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2008年1月 3日 (木)

貧者のノブレス・オブリージュ

 昨年の「新年の計」では、「地球温暖化」への対応として「必要以上には稼がないスタイル」と「対抗文化的コミュニティづくり」、「そのための本づくり」を目標にした。「必要以上には稼がないスタイル」はまあ順調で、「(対抗文化)的的コミュニティ」づくりはそこそこ、「本づくり」はこれからといったところであった。

 地球温暖化は、日々ますます急激に進んでいて、日本は京都議定書に定めたCO2削減の数値目標に及ばないどころか、それをオーバーしているのに、対策はすすんでいない。産業界が抵抗するからである。
 このことは「格差問題」にも通じている。定時で帰って、酒飲んでクルマ運転して人を殺す若い公務員がいる一方、ワーキングプア的生き方をせざるをえない若者たちがいる。会社で同じ仕事をしても、正社員と派遣やパートでは収入が倍違う。
 そして、これらが是正されないのは、省益を守りたがる役所が天下り先の特殊法人の整理統合に抵抗するのと同じで、誰もが既得権益を手放したがらずに抵抗するからである。
 昨年は「上流・下流」「美しい国」などの言葉も踊ったが、高所得でも既得権益擁護の抵抗派は「上流」でもなんでもありはしない、精神的には「下流」と言える。

 イギリスに「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。「高貴なる者の義務」みたいな意味だと思うが、「上流」とされる高所得者が精神的には「下流」でもあるとすれば、「下流」とされる低所得者における「ノブレス・オブリージュ」というのを考えてみたい。むかし協同組合を創った人々の精神にはそれがあったし、IWWをはじめ格差の底辺にいる人々のための労働運動をやった人々の精神にもそれはあった。

 このブログに協同組合のことを書いているせいか、むかし世話になった協同組合の連合会の研究機関から、研究のアドバイスを頼まれた。
 協同組合は、産業革命期に労働組合も未だない中で労働者の自助運動として発生したが、ロッチデールの成功を機に、労働運動からは分化して市場適合的に事業を行い、資本主義の発展の中で、その拡大に合わせて拡大してきた。また、協同組合は所得の安定した層を対象とすることによって、事業も安定してきた。
 要は、国民経済と福祉社会の発展、そこにおける中間層の増加に合わせて発展してきた訳だが、現在ではエスタブリッシュメントとなった協同組合は、国民経済の終焉=グローバリゼーションと、格差拡大=貧者の拡大の中でその存在意義を問われている。

 協同組合はその既得権益を社会に還元できるか、協同組合の開放は可能かというのが、生協で働いていた時以来の私の問題提起なのであるが、「員外利用の規制」の傾向とか、どうも流れは逆なようである。協同組合への私のアドバイスの要諦は、それを担う者が「ノブレス・オブリージュ」を果たせるかどうかということなのだが、いかがであろうか。
 生協を辞めて以来、私の収入は大幅に減り、年末の3日間は本屋で、年始の3日間はコンビニでフルタイムパート仕事と、ワーキングプアの日々ではあるが、私の精神は自由であり、「貧者のノブレス・オブリージュ」と、それを担う者のコミュニティづくりを、引き続き今年の課題にしている。

 今年は、50代最後の年になる。10年前に、会社勤めを辞めようと思い出した頃に「50歳になったら詩人になりたい」と思ったものだったが、そろそろ「60代には何をしようか」と思ったりする。70代と80代になりたいものは、もう決めている。70代は「文学者」であり、80代は「哲学者」である。
 そこで、60代は何をするかなのだが、いくらかでも身体が元気なうちは、まだまだ「思想」や「運動」を試してみたいので、少し大げさだが、60代には「思想家」になりたいと思っている。バイクに乗って、全国をフィールドワークする「思想家」である。

 だから、50代最後の年の課題は、そのための「思想づくり」となる。昨年来構想している「不均衡の均衡の時代における脱労働力商品的生き方」を、かたちにしたいと思っている。

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