« さて、恐慌論 | トップページ | そして、恐慌へ »

2009年7月11日 (土)

労働力なる商品とは

さて、では「労働力なる商品」とはどういうことかと言うことであるが、これは宇野弘蔵に学ぶということで、『恐慌論』のノートになってしまうが、以下のようになる。

「資本主義社会の再生産過程においては、・・資本自身によっては生産せられない労働力なる商品が、他の一切の商品と相対応する重要な地位を占めている。むしろ他の一切の商品をして商品たらしめるといってもよい地位を占めている。資本の再生産過程は・・・労働力なる商品が資本にとって有利に購入し得ないということになると、極めて重大な影響を受けずにはいない。固定資本の投下と更新も、実はこの労働力なる商品に対する資本の特有な関係によって規定され、一定の時期におけるその集中化の傾向もこれによって始めて解明されるのである」。(P59)

「恐慌現象は、資本主義社会にとって解決のない矛盾として、いい換えればその必然的崩壊をもたらすものとして解明されるのではない。新らしい資本と労働との関係の下に現実的に解決されながら繰り返してあらわれるものとして解明されなければならない。いわゆる景気の循環過程において好況と不況とを結ぶものとして、その意義も明らかになる」となる」。(P60)

「資本にとってはその生産物がいかに増加するにしても、利潤量が資本の増加に反して減少するということになれば、その資本は過剰の資本たることに間違いはない。これは全く労働力なる商品が特殊の商品であることを基礎とする資本家的生産方法に特有なる矛盾の現われに外ならない。労働力が他の商品と同様に資本によって直接生産されるものであれば、決してこういう現象は起らないのであるが、しかしまた労働力がかかる特殊な商品であることに資本主義自身の存立の基礎もあるのである」。(P82)

「人間の労働力が自然に働きかけて物を生産し、その物によって労働力を再生産するといういわゆる自然と人間との問の物質代謝の過程が、資本主義社会では商品形態を通して資本の生産過程として行われているのであって、そこに資本主義に特有な形態的な無理がある。資本は、その形態として当然に要請せられる無限の蓄積を続けようとしても、この点で続け得なくなる。その価値増殖は、元来商品でもない労働力を商品化することによって行われているのであって、無限の価値増殖の要求も、それがために反対物に転化せざるを得ないのである」。(P82)

「好況期の蓄積が常に資本の構成をますます高度化し、一方で過剰人口を形成しながら、他方でその過剰人口を動員するという方法をもって行われ得るならば、資本は一般的利潤率を傾向的に低落しながらも利潤量は資本の高度化による生産力の増進にしたかってますます増加するということにもなるであろう。ところか事実は決してそういう方法をもって資本の蓄積が行われるわけではない。すでに述べたように好況期の蓄積は、一定の与えられたる構成をもってますます大規模の生産が行われるという傾向をとるのであって、それは当然に一定量の労働力に対する需要増加によって賃銀の騰貴を免れないのである」。(P82-83)

「労働賃銀は労働力なる商品の価格として一般に資本主義社会においては他の商品と同様に労働力の再生産に要する労働時間によって決定される価値を基準として変動するのであるが、すでにしばしば述べて来たように他の商品と異って資本自身によって直接的に生産されるものではない。したがってまたその価値が労働力の生産に要する労働時間によって決定されるといっても、資本にとってはそれだけの労働時間をもってすれば常に生産されるというものではない。労働者の生活資料を生産するに要する労働時間によって間接的に決定されるというに過ぎない。しかもこの生活資料は労働者自身によって資本の生産過程において生産され、資本の生産物として資本をなし、資本家にとってはこれか生産手段に対する労働力を保障するものとなっている。・・・また実際労働者の生活資料は資本家にとっては販売しなければならない商品であり、労働者にとっては、賃銀として得た貨幣をもって購入しなければならない商品であるに過ぎない。労働者も賃銀か得られなければこれを購入することは出来ない。資本家にしても労働者に売ることか出来なければ、その価格の低落をも避けることは出来ない」。(P 93)

要するに、資本主義とは「労働力なる商品が、他の一切の商品をして商品たらしめるといってもよい地位を占めている」、「労働者の生活資料は資本家にとっては販売しなければならない商品であり、労働者にとっては、賃銀として得た貨幣をもって購入しなければならない商品であるに過ぎない。労働者も賃銀か得られなければこれを購入することは出来ない。資本家にしても労働者に売ることか出来なければ、その価格の低落をも避けることは出来ない」社会なのである。

|

« さて、恐慌論 | トップページ | そして、恐慌へ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 労働力なる商品とは:

« さて、恐慌論 | トップページ | そして、恐慌へ »