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2006年9月17日 (日)

横浜ZAIM

0916zaim  昨晩は、横浜のZAIMで詩を詠んできた。4編詠んで、バックでgandhiさんがサックスを吹いてくれた。初めての試みで、出たとこ勝負ではあったが、いいコラボレーションができた。gandhiさんに、感謝である。

 2年前に母が死んで、「昨日、母が死んだ」と某ブログに書いたら、gandhiさんから「これから追悼に"SAY IT"を吹きます」というコメントがあって、それ以来、一度gandhiさんの"SAY IT"をバックに詩を詠みたいものだ、と思っていて、今回リーディングの場が横浜ZAIMであったから、メールしたら、快く引き受けてくれたのだった。
 母の命日は9月14日で、16日は告別式の日であったから、これも偶然というよりは、2年の時を超える世界を、母といっしょに過ごせたと感謝している。

 さて、詩には"SAY IT"のほかに、"MAIDEN VOYAGE" "Polka Dots And Moonbeams" "ole" を吹いてもらった。"SAY IT"はソロで、あとの曲は、それぞれハービー・ハンコック、チェット・ベーカー、ジョン・コルトレーンのCDを流して、それにインプロヴィゼーションしていただいた。

 gandhiさんからは、開演の前にZAIMのgandhiさんの部屋に来るようにメールがあったので、そこで小1時間程の音合わせをやっただけだったのだが、楽譜もなしに、曲に合わせてテナー、アルト、ソプラノとサックスを使い分けて、なかなかのインプロヴィゼーションであった。

 gandhiさんとは、4年前に新宿のロフト・プラスワンでフーゲツのJUNさんが行った「風月堂閉店30周年記念イベント」で初めて会ったのだったが、gandhiさんは60年代の後半に、新宿の二幸裏にあったジャズ喫茶のDIGでカウンターに入っていて、当時、私は高校生で、DIGにもよく出入りしていたから、40年前にも、顔を合わせていたかもしれない。

 gandhiさんは「俺は1970年以降のジャズは知らないよ」と言っていたが、私も70年代には新宿には行かなくなったし、新しいジャズを聴くこともなかった。
 それでも、二人とも60年代後半に、身体にしみ込むほど当時のジャズを聴いていたせいか、昨日の音合わせも、「それ」とか「そうそう」とか言うだけで、一発で済んだのだった。

 60年代には、時々、新宿でふーてんした。母親には「友達の所に泊りに行ってくる」と嘘を言って出かけるのだが、昨晩のコラボレーションをいっしょした母は、「なんだ、そうだったの」とか思っているかもしれない。

※写真はkaji-Gさん撮影

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2006年9月 4日 (月)

タイトな日の終わりに

 土曜日にDTP仕事をやって、日曜日の午後は近所のレストランに皿洗いのアルバイトに行って、その深夜は休んだ人の代わりにと頼まれてコンビニでパート仕事して、今朝家に帰って少し眠った後、今日の午後は、担当の部長が代わったというので、暑いのにスーツにネクタイして、社内報をいただいているDTP仕事のクライアントさんに挨拶に行って、次号の打ち合わせをしてきた。腹だけでなく足もむくんだのか、久しぶりに履いた皮の短靴が窮屈で、足が痛くなった。

 そんなタイトな2日間が終わって、家に帰ると一杯飲んで、さあ寝るかと、眠る前にメールチェックをすると、7月末に見舞ったかつての遊び仲間の友人の訃報が届いていた。見舞いに行った時に、そんなに長くはないなと思いつつも、その後リハビリなどしているという知らせもあったから、近いうちにまた見舞いに行くかと思っていた矢先であった。今朝早く、客のいない店内で、私がボーっとしていた頃に死んだようだ。かつての仲間にメールを転送して、ディスプレイに向かって合掌。眠気がなくなり、この日記を書き出した。

 彼の死因は多臓器不全であり、若い頃からの酒とドラッグのやり過ぎかと思われる。美大教授を親にもった彼の感性には、女優として有名な彼の妹と同様に、その容貌とともに人を惹きつけるものがある一方、遊んでいないか授業中の彼は、眠っているか、借りてきた猫のようでもあり、その笑顔に人懐っこさはあっても、人に嫌われるようなところはなかった。

 50代半ば過ぎの死は、早すぎると言えるが、同じく酒とドラッグによる多臓器不全で死んだケルアックに比べれば、多少は長生きであった。冴えた感性と美貌の青年期、離婚後は彼を溺愛する母との二人暮し、不如意な晩年と、彼とケルワックには通ずるものがあるが、そのどちらも、死が早すぎるから不幸だったとは言えない人生でもあった。人生は、いつ終わろうと可である。私も、そんなふうに生きようと思っている。彼らを通して、再確認である。再度、合掌。

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