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2010年3月20日 (土)

やれやれ

今日の夕刊とネットのニュースに「東京・埼玉・千葉の大手3生協、合併を検討」の記事があった。生協のことがニュースになるのは珍しく、私も久しぶりに昔いた業界の現状を知ったところである。
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/yomiuri-20100320-00480/1.htm 

ニュースによれば、「3生協の組合員数は合わせて約255万人、総事業高は約3600億円で、合併が実現すれば、国内最大の生協となる」ということで、「消費不況でスーパーなどとの競争が激しくなっており、規模の拡大による経営基盤の強化を図るのが狙いだ」ということだそうである。

3生協の中心の「コープとうきょう」は、70年代前半は未だ2~3万人位の組合員数であった。そして、私のいた下町の生協は4~5千人位の組合員数であったが、最近では120万人規模にまでなっているという。この30年間、どの生協もひたすら規模の拡大をめざしてやってきた訳であるが、100万人の組織になっても、まだ経営基盤が安定しないのだとしたら、一体どこまで拡大させれば安定するのだろうか。

生協は、経営的には「出資配当」や「利用割戻」といった「原則」をもって運営されているが、この配当や割戻の原資はどこから生じるのかと言うと、事業の拡大再生産である。現状の生協、いわゆるロッチデール型の生協というのは、「出資配当」や「利用割戻」といった功利主義的な運営によって、産業社会の拡大とともに拡大してきた訳であるが、いみじくも先日参加した生協主宰のシンポジウムで、パネラーの一人が「利子を生むのは拡大再生産であるが、金が利子を生むのは未来永劫ではない」と言っていたとおり、事業の拡大とて未来永劫ではないどころか、産業社会のライフサイクルで言えば、日本は既にその成熟期も過ぎている。

前回書いたように、くだんのパネラーは「新しいビジネスは、利子や配当とは無縁なソーシャルビジネスになる。それを広げることが大切だ」として、自らエリート職を辞めて、LLP(有限責任事業組合)形式で産直レストランを始めている。そう、必要なのは300万人の生協ではなくて、20~30人で成り立つ協同組合を多様に、たくさん創ることなのである。

まあ、現状の生協の役割と言えば、それらの小さな協同組合づくりをサポートすることかなと思う訳だが、今日久しぶりに生協のニュースを知って、やれやれと言ったところである。

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2010年3月 7日 (日)

「新しいコミュニティ論」へ

2月のある日、アルバイトの帰り道に携帯が鳴って、出ると友人のYさんからで、「来週、宇野弘蔵の『恐慌論』が岩波文庫から出るよ」ということであった。Yさんは、伊藤誠氏の読書会に出て、その解説を書いたという伊藤誠氏からそう聞いたとのことであった。

Photo_5 そんで、次の週のアルバイト仕事の後、バイト先の八丁堀から鍛冶橋通りを歩いて八重洲のブックセンターに行って、岩波文庫の宇野弘蔵『恐慌論』を買ってきた。昨年、古書店や古書ネットで探してもなくて、図書館から借りた本を全文コピーして、さらにそれをスキャンしてテキスト化してとかした本であったが、その最中にパソコンがクラッシュしてしまって、データが消えてしまい、それから長いスランプに・・という曰くつきの本であったが、あっけなく岩波文庫から出たのだった。

経済成長の果てに忘れられたかのようであった恐慌論が、再び需要される時代になったのか、そもそも資本主義は100年前から変わってはいないのか、そして、もし変わってはいないのだとしたら、100年前に立ち返って日本の近代化と社会主義の在りようを見直してみようというのが、この間書こうとしていることなのだが、アバウトには「恐慌論+労農派論→脱労働力商品論→新しいコミュニティ論」といったシェーマである。

「新しいコミュニティ論」というのは、今からちょうど10年前に生協の関連会社を辞めてから、私なりにこれまでの協同組合を見直してみようと思って、まさにこのブログはそのために書いているのであるが、その方向は、これまでの協同組合論がこれまでの近代主義ないしは社会主義論の延長にあったことに対して、「恐慌論+労農派論→脱労働力商品論」をベースに、脱労働力商品的生き方とその仕組みとしての「新しいコミュニティ→新しい協同組合」という構想なのである。

Photo_6 昨日は、明治学院大学で「生協の父、賀川豊彦に学ぶ『あったかいおカネのまわしかた』」というシンポジウムがあったので、それに行ってきた。主催は、私が昔いた生協の連合会で、10人以上の当時の同僚と再会した。

内容的には、コミュイティビジネスへのお金を回し方の提案で、1928年に賀川豊彦が立ち上げた中ノ郷信用組合との提携でという方向で、コミュイティビジネスの立ち上げを支援してくれるという。

私は、ちょうど10年前に生協の関連会社を辞めて、NPOだのSOHOだのをやりくりしてきたのだったが、昨日再会した同世代の元同僚たちは、定年になってもみな65歳まで雇用延長されてそのまま仕事をしている。仕事探しに四苦八苦する私からすればうらやましい話ではあるが、人生はそれほど永くはない。せっかく定年になったのだから、自ら被雇用であることを止めて、コミュイティビジネスなど始めればいいと思うわけだが、当人たちはみな支援する側にいるだけで、 ほとんど行政的な立ち回りである。

参考になったのは、元日銀マン(※日本銀行を惜しげもなく辞めた人)で、現在はNPOやLLP(有限責任事業組合)でレストラン「とかちの」をやっている吉澤保幸氏の話で、「利子を生むのは拡大再生産であるが、金が利子を生むのは未来永劫ではない」と言われたので、シンポジウム後のレセプションで立話してつづきを訊くと、「金融恐慌や金あまりはなくならないが、中央銀行で制御できる」ということであり、「新しいビジネスは、利子や配当とは無縁なソーシャルビジネスになる。それを広げることが大切だ」という話であった。

吉澤保幸氏には、「かつてバブルの頃に、メセナとかフィランソロフィーだとかが流行りましたが、バブルが終わるとなくなってしまいました。今度は大丈夫ですか」と訊いてみた。吉澤保幸氏は自分の方法に自信を持っておられるようであったが、事業が伸びなくなったからと言って、生協がコミュイティビジネスの立ち上げを支援するのを止めることがないように祈るばかりである。

現役当時はあまり話をすることもなかったSさんから、「ブログを読ませてもらっていますよ。脱労働力商品論はおもしろい。つづきはまだですか」と言われたので、少しうれしかった。そんで、思い出したように、このブログを書いた訳である。また少しずつ、つづきを書いていきたい。

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