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2006年8月29日 (火)

8月の写真日記

 むかし夏休みには、絵日記というのがあった。毎日書くはずなのだが、結局、夏休みの終わりにまとめて書いたりする。
 最近の私のブログは、日記ふうが少ないので、8月の日記のダイジェストを書く。mixiというSNSがあって、そこに書いたものだが、mixiはクローズドなので、一般公開である。

8月4日「詩を詠む」Egpp08
 フーゲツのJUNさん主催の「E.G.P.P.」というオープン・イベントがあって、時々参加して詩を詠んだりする。8月のテーマは「真夏の夜のジャズ」ということであったので、コルトレーンをBGMにして新作の詩を詠み、JUNさん と60年代新宿の思い出話を対談した。

2006年08月06日「自らの生業と老後を考える起業研究交流会」
 6月にやったシンポジウムのフォローで、NPOの事務所で「自らの生業と老後を考える起業研究交流会」を開き、会員以外に7名の参加があって、中にはNPO内に週末起業のための事務机を借りたいという人までいて、けっこう盛り上がった。

08月14日「花火」
Hanabi  昨夜は東京港の花火大会であった。これだけは、わが家は特等席で、毎年、夏の盛りを感じる一瞬である。
 毎年デジカメで花火に挑戦するが、これが難しい。花火が開くのは一瞬なのに、デジカメはシャッターを押しても、すぐにはシャッターが切れない。シャッター速度を遅くすればボケるし、AUTOでは暗すぎる。毎年、挑戦し ては失敗ばかりである。

Aa_1  花火を見飽きて部屋に戻ると、ドカンドカンと花火の爆発音だけが一帯をゆるがす。ベイルート辺りでは、これが本物の爆弾なのだろうなと思い、平和ボケを感じつつ、眠りについた。

 早朝、目を覚ますとけっこう涼しい。下の公園で蝉が鳴きだす。コーヒーを落として、昨晩の夢の跡をみながら一Bb_2服。今朝の大都会は、静かである。お盆休みもあるのだろうか、下の道を行くクルマも少ない。

 母の命日まで、あと1ヶ月。そうそう、母が入院している頃に、母に東京港の花火を見せてやろうと、撮り始めたのが、花火撮影の始まりであった。今はただ、花火が始まるとシャッターを切るだけである。

Cc 住宅の前に、埋め立てに取り残されたポンドのような水面がある。昨日まで、水面全体でボラがはねていたが、今日は静かで、なかなか仕事を始める気が起こらずにいる夏の朝である。

08月15日「極冷えのビールを飲む至極の快楽」
 マイミク(mixi仲間)アシュラさんの日記に、「極冷えのビールを飲む至極の快楽」という一文を読んで以来、「ああ、私もやりたいものだ」の思いがつのり、会社勤めを辞めて以来、自宅でビールを飲むのは正月くらいで、普段はASAHIの1缶95円のカクテル・パートナーばかりなのだが、どこかにビール券がないかと探すと、引き出しの奥から、いつのものとも知れぬビール券が1枚見つかり、これをビールに換えて来て、一風呂あびる間に冷凍庫で冷やして、風呂を出た後にグッグーと飲んだ。
う~ん、極楽と平和ボケしつつ、敗戦の日に、合掌。

2006年08月21日「ベランダリゾート」
 フーゲツのJUNさんのブログ(※下記参照)「もっとも安上がりなリゾート」にならって、私も夏の定番のベランダリゾートした。
http://angura.blogzine.jp/fugue/2006/08/post_947f.html

060821  ベランダにキャンプ用のベッドを広げて、図書館から借りてきたM.シュティルナーの『唯一者とその所有』と雑誌「BE-PAL」、それにサザンとベンチャーズとチェット・ベーカーとスタン・ゲッツのCD、それに取って置きの葉巻とアイスコーヒーを持ち出して、風に吹かれて午後を過ごした。

060821_2  南東側を向いたベランダは、午後は日陰になって、風が吹きぬけ吹き抜け、夕方までごろごろしながら、以前に何度か読みかけては読みきれないでいたM.シュティルナーの『唯一者とその所有・上巻』を読んでしまった。
 本から目を離して景色を見れば、15号アイランドの風力発電風車と臨海副都心の上を、飛行機が羽田に下りていく。

08月26日「ツーリング1」
 バイクのツーリングを兼ねて、茂木に住むカンちゃんを訪ねた。
 カンちゃんは、昔の職場の後輩で、10年くらい前に若くして脱サラをして海外を放浪、帰国後は那珂川沿いに農地を借りて百姓仕事を転々とたり、仕事を辞めてはバイクや自転車で全国を回ったりしていたが、4年前に茂木に移ってからは、木こり仕事(森林組合の職員)をしている。

Kan_7  カンちゃんはバイカーで、バイクの分解・組立てもするから、メカに弱い私は、カンちゃんを訪ねては一緒にツーリングする。今年は、白河の関まで行った。山道を選んで走るカンちゃんのトレールを、スクーターの私が追いかけるのだが、走り終えるとクタクタで、那珂川沿いの温泉につかる。

Kan_8  ツーリングに出発するカンちゃんと私。バックの家は、カンちゃんが借りている農家。5室にバスと水洗トイレがついて、家賃は月2万円!!

 カンちゃんの家から坂を下ると、5分ほどで那珂川に出る。流れは速かったが、鮎が採れる。酒の肴は鮎の塩焼きが食べきれないほどだった

08月27~28日「追っかけ『奥の細道』」
Kan  最近は「道の駅」が整備されているから、一般道を走っていても、トイレや無料休憩には困らない。茂木にも道の駅があって、一休みしていたら、その傍らを真岡鉄道のSLが通った。

 さて、私のツーリングの目的は、基本的に『奥の細道』の追っかけである。会社勤めをしていた頃にレガシィのワゴンを買って、これで『奥の細道』を走破しようと思った矢先に、会社勤めを辞めることになったので、後はレガシィを売って払いものをして、残った金で買った中古のマジェスティで走るしかないのである。 そこで今年は、芦野の「遊行柳」と「白河の関」まで行くことにしたのだ。

Kan_1  芦野の「遊行柳」は、北面の武士を脱サラして歌人になった西行が、「道のべに 清水流るゝ柳かげ しばしとてこそ 立ちどまりつれ」と詠んで、その500年後に西行を慕った芭蕉がそれを追っかけて、「田一枚 植ゑて立去る 柳かな」と一句した歌枕である。
幹線から離れた芦野は、程よく環境が守られ、田んぼの中の柳も、後人によって植え替えられして、その面影を残している。
そこで私も、次のヘボ句をした。

“稲穂むれ 語られ植えらる 柳かな”

Kan_2  芦野の「遊行柳」の次は、いよいよ「白河の関」に向かった。
「白河の関」は、古来みちのくとの境、西行よりも200年前に、元祖バカボンド坊主の能因法師が、「都をば 霞とゝもに立ちしかど 秋風ぞふく 白河の関」と詠んで、それを西行が追っかけて、さらに芭蕉も追っかけて、それを私も追っかけての、元祖追っかけ歌枕の地である。

 後の時代の調査によって、静かな山間にある緑の小山が白河の関跡と判明したということで、その入り口に石碑があった。
そこで私も、また次のヘボ句をした。

“古の 謂わば税関 秋風に偲ぶ”

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人生とは旅であり、旅とは人生である。                    中田 英寿 月日は百代の過客にして行かふ年もまた旅人である。 舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。                   ... [続きを読む]

受信: 2006年8月29日 (火) 21時58分

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受信: 2006年9月 9日 (土) 14時59分

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