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2006年11月 7日 (火)

しゃんくれーると神田俊平さん

Chan_1  11月3日は、「しゃんくれーる――ひかり輝く野へ!」というテーマにも惹かれて、JUNさんのEGPPに行った。

 「しゃんくれーる」は京都にあったジャズ喫茶。60年代に高校生の頃、「スイング・ジャーナル」にフランス美人風のイラストの広告が掲載されていて、あんな女がやっているのだろうかと思っていて、70年代についでがあって寄ってみたら、おばさんがいただけだった。

 それでも、同時代にジャズを聴いた人には、印象的な店名で、昔「しゃんくれーる」にも行ったというケニア在住36年の獣医の神11egpp2 戸俊平さんもEGPPにやってきた。
 神戸俊平さんは、アフリカの楽器のリケンベと木の太鼓で、「魚を食べ過ぎた」という曲を演奏、目を閉じれば、そこはケニアの川辺である。その後、日本のODA(政府開発援助)のあり方について、次のように訴えた。

 ODA(政府開発援助)は円借款だから、それを借りたアフリカの国は返さなくてはならないのに、環境を破壊するような役に立たない工事が多い。工事をやるのも日本の企業で、日本で少なくなった公共事業が、談合も含めて、アフリカで行われている。税金の無駄づかいと現地の環境破壊について、考えてほしい。

Matsui_satoko  EGPPは、JUNさんの個性にもよるが、少し変わったオープン・イベントである。そこでは多様な表現行為が許されて、参加者のレベルも高い。
今回は、若いミュージシャンと、オヤジたちの60年代の思い出話と誌の朗読、神戸俊平氏の社会問題の提起があった。
 「アフリカと神田俊平友の会」、できることがあれば、お手伝いしたいものである。(※下記参照)

http://www.s-kambevet.org/ 

 5日の夕方には、TBSで神戸俊平さんのドキュメンタリー番組があった。神戸俊平さんは、頭は禿げ上がっているけど、目つき、顔つきは若い。横浜からナホトカを経て日本を脱出した36年前のマインドがが、そのまま純粋持続しているといった感じである。

 今回の私たちとの出会いは、ダクタリさんにとってはセンチメンタル・ジャーニーみたいなものであったのかもしれないが、私たちも、あの頃の感性とマインド、忘れたくないものである。

写真上は、60年代に「スイングジャーナル」誌に載っていた「しゃんくれーる」の広告
写真中は、演奏する神戸俊平さん
リケンベは、ひざの上の巨大な半切の瓢箪の中に入っている。左足ではポクポクと木のドラムをたたいている。
写真下は、オリジナルの「save me」を歌うマツイサトコさん

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