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2006年4月11日 (火)

桜の花の散るころ

 深夜のパート仕事から帰って一眠り、昼過ぎに目を覚ましてパソコンを開く。mixi仲間のkaji-Gさんから“HAPPY BIRTHDAY !!”のメールが届いていて、そうだ、今日は私の誕生日だと思い出した。起きだす前に布団の中で、凡庸な一日の過ごし方をボーっと考えていたのであったが、メールを見たら、かすかな感慨に変わった。

 2月から始めた深夜のパート仕事は、今週で終わりにすることにした。深夜に8時間以上も働くと、一日はそれで終わってしまう。NPOの事務所の家賃とか、とりあえず必要な金は稼いだし、50代後半の人生は大切にしたいものなのだ。

 昨晩、90年代にサンフランシスコでフリーライターをやっていて、現在は日本の大学で先生をしている友人から下記のメールをいただいた。
「今、フリーライターを一段下に見る学者先生たちの世界に入ってきてしまいましたが、私はフリーライターの方にこそ真に強靭な知が存在していると確信します。市場と読者に鍛えられるフリーライター万歳。で、平山さんも、この路線に入ることを心から期待します。別のバイトをするのでなく、文章で売り込む努力を」
私が今週で深夜のパート仕事を辞めようと思ったことと、まさにシンクロニシティしている。この友人と、kaji-Gさんに感謝である。

 私が最初に親しんだ詩集は、高校生の頃に読んだ島崎藤村の『若菜集』で、小説でも『春』とか『桜の実が熟するころ』が好きである。『春』は、島崎藤村をモデルにした主人公の岸本捨吉が東海地方の放浪の旅から帰ってきたところから始まり、北村透谷をモデルにした青木の自殺をへて、捨吉が新たな職を得て東北に旅立つところで終わる。かつて青木が旅立つ捨吉におくった「一輪の花さけかしと 願ふこころは、君のため」の歌と、東北に旅立つ捨吉が「ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい」とため息するところを、高校生の時に初めて読んで以来ずっと覚えている。このフレーズは、かつて江藤淳によって批判されたが、私は好きである。

 昨晩から雨がちで、今夜はもっと降りそうだ。桜の季節も終わって、気分は東北に下る20代の藤村と同じに、私もこの50代後半の人生を、なんとか生きていきたいと思っている。

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投稿: 366 | 2006年4月11日 (火) 18時56分

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» 教育基本法と民主主義 西部邁氏との仮想対話 その① [時事放談22 By半平太]
10年ぐらい前だろうか、西部邁氏の著作を続けて読んだ。ちょうど細川内閣の頃で、「新党日本」が流行った頃だった。「知識人は大衆の典型である」とか「戦後民主主義批判」とか、なかなか興味深いことを書いておられた。ちょっと過激で私には賛同しがたい面もあったが、勉強にはなった。 西部さんの最近の発言を検索したら2005年の「せんき社」のインタビュー記事が手に入った。叱責を覚悟で西部氏との仮想対話をしてみたい。 �... [続きを読む]

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