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2009年7月 5日 (日)

やっと、恐慌論

ロバート・オウエンは、19世紀初頭の産業革命の最中、自らニュー・ラナークで成功裏に工場経営を行った経営者であったが、当時まさにその姿を現そうとしていた競争主義的な資本主義に対しては、対応を異にした。1920年に『ラナーク州への報告』の中で、共同村の建設を提言したわけだが、その背景には、1819年のナポレオン戦争後の恐慌と、それによる労働者の悲惨な実態があった。

前回の日記に書いた、超絶主義者たちがつくったブルック・ファーム共同体も、アメリカにおける産業革命後の1837年の恐慌を背景にあり、ニュー・ハーモニー共同体もブルック・ファーム共同体も、いわば市場主義に対する対案であるといえる。そして、両者とも目指したものは、農業を基礎にして、共同所有と自給自足の小共同体づくりであった。

Photo_2 宇野弘蔵の『恐慌論』には、「「1818年の戦後恐慌を最後として、イギリスはいわゆる景気循環の過程を周期的に繰り返すという典型的な形で示すことになるのである」、「19世紀20年代以後には、25年、36年、47年、57年、66年と殆んど一様に10年内外の周期をもって恐慌が襲来している。・・・「恐慌はもはや偶然的なる現象とはいえない。・・・例えば25年の恐慌は、南米におけるスペィン、ポルトガルの植民地の独立による、それらの地域への市場の拡大を原因とする繁栄によるものであった。これに対して36年の恐慌では、30年代前半におけるイギリス、アメリカの鉄道建設と対米輸出の異常な増進とによる繁栄にもとづくものであって、アメリカ自身における恐慌がその口火を切った。・・・また50年代においては40年代末のカリフォルニア、50年代初めのオーストーフリアの金鉱の開発による販路の拡大や53年のクリミヤ戦争による景気の恢復か重要な要因をなして来る。・・・」(p27-29)とある。

そして、アメリカはどうだったかと言えば、猿谷要『アメリカ500年の物語』(平凡社)によれば、「産業革命の一つのシンボルである蒸気機関車は、それからまもない1830年、ボルティモア=オハイオ鉄道の開通となって登場する。南北戦争直前の1860年までには、ミシシッピ川以東の地に鉄道網が細かく行きわたるほど敷かれることになった。
とはいえ19世紀の初め、アメリカ人の大半は農民だった。それもたいてい自給自足の形をとっていて、近くの人びとと物々交換をして暮していた。それが10年たち20年たつうちに、農家は一種類か二種類の作物を集中して栽培し、市場でそれを売るようになった。家にいて糸を紡いでいた農家の女性たちは、繊維工場で働く女工となって家を出ていった。
 こうして市場経済の社会に切り換っていくと、当然のことながら好況と不況が交互に現われてきた。最初の経済恐慌が1819年に現われているのをみると、この頃から北部の社会が次第に資本主義化していったのがわかる。経済恐慌はその後1829年、37年、47年、57年とほぼ周期的に起った」(p83)とある。

イギリスより少し遅れて、アメリカ(東部)でも、急速に産業革命と資本主義化が進行していたことが分かる。恐慌の原因は、外国貿易とは直接にはつながらないが、市場主義による競争社会=資本主義と、その結果による恐慌への対案は、どこの国であろうとそう変わるものではない。一言で言えば、「コミュニティの建設」となるわけである。

ニュー・ハーモニーからも、ブルック・ファームからも、それが確認できるわけであるが、これまでどのコミュニティづくりも失敗していおり、私がこのブログを書き出したのも、まさにそこから出発したわけで、そんなで、少なくとも還暦までにはオウエンのニュー・ハーモニーまでは押さえておきたかったわけである。

Photo_3 4年前に大内秀明氏の『恐慌論の形成』(日本評論社)が出版されて、私は2005年10月15日 のこのブログに「恐慌論の形成とコニュニティの形成」という読後感想を書き、「恐慌論の形成が、ポスト工業化社会におけるコミュニティの形成につながっているという発見」をしたと書いた。※下記参照
http://daruma3.cocolog-nifty.com/nh/2005/10/post_0053.html 

それ以降、私は「脱労働力商品論としてのコミュニティ論」を考えてきたわけだが、それから4年たって、やっと「恐慌論」にたどりついたわけである。まあ、なんと悠長な日々であったかと思うが、まあ、私はそんなものである。

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