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2006年7月17日 (月)

私のコミュニティ論

 DTP仕事がひと段落した後、久しぶりにまとめてブログを書いた。1905年のアメリカにおける永井荷風と幸徳秋水の話である。

 元々は、大内先生が堺利彦が訳して平民社から出版されたエドワード・ベラミーの『かえりみれば』を手に入れて、「おい君も読んでみないか」と言うから、読んだ感想をブログに書き出して、そしたら書いている途中でパソコンがクラッシュして、プチ挫折の後、切り口を変えて書き出したのだった。

 当初のブログのモチーフは、それまでのブログのつづきで「コミュニティ論」であったが、今回は切り口を変えたので、「100年前のグローバリゼーション」となってしまった。 もっとも「コミュニティ論」も、グローバリゼーションへの対応として書き出したから、別のものではないのだが。

 ただ今回は、20世紀初頭のアメリカにおけるIWWによるサンジカリズムの労働運動と、幸徳秋水の渡米によるそれとの接触、同じ時期にあったアメリカにおける鈴木大拙らによる禅と仏教の講演行脚は、その後のアメリカの対抗文化運動にもつながっているし、現在の私たちにもつながっているのだということを書きたかったのである。

 市場原理主義の押し付けではない、100年前にすでにあった、もうひとつのグローバリゼーションの可能性についてである。

 ブログについて、大内先生から以下のコメントをいただいた。このブログへの直接のコメントではなく、SNSのmixiの私の日記へのコメントであったが、ここに再録しておきます。

 「グローバリズムとコミュニズム(共同体主義)の対立・相克は、第1次大戦、ロシア革命以前から大きな問題だったと思います。もともと資本主義は世界市場が前提だから、グローバルな発展は当たり前、むしろ両大戦のブロック化、冷戦の東西対立の2つの世界の時代が変則だったのではないか。第1次大戦以前に戻ってグローバリズムとその対抗軸の共同体主義=社会主義が提起されるように思います。コミュニティ・ビジネスもそこを抑えないと駄目ですね」。

 上記の大内先生のコメントに対する私のコメントは、以下です。

 大内先生、コメントありがとうございます。キイワードは「コミュニティ」であると思っています。 もともと私のブログは、1年前の書き始めから「コミューン論」でした。

 「コミューン」という言葉には、「革命」と同様な左翼主義的なニュアンスがあるため、成功したコミューン的実態を、トクヴィルが見た19世紀前半のアメリカのコミュニティに求めて、コミュニティ論としたのです。 コミュニティをベースにした分権―連邦主義のアメリカで、なぜロバート・オウエンはニュー・ハーモニーでの共同体づくりに失敗したのか? というのがきっかけでした。

 アメリカは、アダム・スミスの期待どおり、建国の当初から市場主義の国でした。しかし同時に、旧世界からそこに移住した人々が創り上げようとしたのは、新世界的コミュニティでもありました。 ですからアメリカでは、市場原理主義が行き過ぎると、原点=コミュニティ回帰的な対抗運動が生じます。

 アメリカ以外の国では、革命家たちにとってはコミュニティは、社会主義のベースとしてのコミューンという認識であり、コミューンというのも、やがてはプロレタリア独裁にとって変わられるものでしかありませんでした。 ですから、革命後までも生き延びようとするコミューンは、革命政権からすれば反乱分子でしかありません。

 いずれにせよ、mixiのようなヴァーチャル・コミュニティも含めて、先入観にとらわれずにもう一度コミュニティを見直すべきです。市場経済やグローバリズムに対抗できるものは、そこにしかないと私は思います。

 また、コミュニティ・ビジネスというのは、コミュニティにおける生業みたいなものだと思いますが、それは市場経済を否定したものというよりは、市場経済を活用して、それと共存できるようなものでないとダメだと思います。 

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コメント

共同体論の原点を確認頂き恐縮です。小生アメリカの共同体については、アメリカそのものもそうですが、余り勉強していないし、よく判らない点があります。イギリスはじめ、ヨーロッパからの移民、自由な新世界の点では、市場主義の傾向が強い。共同体の歴史基盤が弱い、しかし移民も新世界的共同体の創造を始めたのでしょうし、そこに魅力もあります。
 僕は、イギリスなどヨーロッパの共同体論に惹かれますが、そこにモリスなど共同体型の社会主義論の魅力があると思うのです。中世からのコミュニティの歴史的厚みのある社会主義論です。たしかに「革命家たちにとってはコミュニティは、----やがてはプロレタリア独裁にとって変わられるものでしかありませんでした」面はあったけれども、それは唯物史観―エンゲルス―マルクス・レーニン主義の流れで、ソ連・東欧の崩壊に帰結しました。しかし、そのながれはモリスなど共同体型社会主義論とは異質ではないか、西欧社会主義の正統的な発展とはいえないと思うのです。明治期、堺利彦などが受け入れた初期社会主義、そして宮沢賢治や芥川龍之介、---など、モリスに親近性をもったにもかかわらず、ロシア革命やその後のソ連型社会主義に失望したり、背を向けた日本の知識人が多いのです。賢治もその一人でしょう。
 宇野理論との関連では、労働力商品化の矛盾を、プロレタリア独裁ではなく、共同体の崩壊の極点=家庭・家族の崩壊として捉え返し、共同体型社会主義の復権を図りたい。そんなことを考えています。
 昨日、作並の「賢治とモリスの館」で、庭の片づけ中に、腰を痛めました。いわゆるキックラ腰です。やはり歳ですね。また痛くなったのでこの辺でお仕舞。また書かせて頂きます。 

投稿: 大内秀明 | 2006年7月21日 (金) 21時01分

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