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2009年7月26日 (日)

脱労働力商品への道-その5-

1881年にマルクス主義を奉じたハイドマンが中心になって社会民主連盟がつくられ、ウィリアム・モリスはベルフォアド・バックスの紹介で、1883年にこれに参加するが、1888年にモリスはハイドマンと決別して、社会主義同盟をつくる。そして、その原因はどこにあったのかというと、安川悦子『イギリス労働運動と社会主義』(御茶ノ水書房 1982)によれば、以下のとおりである。

「モリスが主観的に、「労働の喜び」を歴史発展の原動力=労働者の革命的意志形成の中味にしようとしたのにたいして、ハインドマンは、資本主義生産の客観法則のなかでうみだされる労働者の窮乏化と、生産と交換の矛盾が歴史を動かす原動力と考えた。したがってこの矛盾を打破する最上の方策は、生産の社会化に対応する「交換の社会化」つまりは、「生産と交換の国家機構の達成」であった。具体的には、労働力の国家管理土地、鉄道の国有化、船舶運輸業の国有化、銀行信用機関の国有化、事業や生産業への重い累進課税という提案となってあらわれる。これがハインドマンの社会民主連盟の綱領であった・・・モリスやバックスやエリナ・マルクス夫妻が、ハインドマンと決裂した原因は、ハインドマンの独裁的性格は別として、ここにのべたことにあった。基本的には労働者ぬきで、啓蒙された支配階級による議会をつうじての漸進的な社会主義の実現というハインドマンの道は、かれらにはうけいれがたかったのである」と。(P256-257)

自由主義の段階を終えたイギリスの資本主義は、やがては帝国主義へとつながる金融資本主義の段階に入るわけだが、ポスト自由主義の時代というのは、国家主義的傾向の強くなる時代でもある。労働運動もポスト・トレードユニオニズムのサンジカリスムや労働者政党づくりが起こり、やがて労働運動はサンジカリズムよりも労働者政党と選挙を通じて議会、国政で多数派になることによる要求の実現という傾向をおびる。これは、後発資本主義国のドイツでも日本でも同様で、さらに自由主義と市民社会の成熟の乏しい後発資本主義国では、マルクスの教条主義的な解釈による革命運動が広がるわけである。

さて、ハイドマンと決別したモリスは、バックスやエリナ・マルクス夫妻と1888年に社会主義同盟をつくるも、1890年にその機関を奪った無政府主義者と決別して、ハマミス社会主義者協会を設立する。しかし、その後もモリスは社会主義同盟の機関誌「コモンウィール」に『ユートピアだより』を連載する。そして、そこに描かれた世界こそ、モリスの解釈したマルクスの世界であり、脱労働力商品への道なのである。

例えば、『恐慌論』に「資本家的には、一定の社会として歴史的に決定されている労働力の再生産に必要なる以上の生活資料が労働者に与えられるということになれば、労働者は翌日は賃銀労働者として働かなくなるかも知れない。労働者を労働せしめるには一定限度の賃銀によってモの生活を労働者的にしておく外はないというわけである。しかし、これは・・・資本家的生産方法を前提としてのことである。これを人間社会一般に通ずることとするわけにはゆかない。・・・労働者は賃銀労働者としてのように、生活資料の余裕が与えられると労働しなくなるであろうというのは、資本家的社会関係を絶対化するものといってよい。・・・」(P96-97)とある部分について、『ユートピアだより』のなかで「わたし」とハモンド老人のやりとりは、以下のとおりである。

「労働の報酬が現実にない場合に、あなた方はどういうふうにして人々を働かせられるのか、ことにどうしてその人々を勤勉に働かせらえるのか?」
「労働の報酬がないって?」ハモンドはきびしい顔でいった。「労働の報酬は生きることそのものです。それでは足りませんか」
「しかし、とくに良い仕事にも報酬なしですか」と私はいった。
「報酬はたっぷりありますよ」と彼はいった。「つまり創造という報酬がです。神の得たもう賃銀━昔の人ならそぅいったかもしれません。創造の喜び━それはつまり優秀な仕事ができたという意味なのですが・・」(第15章)と。

また、『恐慌論』に「労働力は、一般の商品よりも徹底的に、その所有者にとっては使用価値として役立たない商品であり、またそれだからこそ商品ともなったのであるが、販売し得なければそのまま使用し得ないだけでなく、その使用価値をも失うのである。労働者は常に自ら買戻すべき商品を、他の生産手段と共に一定の利潤をもって生産することなくしては、自ら生産した商品をも消費し得ない。・・・資本家的生産では本来の人間対自然の関係がこの資本の形式の内に包摂せられるために、労働者は自ら生産したものをも直接には消費し得ないのである。次の再生産過程で剰余価値を生産するとどを予定されなければ、過去生産の一部分を自己のものにすることも出未ない。労動力は商品化されてはいるが、一般商品と同様に特定の使用価値を有すものとして交換されるものではない。商品としての資本の過剰と労働人口の過剰とが同時にあらわれるというのもかかる関係を基礎とするのである」(P102)とある部分については、以下のとおりである。

「はっきりしているのは、前の文明時代において、人々は商品の生産の問題では一種の悪循環におちいっていたということです。・・・この世界市場は、いったん勣きはじめると、人々を強制して、ますます多くこれらの商品を、その必要と否とにかかわらず、生産させつづけました。そこで〔当然〕かれらは真の必需品を生産する労苦から目分自身を解放しえなかったのに、かれらはいんちきな人為的な必需品をとめどなくつくりだしたのです。それらは、前に申しあげた世界市場の鉄則のもと、生活を支える真の必需品と等しい重要さをもつようになりました。・・・かれらがこの不必要な生産という恐るべき重荷を負ってよろめき歩いていくことを余儀なくされてしまったので、人々は労働とその成果を、ある一つの角度から以外には見ることが不可能になってしまいました。すなわち、どんなものをつくるばあいでも、それに費やす労働量はできるだけ最小限しか使わぬように、しかも同時に、つくる品物はできるだけ多くつくるように、不断に努力すること、これです。このいわゆる『生産費の低減』のためにはあらゆるものが犠牲にされました」。
「われわれがつくる品物は必要だからつくられるのです。人々は、あたかも自分自身のためにつくっているかのように、隣人たちに使ってもらうためにつくります。まったくなんの知識もない、コソトロールのできない、漠然たる市場のためにつくるのではありません。売買というものはいっさいありませんので、なにか求められることを見越して品物をつくるなどということは気違い沙汰にすぎますまい。強いてそれを買わせることのできる人間などは、もはやいないからです。ですから、つくられるものはすべて良く、そしてどこまでもその目的にかなっているのです。純粋な使用のため以外には、なにものもつくられることはありえません」(第15章)と。

ここには、オウエンの時代の資本主義への対案であった「自足的農業コロニーづくり」を超える分析と対案がある。それは、『ユートピアだより』はベラミーの『かえりみれば』のリアクションとして書かれたという経緯にあるように、モリスは明確に生産力主義、管理主義的な社会主義に対する「NO!」の世界を描いているのであり、その要諦は、人々が無価値な労働力商品であることを止めた世界を描くことにあったのだと、私は思うわけである。

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コメント

お疲れ様です。
今日は江東区中央図書館に初めて行ってカードを作ってもらい、早速安川悦子の「イギリス労働運動と社会主義」とモリスの「アイスランドへの旅」(モリスはこれしか無かった)
を借りて来ました。
メールアドレス:(任意)にも入力しましたが、念のためここにも入力します。

 n.shimizu@s6.dion.ne.jp

投稿: 清水信義 | 2010年3月 7日 (日) 18時11分

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