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2008年4月24日 (木)

グレイト・ウェイヴ

 アメリカン・ルネッサンスのあった19世紀半ばは、ヨーロッパで言えば2月革命前後である。1844年にマルクスは『経哲草稿』を書き、イギリスではロッチデールの協同組合が設立され、1848年にはヨーロッパ中を巻き込んだ2月革命が起こって、やがてマルクスはロンドンに亡命して、経済学の研究を始めた。ロンドンでのマルクスは貧乏だったから、1851年から週2ポンドで「ニューヨーク・トリビューン」の特派員になってアメリカに原稿を送り出すのだが、同年、アメリカン・ルネッサンスの作家のメルヴィルは代表作の『白鯨』を出版し、その印刷はロンドンで行われたというから、ほぼ同じ頃にメルヴィルとマルクスの原稿が大西洋を行き来した訳である。

Photo  「わたしをイシュメールと呼んでもらおう。何年かまえ、財布がほとんど底をつき、陸にはかくべつ興味をひくものもなかったので、ちょっとばかり船に乗って水の世界を見物してこようかと思った」、「わたしは使いふるしのカーペット・バッグにシャツを一、二枚つめこむと、それを小脇にかかえて、ホーン岬と太平洋をめざして出発した」という『白鯨』の1章、2章の書き出しは、「貨物列車に飛び乗って、ロサンゼルスをあとにしたのは、1955年の9月も末に近い、とある日のちょうど正午のこと。無蓋貨車の一つにもぐり込んだぼくはダッフェル・ハッグを枕にして寝転がり、両脚を組み合わせると、北の方、サンタバーバラに向けてゴトゴトと運ばれてゆく道すがら、雲をふりあおいで瞑想にふけっていた」という書き出しのジャック・ケルアックの『禅ヒッピー(The Dharma Bums)』を思い起こさせる。ソローの『森の生活』が、その100年後の対抗文化運動の中で大いに読まれたように、ホイットマンの詩がアレン・ギンズバーグに引き継がれたように、アメリカン・ルネッサンスとビートジェネレーション、対抗文化運動はつながっていると思う訳だが、それはまた後でふれてみたい。

 さて、『白鯨』は海洋小説の傑作と言われるが、頭に「海洋小説の」とつけなくても傑作である。アメリカ東部の港町の宿屋やバーの描写から、捕鯨船には株主がいて運用される仕組みや、大海原を行く帆船の操船、小型船による捕鯨の描写、世界遺産にしてもいいくらいの鯨と捕鯨の話などなど、海好きな私はぐいぐいと読まされた訳だが、巨大な白鯨モビー・ディックを追ってエイハブ船長のピークオッド号が向かう先は、鯨の好漁場であったという日本沖なのであった。

 日本について、メルヴィルはこう書く。「その波は、最近この世に登場したばかりの人種がほんの昨日つくったばかりのカリフォルニアの町々の波止場を洗うばかりか・・・アジアの国々の浜辺をも洗うのである。この両者のあいだをサンゴの島々の銀河が流れ、未知の低い群島が際限なくつらなり、さらには門戸をとざした日本列島が横たわる」(下巻P201)と。そして、さらに「もしあの二重にかんぬきをかけた国、日本が外国に門戸を開くことがあるとすれば、その功績は捕鯨船にのみ帰せられるべきだろう。事実、日本の開国は目前にせまっている」(上巻P289)と書くのであるが、ペリーの艦隊が浦賀沖に現れたのは、まさにその2年後であったのだった。

 メルヴィルとマルクスの原稿が大西洋を行き来したわずか2年後の1853年、ペリー提督率いる4隻の黒船が浦賀沖に現れ、翌1864年に日本は開国をした。そして、1860年(万延元年)には日米修好通商条約を結ぶために日本から遣米使節団が送られ、ニューヨークで使節団の行列を目にしたホイットマンは、「ブロ-ドウェイの行列」という詩を書いて、「壮麗なマンハッタンよ! わが同胞のアメリカ人よ! われわれの所へ、この時ついに東洋がやってきたのだ・・・」と詠んだのだった。

 現在、アメリカという国は難しい立場にある大国で、日本は否が応でもその難しさにつき合わされているのだが、その始まりというのが、まさに上記の150年前なのである。それは、日本が世界史の表舞台に登場したということであるのと同時に、「近代化」という課題を背負わされたということでもあったのだった。それ以降、日本人のアメリカ観にはアンビバレントなものがある。一度は戦争を仕掛けてみたもののボコボコにされて、戦後はアメリカナイズ派と嫌アメリカ派に分かれてしまった。

 このブログのテーマは「コミュニティ論」ではあるが、広くは「日本の近代化の見直し」であって、日本におけるコミュニティの再構築には「日本の近代化の見直し」が必要だろうし、さらに近代化を見直すためには、近代主義的な歴史観では不可能だろうから、国・地域別で各時系列的な歴史著述や、年表化や体系化とはちがう表現が必要だろうということで、まあ、こんなブログを書き出した訳である。

200  では、どんな歴史観を考えているのかと言えば、謂わば「共時的な歴史観」であって、通時的な連鎖というよりは、「時空を超えて世界はつながっている」と考える訳である。そんあことを考え始めた一昨年(2006年10月)に、知り合いの森谷文昭氏がアンドルー・ゴードン著『日本の200年』(みすず書房)という本を訳したので読んでみると、その本の主題的には、「日本の近現代史は、一貫して、より広範な世界の近現代史と不可分のものだった」、「1868年の時点のこのような状況を、それからわずか10年後の状況と比較してみると、そのかんに起きた変化は・・・まさに革命と呼ぶにふさわしいものだった」「1860年代にはじまったこの革命は、近代革命というグローバルな主題の、日本的な展開にほかならなかった」(p124-125)とあった。

Great_wave  明治維新について、日本人はそれがブルジョワ革命なのか、そうでないのかと長いこと論争してきた訳だが、外から見ると「近代革命というグローバルな主題の日本的な展開」というふうになっている。150年前のグローバリゼーションの結果だということでもあるが、今ひとつストンと落ちないでいたところ、昨年(2007年11月)には、やはりアメリカ人であるクリストファー・ベンフィー著『グレイト・ウェイヴ』(小学館)という本がでた。その帯には「オールド日本が黒船に仰天したとき、金ぴかアメリカは美しい日本に恋をした」「太平洋の両岸に寄せて返した文明と精神の大きな波、グレイト・ウェイヴを読み解く」とあったので、これまた読んでみると、その書き出しはメルヴィルの先の「その波は・・」の文章で始まり、以下のようにつづくのであった。

 「南北戦争後、経済と貿易の中心地がニューヨークに移ったとしても、ボストンは国家を築く精神的指標としての役割を主張した。ボストン市民は清教徒の精神に立ち戻り、その精神をエマソンの時代に改めて自覚したのである。エマソンと彼の弟子ヘンリー・ソローは、早くも1840年代に、精神的な支えとしてのヒンドゥー教や仏教といったアジアの宗教に注目していた」、「南北戦争直後の数十年間、そのアメリカ文化の俗悪さと浅薄さにうんざりした、彼ら自称青年貴族たちは、どこか他の場所に、みずからの感性に合った社会秩序を求めたのである」。「南北戦争後の数年間にアメリカに現れた粗悪な物質文明は、教養ある中流階級の若者たちの中に、社会に離反し、放浪する知識人世代を生み出した」とあり、さらに「皮肉にも、ボストン市民がオール・ドジャパンに憧れているまさにそのときに、日本は近代国家としての再興をめざし、25年の間に封建的国家から国際的な勢力に発展していた。それは明治時代と呼ばれる時代で、ほぼアメリカのギルデッド・エイジに対応している。・・・日本では、その自信に満ちた近代化の水面下で、別の感情が膿のようにたまっていた。不満をいだいたボストン市民たちとまさに同様の感情だった。夏目漱石の小説『それから』(1909年)の中で、審美眼をもった良家の若者である主人公は、父親の世代、すなわち日本を変容させた世代を振り返る」(『グレイト・ウェイヴ』序章)とあって、何と! 代助が登場するのである!

 1892年にホイットマンが死ぬと、同年に25歳の夏目漱石は「文壇における平等主義の代表者『ウォルト・ホイットマン』」という文章を書いている。そこに漱石が「ホイットマンが己の言い度き事を己の書き度き体裁に叙述したるは亜米利加人に恥じざる独立の気象を示したるものにして天晴れ一個の怪男児とも偉丈夫とも称してよかるべし」と書いているのを読めば、開国後わずか25年で日本の知性はボストンの知性に通じていたことと、それが漱石後年の「私の個人主義」にまで生かされていると思うのである。

 『グレイト・ウェイヴ』は、ボストンの知識人と岡倉天心との交流を軸にした日米交流史に始まり、天心の実子であろう九鬼周造を軸にしたヨーロッパとの思想交流で終わる大著であって、後にまたふれたい。また、開国から明治維新にいたる幕末は、中里介山が30年以上の歳月と20巻の大著『大菩薩峠』をもってしても書き終えず、島崎藤村渾身の『夜明け前』に描かれた時代であるが、これも後にふれたい。そんで、次からはいきなり明治時代の話に入ろうと思っている。世界はどうつながっていったのかを、見てみたい訳である。

 今日もまた夜の8時過ぎに、雨の中スーパーに行って半額になった酒の肴(今日は真鯛)を買ってきて、さっき一杯やった。本当は、仕事をやらねばだが、そういう時こそ仕事以外のことをやりたくなるという下等遊民的習性にはまりつつあるようだ。

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