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2011年12月26日 (月)

011年総集編③自由・共感・自治

今年は、前回、前々回に書いてきたように本を読んできた訳だが、併せて何をしてきたかというと、脱原発をテーマにしたイベントを何回かやった。きっかけは、アメリカでは保守派による「ティーパーティー」と称するムーブメントが広がっているというので、原発の破産した日本では「脱原発ビアパーティー」を広げようと思った訳である。

111028_1_5 メインは、毎年やっている市原康TRIO’のライブに小出裕章氏を招いて、二人の母校でパーティーをやろうという思いつきであって、5月から10月28日の当日まで、これに全力を上げて、おかげさまで小出ファンや同窓生など200名以上の参加者があって、大成功であった。

110604_2 ほかに6月と9月に、横浜と新大久保で30名規模のミニライブをやった。6月の横浜は、ドクター・セブンさんのオフィスのレインボーで、いわき市で孤軍奮闘するもりりゅうさんの現地報告をメインにトークライブをやったのだが、参加者はヒッピー系がメインであったから、あれこれと音など入って、延々と翌日までつづいたのであった。

110809_3 9月の新大久保は、ケニアで獣医をやっているダクタリさんこと神戸俊平さんが日本に帰って来ていて、福島の動物調査をやっていたから、その報告と神戸俊平さんのアフリカ仕込みのカリンバとアルトサックスの演奏などをやった。参加者の多くは神戸俊平さんの活動を応援する人たちで、これもいい交歓が出来たのであった。

11_4 私の企画ではなくて、こちらが参加させていただいたイベントとしは、7月に富士山麓で行われたヒッピー・キャンプの忍野デッドと、9月に白州で行われたフーテン・キャンプのEGPP。これらにはテントとシェラフを積んで、バイクで行った。バイクでは、5月に仙台にも行ったのだったが、ボランティアなどせずに酒ばかり飲んでしまったのが、大いなる反省点である。また9月には、脱原発ということで久しぶりにデモなどした。また、今年はウクレレなど弾き始めたので、フーゲツのJUNさんのオープンマイク・イベントのEGPPに5回参加して、聴かされる人の迷惑など省みずに、ウクレレを弾いて歌を歌ってきた。

これらの参加関係は、私が会社勤めを辞めてから出会い、広がった人間関係が多く、それは何かやる度にさらに広がって行く。mixiなどのSNSでも出会いがあり、コミュニティをつくれるが、それらはヴァーチャルであり、顔が見えない。そこで、まあ「脱原発ビアパーティー」なのである。ご参加いただいたみなさんには、ここであらためてお礼をいたします。

それから、これらの参加者は反原発で、芸術や音楽が好きで、好人物が多いけど、大企業の正社員とか高収入であるとかの人はほとんどいない。どちらかと言うと非正規で低収入で、芸術家肌で、その関係の本業はあるのだけれども、それだけでは食えなくて、あれこれバイトなどしている人が多いのである。

実際は、みな仕事や将来のことに不安を持っていたりするのでもあろうが、「例え低収入であろうと、自由に生きることは何ものにも代え難い」というそれらの生き方は、少数のハミダシ者のスタイルというよりは、前回書いた「商品化されない働き方と生き方、それに交換システム」につながるように思われるのであり、私自身の生き方も含めて、来年も「脱原発ビアパーティー」しながらフィールドワークしてみようと思うところである。

フランス革命の標語は「自由・平等・友愛」であったけど、脱原発ビアパーティー」のそれは「自由・共感・自治」である。「自治」というのは「コミュニティ」のことだが、その原初の形態は「インディペントな働き方」をイメージするところである。例え低収入でも、それによって生活が回り、労働力商品化されない生き方が出来るようになることが「新しい社会」の第一歩であり、そういうものとしての「コミュニティ」づくりが「自治」なのである。

1930年代の大恐慌を背景にして、賀川豊彦は「今日の貧困は物の欠乏によるのではなく、豊富さから生じている」と言う。それから80年、日本は豊かになり過ぎたのに、全く同じ状況が生じている。これをなくすには、その間にやったように戦争をやってもダメだし、金をばらまいてもダメである。どちらかと言えば、国内で世代間格差をなくすことと併せて、地球規模では国家間格差をなくすようした方がよい。世界的にみれば、日本の貧乏人は豊かなのである。さあ、もうすぐ新しい年だ。この80年間とは別な道を行こう。

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2011年総集編②プルードンにならって

賀川豊彦が「真の協同組合とは、その活動の広がりにおいて、全コミュニティ的なものである。古い組合はそのサービスを自分の組合に限定していた」と言うように、現在の協同組合も規模は大きくなったものの、「相互扶助」は組織と経営の範囲内というのが、生協に長くいた私の実感であり、私は1990年代からそれを超える「その活動の広がりにおいて、全コミュニティ的なもの」として、アメリカ型NPOに共感したのだった。

時代的には国際化と情報化、グローバリゼーションとインターネットが急速に拡大する時代であったし、1993年にサンフランシスコのNPOを見に行って、なるほどと思った訳である。そして、その時にサンフランシスコを案内してくれた岡部一明氏から「もうひとつのアメリカ」を教えられたのだった。

200年近く昔にアメリカを見て回ったトクヴィルは、そこに時として利他的に行動する個人主義のアメリカ人を見た。一般的に「自由で平等な個人という観念は、市場経済的な流通ないし商品交換こそが、それを可能とすることができたと考えられている」(半田正樹)訳だが、私は個人主義をベースにしたコミュニティというものを見直したのだった。

鳩山由紀夫元首相の唱えた「友愛の政治」のルーツになったのは、日本人の母を持つ「EUの父」であるクーデンホーフ・カレルギー伯爵で、伯爵はナチスの台頭によってヨーロッパを追われてアメリカに亡命したのであるが、そのことがハンフリー・ボガード主演の名画『カサブランカ』のモデルになったという。

ある日、ハンフリー・ボガート扮するリックの前に、リックの元恋人のイングリッド・バーグマン扮するイルザが現れる。イルザは、クーデンホーフ・カレルギー伯爵がモデルとなった夫のラズロをアメリカに逃がすための搭乗券をリックに懇願する。その場面のバックに、黒人のサムが弾き語る“As Time Goes By”が流れる。
http://www.youtube.com/watch?v=Wo2Lof_5dy4

最後は、リックが自らの搭乗券を与え、ふたりを乗せた飛行機が飛び去り、リックはフランス人のルノー署長と共にレジスタンスに参加しようとするところで終わる。戦時下1942年のアメリカのプロパガンダ映画なのかもしれないけど、リックの造形はそれ故ではない。レイモン・チャンドラーの『さらば愛しき女よ(Farewell, My Lovely)』は、同じく戦時下1940年に書かれた名作だが、プロパガンダとは関係なく、リック=フィリップ・マーローを造形している。

「友愛」と「相互扶助」は、ともすると「友愛」を建前にして「相互依存」になりがちである。また、理念としての「友愛」を組織に閉じ込めると、それは組織の建前になって、「友愛」の範囲は組織内だけになってしまう。さらに「友愛」や「平等」を国家が建前にすると、やがてそれは共同幻想=ナシャナリズムを生み出して、国家主義的専制に転化してしまうというのが、ジャコバン主義や社会主義革命の教訓である。

労働運動と農民運動の中でコミンテルン系のジャコバン主義に苦しめられた賀川豊彦は、大小様々な協同組合をベースにした「新しい社会」を構想して、それが友愛の精神を保持し続けるためにキリスト教をもってそのバックボーンにしようとした。では、キリスト教徒ではない私としてはどうするのかと言えば、やはり賀川豊彦の言うように、「友愛」と「相互扶助」を共同体や組織内に閉じ込めないこと、そのためには、共同体を超えて友愛を求める自由、組織を超えて連帯を求める自由と、閉鎖的共同体や自己保身する組織に対して、それ超える主体=自由な個人であることが必要だと思う訳である。

柄谷行人は『世界史の構造』にこう書く。
「プルードンは、友愛を自由の上におくことを否定した。友愛が真に存在するためには、それが共同体に収斂するのではなく、共同体を越えた、世界市民的なものでなければならない。・・・プルードンの考えでは、自由が優位にあるときにのみ、共同体を越えた友愛が成り立つ。いいかえれば、共同体と一度絶縁した個人(カントの言葉でいえば世界市民)によってのみ、真の友愛、あるいは、自由なアソシエーションが可能だということである」。
「そのことを極端なかたちで強調したのが、「エゴイスト」(唯一者)を唱えたマックス・シュティルナーである。・・アソシエーションを形成するためには、個々人が一度共同体と絶縁しなければならない、というのが彼のポイントなのである」。
「プルードンは平等を軽視したのではない。ただ、それを「分配的正義」として実現することに反対したのだ。それは国家による富の再分配を要求することになり、そのことが再分配する国家の権力を強化させることになる。そこで自由が犠牲にされる。それに対して、彼は「交換的正義」を唱えた。それは、不平等を生み出すことがないような交換システムを作り出すことである。そのために、彼はさまざまな構想を提起したのである」と。

そこで、「不平等を生み出すことがないような交換システム」とはどんなものなのかを考える訳だが、不平等を生み出す資本主義経済の要諦が「労働力の商品化」であるなら、やはり商品化されない働き方と生き方、それに交換システムをプルードンにならって試行錯誤するしかない。

そしてその方法は、資本主義を一挙に変えようとするのではなくて、あれこれとやってみるしかない。ホイジンガや賀川豊彦をはじめ、この間の読書から参考にすれば、中世とかギルドとか各種の小さな協同組合や連合や連邦とかがキイ・ワードとして浮かぶ。また、「友愛や相互扶助」というよりも、「共感やボランティア」といったことも浮かぶ。交換は、必ずしも等価交換でなくてもいい訳である。

ついでに書けば、年金などの世代間格差を思えば、ジジイたちは多少年金が減らされることくらいは、喜んで受け入れるべきである。次の選挙が怖くて税制改革や格差是正をやらないどころか、議員定数の削減もせずに、ひたすら自己保身する議員ばかり。八ツ場ダムの再会決定やエネルギープロジェクトチームを見るにつけ、民主党はもう終わりだなと思う年の瀬である。

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2011年総集編①今年の読書から

12月も残りあと6日間となった。思えば、今年はブログをまだ3回しか書いていない。今年は日本史に残る災いの年となったが、だから書けなかったとは言わない。大したことはないけど、私なりに日々を送った。年が明ければ、また歳をとるわけで、ジジイになっても新しい年をまた元気に送れるように、残る年末に少しだけ今年の総括をやっておこうと思う。以下、今年の総集編のブログである。

今年の前半は本が読めず、昨年来のつづきの労農派論と脱労働力商品論に全く手がつかなかった。サルトルの「飢えた子どもを前にして」ではないけど、「大震災を前にして」というか、原発の破産を目の当たりにして立ちすくんでしまったみたいなところであった。

それでも後半は何とか読め出して、秋になるとけっこう読めた。収穫は、ホイジンガの『中世の秋』と『ホモ・ルーデンス』だろうか。カントは『純粋理性批判』を1/3だけ。それと、1月に読んだ水野和夫・萱野稔人『超マクロ展望 世界経済の真実』、5月に半田正樹氏からいただいた『交響する社会』、11月に読んだ柄谷行人『世界史の構造』の3著は、グローバリズムに対して、国家の位置づけ、役割を見直すという点で共通していたのだった。

1110 本の出た順に書くと、昨年に出た『世界史の構造』で柄谷行人氏は、「宇野弘蔵は資本主義の発展段階を国家の経済政策のレベルで見ようとした。そのとき、彼は『資本論』ではカッコに入れられていた国家を再導入したのである。しかも、『資本論』がとらえた純粋資本主義の原理を変更することなしに。経済政策から資本主義の発展段階を見るという見方は、国家を資本とは別の能動的な主体として導入することである。国家はたんに資本主義経済の変化によって規定されてきたのではない」と書き、

110110_3月に出た『超マクロ展望 世界経済の真実』で、萱野氏は、「なんでも民営化していくべきだと考える市場原理主義者」や「資本主義を市場における交換へと還元するような認識」を批判して、「資本主義は市場経済とイコールではない」「資本主義は市場の論理だけでは存立できない」「国家による税の徴収と、資本による利潤の追求が合わさって、資本主義における蓄積というものがなりたっている」と書き、

Photo 4月に出た『交響する社会』で、半田正樹氏は、「資本制経済社会においては、市場経済=商品経済による一元的編成の外部に、市場経済=商品経済とは異なる原理にたつ国家という共同体がそびえ立つ」「国家および市場経済とともに、互助・相互扶助・互酬を基礎とし、利他心を心性の核とする共同体原理を社会構成の主軸においた構想こそがもとめられている」と書いている。

そんで、「互助・相互扶助・互酬を基礎とし、利他心を心性の核とする共同体原理を社会構成の主軸においた構想」の先駆としての賀川豊彦の『友愛の政治経済学』(日本生協連2009)と再刊された隅谷三喜男の『賀川豊彦』(岩波現代文庫2011)小林正弥『友愛革命は可能か』(平凡社新書2010)を読んだ。

111216 賀川豊彦『友愛の政治経済学』は、1935年に行われたアメリカでの講演が本になったもので、原文は英文で、当時25カ国で出版されたという。日本での翻訳と出版は2年前。1935年に日本でこの本を出版するのは困難だったと思われるが、70年以上経って、やっと日本に賀川豊彦の友愛経済学が逆輸入された訳である。

そこには、1930年代の世界恐慌を背景に、そこから抜け出して「新しい社会」を創るための理念と構想が語られていている。賀川豊彦は、それをアメリカ人に分かり易く体系立てて語っているから、この翻訳本は賀川豊彦の思想を理解する上で絶好の本である。さらに、この本に書かれている恐慌と失業への処方箋は、現代の世界にもそのまま通用するレベルであり、リアリティがある。

1935年出版の『友愛の政治経済学』で賀川豊彦は、2010年出版の『世界史の構造』における柄谷行人の「われわれは、互酬的な原理の高次元での回復を消費=生産協同組合に見てきた」「カール・シュミットは、国家死滅の唯一の可能性を消費=生産協同組合の一般化において見出した」「シュミットがここでいう世界国家とは、カントがいう世界共和国と同じである」という結論を、75年前に提起して、実践している。

農協、生協、信用組合ほかのネットワークづくりのみならず、『友愛の政治経済学』でカントの「永久平和」論についてふれた賀川豊彦は、戦後に世界連邦づくりの運動まで起こしている。実践力でいえば、インテリの柄谷行人氏の1000倍くらいであろうか。

10年ちょっと前に会社(生協)勤めを辞めた私は、ロバート・オウエンと賀川豊彦あたりから協同組合また考え直してみようかと思った訳だが、それは私も「真の協同組合とは、その活動の広がりにおいて、全コミュニティ的なものである。古い組合はそのサービスを自分の組合に限定していた」(『友愛の政治経済学』(p87)と理解したからでもあった。要は、「友愛」と「相互扶助」を再構築しようと思った訳である。今年の読書は、昨年の読書からは少しずれたが、急がば回れでといったところであろうか。

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