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2011年3月24日 (木)

かすかに見えてくる

前のブログを書いた頃より、耳鳴りと難聴に悩まされるようになり、大学病院に行ってMRIなど撮ったのだが、メニエルらしいとのことであった。まあ、薬を飲んで、時間をかけて直すしかない訳だが、還暦2年目、ジジイになりつつあるのだなと思わされるこの頃であり、読書も進まず、ブログも書けないままでいた。そしたら、大地震があって、あわてて買いだめなどしながら、この先を思うことなどあったのだった。

昔、私がまだ30代の頃に「金町浄水場の水をおいしくする会」というのをつくって、利根川水域、とりわけ江戸川上流域の水の浄化を求める運動をしたことがあった。それは、当時の金町浄水場からの臭い水道水の改善と、上流域における環境破壊を伴う本来不要なダム等の建設中止を求める運動であった。

それは、柏崎の原発の余剰初電力でもって、信濃川の水を山越えさせて、それを利根川を通じて首都圏に持って来ようという「関越導水路計画」に反対する運動ともセットであって、当時、利根川上流域の八場ダム予定地にも行って、反対派の古老の話などもうかがったものであった。

それから25年たって、一般には知られることのなかった八場ダムが、民主党政権になって建設中止で脚光を浴びてなつかしがっていたら、今日、金町浄水場の水も再び脚光を浴びることになったのだった。

昔は、汚染された江戸川の水の消毒に塩素が使われていて、それにより水道水に発がん物質のトリハロメタンが含まれることに対して、塩素消毒をしないですむように水質浄化を求める運動であったのだが、今日の金町浄水場からの水道水のニュースの衝撃には、なつかしさよりも言葉を失う。

3月も後半になるのに、早い季節なら桜もほころぶ頃なのに、真冬のように寒い。桜の咲くのが待ち遠しいが、それがいい季節になるかどうかは、定かではない。わが家では、巨大地震以来、暖房はいっさいつけていない。暖房器具といっても、夏には扇風機があるだけなのと同じように、冬にはデロンギが1台あるだけなのだが、それをつけずに部屋の中でも厚着をしてしのぐ日々である。

エアコンなしの夏はどうしているかと言うと、部屋の中ではパンツ1枚という状態で、たまに扇風機に当たるだけだが、エアコン漬けよりも健康的に過ごせる。昭和30年代頃までは、みんなそれが当たり前だったし、それで十分なのだ。だから、もうすぐ4月のこの時期には、どなたも暖房はつけずにいてもらいたいところである。

何も愚痴を言うつもりはない。今回の大災害だって、その後の原発の廃棄や省エネ社会づくりへの転機になれば、それがごくわずかな光明だと思う訳だが、今はそれを語れる時ではない。それでも、これからまだ人生がつづくのだとしたら、どう生きようかということは、かすかに見えてくる訳である。

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