以来はじめての課題に直面していることになります」、「グローバリゼーションの後、何十年後かはわかりませんが、今度は逆向きの力が働いてくるような気がします。それは国よりももっと小さい単位で、そこに地域ナショナリズムみたいなものが生まれていく可能性もあるでしょう」というあたりに、「脱近代的な社会システム」を考えようと思うところであった。

先週末、SNSで知り合ったmizu-pさんと飲んだ。mizu-pさんも私と同様に、水野和夫氏の言う「成長に代わる何かを模索するとしたら、それは人生観を変えることでもある」という少しはずれた生き方をしていて、初対面であったが、いろいろしゃべって、はみだし者のジジイ二人でけっこう飲んだ。何かやりたいとも思うが、耳鳴りガンガン、腰はギクギクの身体ボロボロ、まあ春を待つばかりである。

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