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2006年10月17日 (火)

コミュニティ的的ビジネス再考

 Mixiに書いた「コミュニティ的的ビジネス」の文章に対して、大阪に住む「れいじさん」から下記のコメントをいただいた。

 「コミュニティ的的ビジネス。面白そうですね。等価交換とは違うシステムとして近年よく引き合いに出される、文化人類学の概念の「贈与」的的なものも含まれることになるのでしょうか」

 せっかくだから、コミュニティ的的ビジネスを少し整理しておきます。

 巷で言われている所謂「コミュニティ・ビジネス」というのが、往々にして行政とNPOなどとの提携によるものであるのに対して、私の言う「コミュニティ的ビジネス」とは、行政との提携なしに、コミュニティ単位、もしくはコミュニティとコミュニティが提携して行うビジネスです。この場合のコミュニティは、自治体をベースにしているというよりは、自治的な人の集まりです。

 そして、私が「コミュニティ的的ビジネス」と呼ぶのは、「コミュニティ的ビジネス」に至る手前の、人々との出会いと関係つくりみたいなことです。

 どんな関係かと言いますと、自立した人間どうしの共感とリスペクトの関係です。そして、この出会いと関係は、お互いが似た者どうしであるからつくられるというよりは、異質な相手との出会によって、自らが刺激を受けて、自らの中に新しいコミュニティ的ビジネスづくりの発想や契機が生まれるような関係です。

 「贈与」について言えば、コミュニティ的ビジネスをする人は、所謂コミュニティ・ビジネスとはちがって、行政からの「贈与=補助金」みたいなものを当てにしませんし、コミュニティの他のパートナーにも、自らへの贈与をあてにしません。

 しかし、贈与を当てにしないことと、贈与しないことはいっしょではりません。コミュニティ的ビジネスは、その収益を、現行のNPOのように自らのミッションへの再投資だけでなくて、資金の必要な他のコミュニティ的ビジネスに贈与できるようにすればいいと、私は思います。

 年収300万円でも、贅沢しなければ、人は生きられます。年収1000万円以上あれば、死んでも貯金を残せるでしょう。そして資産1億円以上あれば、なかなか一人では使い切れません。

 アメリカなどでは、使いきれないほどの金を稼いだ人は、その金を財団に寄付=贈与したりします。

 日本では、税控除の法的不備で、個人による贈与はあまり行われません。日本人の貯蓄高は世界一ですから、これが贈与に回るようにしたいものですが、行政側は、税金による再配分という権能を手放したくはないでしょうから、NPOなどへの寄付の税控除の問題は、なかなかすすみません。

 ですから、コミュニティ・ビジネスと称して、行政と提携するNPOは、私に言わせれば、自己矛盾です。

 コミュニティ的的ビジネスとは、とりあえずは、出会いと関係つくりを探して歩き回ることですが、ボランティアをしたら弁当が出たとか、酒を飲んだら相手が酒代を出してくれたみたいなことが、「贈与」的的なものですかね

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