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2009年7月13日 (月)

脱労働力商品への道-その1-

これまでの引用をさらに要約すれば、資本主義とは「労働者の生活資料は資本家にとっては販売しなければならない商品であり、労働者にとっては、賃銀として得た貨幣をもって購入しなければならない商品であるに過ぎない。労働者も賃銀か得られなければこれを購入することは出来ない。資本家にしても労働者に売ることか出来なければ、その価格の低落をも避けることは出来ない」社会なのであり、「労働力が特殊な商品であることに資本主義自身の存立の基礎もある」のであるが、「人間の労働力が自然に働きかけて物を生産し、その物によって労働力を再生産するといういわゆる自然と人間との問の物質代謝の過程が、資本主義社会では商品形態を通して資本の生産過程として行われているのであって、そこに資本主義に特有な形態的な無理がある」わけである。

そこで、この「無理」を解消しようというのが「脱労働力商品への道」ということになるのだが、しかも、「資本家的再生産過程の極めて複雑な関係は、一方ではかかる不均衡を来たす要因を増加すると共に、また他方ではその不均衡を均衡化する機構をも確立してくるのであって、単に無政府的に盲目的に生産されるということのみから恐慌の可能性を強調することは、他の一面を見失うものとして決して資本主義を理解する所以ではない。資本主義はそんな簡単なものではないのである」(P52)であるように、そのプロセスは、かつての社会主義運動のように、恐慌を革命に、政治的に運動して権力を奪取して・・・という具合にはいかない。

資本主義が、19世紀中葉のイギリスにおいて典型的なかたちで成立した後、後発のドイツ、アメリカにおける政策的な展開から、金融資本や株式会社を発達させ、さらには国家をも巻き込んで行き詰った後も、ポスト工業化と合わせた現在のいわゆるグローバリゼーション的な展開を見ると、「資本主義はそんな簡単なものではないのである」というのは実感でもあるが、それが近年の「100年に一度の金融パニック」を発生させるのを見れば、資本主義が「労働力の商品化」という不治の病を抱え込んだままであることも、またしかりなのである。

そこで、「脱労働力商品への道」を考えるわけだが、そのヒントは『恐慌論』を逆に読み解くことにある。例えば、資本主義社会における「販売と購買の分離」と「購買と支払との分離」については、『恐慌論』には以下のようにある。

「元来、商品経済なるものは個々の生産者の生産物が商品として互いに交換せられるということを基礎とするものである。しかし個々の生産者がその生産物を直接に他の生産者の生産物と交換するといういわゆる物々交換の形ではなお商品経済とはいい得ない。商品の交換が貨幣を通して商品の流通として行われ、販売と購買とが分離し得ることになり、貨幣をもってすればいつでも自己の必要とする生産物を商品として買い得ると向時に、商品は生産されたからといって必ずしも売れるとはいえない関係を展開するにいたってはじめて商品経済といい得ることになる」。(P50-51)

「また商品経済の一定の発展を基礎にして、貨幣がいつでも商品を買い得るものとして、商品経済に特有な富の形態をなすに至ると、一方では貨幣そのものの蓄蔵が行われる傾向を生じ、他方ではそれを基礎にして貨幣なくして商品を購入し、後に自ら生産した他の商品を販売して得る貨幣をもって支払いをするという、購買と支払との分離も行われ得ることになる。こうなると自己の商品を一定の価格で販売し得ない場合には、支払い不能に陥らざるを得ない」。(P51)

ここにある「販売と購買の分離」と「購買と支払との分離」を逆に読み解くとは、「販売と購買の分離」と「購買と支払との分離」をなくせばいいということではない。もともと恐慌の必然性でないものを無くしても、それだけでポスト資本主義に移行できるわけはない。せいぜい、旧い共同体に戻ってしまうだけである。

労働力の商品化が止揚されゆく社会がポスト資本主義なのである。しかし、資本主義と労働力商品化の蔓延した世界が、いきなり労働力の商品化を止めるわけではない。どちらかと言うと、脱労働力商品への道を歩み出した人々が、市場社会の中に仕事とコニュニティを創り出しながら、長い時間をかけてそうなるのであるが、資本主義が成立する=労働力が商品化されるまでには、300年近い年月を経ていることを思えば、それを解消するためには、同じように長い年月がかかるかもしれない。そして、コミュニティの形成と言っても、それはかつての非市場経済的な共同体へ戻ることではない。

これまで、どの時代でもどの国でも、恐慌や不況を契機に構想された、競争的な市場経済社会でないものとしての共同体は、労働価値説を基礎に私有財産を否定して、共同所有で平等で、農業を中心にした自給自足的な社会であり、結果的にはそのほとんどが短期で失敗している。これは、規模的には国家レベルであったソ連やかつての中国も同様で、社会主義を市場経済の否定と考えたからであるが、これもまたそれ故に失敗した。

『恐慌論』に「商品経済なるものは、元来は社会と社会との間に発生する関係である。それは社会の内部から発生するというものではない。それだからこそまた古代、中世のように商品経済をその社会の原理としない社会においても多かれ少かれ商品経済を入れ得たのである」(P37)とあるように、資本主義型商品経済以前にも商品経済は存在したのであり、脱労働力商品化のすすむポスト資本主義社会においても存在するのである。

資本主義型商品経済以前にも以後にも、資本主義型市場経済よりも広い世界があって、そこには市場機能が存在するし、脱労働力商品への歩み自体がそれを否定しないで、新しいコミュニティを形成するわけである。しかし、新しいコミュニティはコミュニティとコミュニティの間に商品経済が発生させるというよりは、すでにある資本主義型商品経済を少なくしていくためのコミュニティであり、資本とその増殖を目的にするのではない、脱労働力商品的に仕事する人々のためのコミュニティである。

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