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2008年4月27日 (日)

安部磯雄と社会民主主義

 明治の社会主義には、キリスト教社会主義というのがあって、木下尚江とか石川三四郎、後には賀川豊彦などがそうなのであるが、その代表格は安部磯雄である。安部磯雄は同志社に学び、1891年にアメリカに留学し、アメリカでエドワード・ベラミーの『かえりみれば』を読んで、社会主義者になったという。1897年に帰国し、同年に高野房太郎が結成した労働組合期成会の評議員になった。1898年に結成され三田の惟一館(ユニテリアン協会)に本拠を置いた社会主義研究会に入会、1899年に東京専門学校(後の早稲田大学)の講師になり、ユニテリアン派の機関誌『六合雑誌』の編集にあたった。

 それと、同志社で安部磯雄と同期であった村井知至というキリスト教社会主義者がいる。村井知至も1889年から1893年にアメリカの神学校に留学、帰国後、安部磯雄とともに社会主義研究会を始めて会長になった。村井知至のアメリカでの留学先の神学校で、後から入ってきた片山潜とも知り合い、片山潜も帰国後は社会主義研究会に参加して、やがて幸徳秋水も誘って、日本で初めての社会主義研究が始めた訳である。

 この社会主義研究会では、サン・シモン、フーリエ、プルードン、ラッサール、マルクスなどが研究されており、研究会は1900年には安部磯雄を会長にした社会主義協会となり、さらに、1901年には日本初の社会主義政党社会民主党へと発展したが、創立メンバー6名の内5名がクリスチャンであり、その宣言文を書いたのも安部磯雄であった。

 こう見てくると、日本に最初に社会主義が入ってきたルートというのも、アメリカに留学したクリスチャンを通してであることが分かる。後の賀川豊彦のアメリカ留学もそうであるが、カルヴィニズム系のアメリカの教団のミッションが、結果的には日本への社会主義の導入にも貢献していた訳である。アメリカン・ルネッサンスにおける超絶主義も、カルヴィニズムに対して批判的に誕生したユニテリアリズムを経して誕生したが、日本ではカルヴィニズム→ユニテリアリズム→キリスト教社会主義となった訳である。

 社会民主党は、結党の2日後に結社禁止となったが、安部磯雄が書いた「宣言書」は、「如何に貧富の懸隔を打破すべきかは実に二十世紀に於けるの大問題なりとす」で始まり、「貧富の格差拡大」はそれから100年たった21世紀においても未だ大問題となっていて、状況は相変わらずである。

 1903年に幸徳秋水と堺利彦を中心に平民社が創立されると、社会主義運動の中心は平民社にうつり、日露戦争後の1905年、幸徳秋水らと別れたキリスト教社会主義者の安部磯雄、木下尚江、石川三四郎は『新紀元』を発行した。1906年にアメリカへの一時亡命から帰国した幸徳秋水は、議会主義に代えてサンジカリズムを提起し、運動の流れがそう変わっていった訳である。

 その後、サンジカリズムの運動も、アナボル論争をへてヴォルシェヴィキズム主導へとなっていくのであるが、どちらの過程でも批判されたのは議会主義、普選運動であった。安部磯雄は、1924年に石川三四郎らとともに日本フェビアン協会を設立、その後、1928年に第16回衆議院議員総選挙に社会民衆党から立候補し、衆議院議員当選連続4回。社会民衆党党首、社会大衆党執行委員長を歴任。戦後は日本社会党の顧問となった。

 イエス・キリストの教えに基づく社会をつくることが社会主義の実現でもあるとした安部磯雄から賀川豊彦にいたるキリスト教社会主義は、戦後も片山哲、河上丈太郎へとその命脈は保つものの、日本の政治土壌においては常に「右派」とされ、マイノリティであった。社会主義研究会から約100年後に起こった社会主義国の崩壊以降、それまでの階級闘争主義者までが社会民主主義を云々するようになったが、キリスト教社会主義は日本における最初の社会民主主義でもあった。宣教師の努力にもかかわらず、日本におけるキリスト教の普及は低調なままで、それは日本における社会民主主義の未定着と因果があるのかどうかは分からないが、社会民主主義を「右派」と切り捨てた日本の社会主義運動は、未熟な近代主義による党派闘争の歴史と化したのであった。

 1905年に、安部磯雄が監督をしていた早稲田大学野球部が渡米したおりに、安部磯雄が平民社の堺利彦に「警察とは穏やかにやってください」と言ったそうで、それを聞いた荒幡寒村などの若い社会主義者が憤慨したという。なるほど、早稲田にあった安部球場というのは、安部磯雄から来たのかと思った次第であるが、安部磯雄は、日本人にはキリスト教よりも野球が馴染みやすいと思ったのかもしれない。

Photo  参考文献:『明治社会主義史論』辻野功(法律文化社1978)

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