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2006年3月27日 (月)

エドワード・ベラミー『かえりみれば』

 パート仕事が3連休であったので、4月発行のDTP仕事を仕上げると、残りの時間でブログを書きまくった。 気がつけば、桜も一斉に咲き出した。やっと春になったか、というところである。

 エドワebード・ベラミー『かえりみれば(Looking Backward)』は、1888年に発表されたアメリカ版のユートピア小説である。私は大内先生から言われるまで、ベラミーについては何も知らなかったのだが、この間、市場経済やNPOのルーツやコミュニティの在り方について勉強しようと、昨年のトクヴィルの『アメリカの民主主義』に始まり、主にアメリカとイギリス関連について読書してきて、ちょうど19世紀の半ばくらいまでのアメリカとイギリスの社会について読んできたから、19世紀後半のベラミーを知ったのは、いいタイミングであった。

 日本の左翼には、アメリカとイギリスは評判はよくない。アングロサクソンが市場経済の生みの親だし、アメリカは社会主義的には不毛の地だし、イギリスの社会主義もマルクス主義的ではないからであろうか。それに、現在のブッシュ政権に代表されるアメリカの現実とイメージがある。

 しかし、市場経済に対抗するのに、非市場経済を対置するだけでは市場経済に敵わないのは、これまでの社会主義を見てもはっきりしている。市場原理をいかにコントロールするのかというのが、現実的な道であり、イギリスの道は大いに参考になるというのが、この間の読書の結論である。森嶋通夫氏的には、演繹法(合理主義)による「狭い経済学」と、帰納法(経験論)による「広い経済学」の総合化が必要であるということである。

 ベラミーを読むことになった背景には、ウィリアム・モリスの『ユートピアだより』がある。マルクスの『資本論』に学んだモリスが書いたユートピアは、ユートピア実現のきっかけに多少のデモなどあったとされていても、基本的には暴力革命によるものではない。ユートピアが産業社会的であるか、農村社会的であるかを別にすれば、ベラミーの描くユートピアへの道も平和的なものとされている。おそらく民主主義、議会主義を通じた平和的な移行とされているのだと思うが、これは日本の労農派的な平和革命路線にもつながっているかもしれない。

 それでも、ベラミーがユートピア小説を書いた背景には、19世紀後半の興隆するアメリカ資本主義、むき出しの市場原理主義の現実と、イギリスの産業革命期と同様な、周期的な恐慌と、そこにおける労働者階級の救いのない状況があったのだと思われる。『かえりみれば』の書き出しにある、車に乗った勝ち組と、その車の綱を引く苦力のごとき負け組みとの対比の比喩を読めば、競争社会における多数の負け組みの状況と、現在また再生されようとしている市場原理社会の在り様がよく分かる。小説の中で、2000年の社会において評価されている作家がチャールズ・ディケンズであるとされているのも、むべなるかなである。

 かつて、若き賀川豊彦はベラミーに感激して、ベラミーの娘を訪ねたというが、現在の日本でベラミーが読まれない、評価されないのは何故であろうか。ベラミーの描いたテクノクラートによる産業主義的なユートピアの在り方が好まれないということがあるかもしれない。それともうひとつ、日本人的には賀川豊彦もそうだが、ベラミーもあまり左翼的でないこともあるかもしれない。

 ベラミーの描くユートピアは、共産主義社会である。しかし、ベストセラーになった『かえりみれば』は、多数の読者を「愛国者(nationalist)クラブ」に参加させたという。ベラミーにとっては、ユートピアとナショナリズムはつながっていて、ナショナリズムの実現は、共産主義的ユートピアの実現であった。20世紀の初頭、アメリカにはIWW(世界産業労働組合)という、サンジカリズムを基調にした過激な労働運動の興隆があったが、IWWの争議では、赤旗ではなくて星条旗が振られたという。要するに、アメリカにおける異議申し立ての背景にあるのは「建国の精神に帰れ」ということなのである。建国時にあった平等で民主的なコミュニティこそが、アメリカ人にとってはユートピアに近いものなのではないかと予想させるところがある。私がトクヴィルの『アメリカの民主主義』を読んだのも、そんな気がしたからである。

 話がそれるが、イスラムの原理主義者が夢見るイスラム的ユートピアとは、イスラム教発足当時の聖職者を中心にした宗教的共同体であり、イスラム原理主義者たちは、そこへ還れと言っているのである。かつて日本のナショナリストは、資本家の横暴に対して農本主義を唱えた。3者に共通しているのは、むきだしの市場経済に対抗するのに、心のふるさと、原点回帰を唱えていることである。

 ベラミーについて、インターネットで検索していたら、「サンフランシスコ・クロニクル紙」の「独立記念日の社説」というのがあって、そこには「異義あり!」ということで、次のような内容であった。

 「9/11以来、ブッシュ大統領とアシュクロフト法務長官は、彼らの政策に反対し、人権と自由擁護をかかげる市民たちの愛国心を問い、かれらの意見を排斥してきた。しかし、それはたいへんなお門違いというものだ。「異義を唱えること」ほどアメリカ的なことはない。そして、アメリカ合衆国独立記念日の今日ほど、その歴史の再検討に適した日はないだろう。
 「異議申し立て」の伝統。イギリスに反対して革命を誘発したアメリカ植民者たちは、ボストン港に紅茶を投げ捨てただけでなく、イギリス王朝と貴族社会を否認する、共和国政府を創造した。トマス・ジェファーソンの輝かしい言葉で書かれた「独立宣言」は、「すべての人の平等」を謳ったばかりでなく、「政府が、その目的達成の障害になった場合は、市民が異義を唱える。」ことを奨励した。
 それに止まらず、「合衆国の父」たちは、憲法制定にあたり、補足第一条で、発言、集会、請願の自由を保証し、「異義を唱える」権利をわれわれに与えた。事実、「自由と平等」というメリカ合衆国の基本的理念は、当時の世界を眩惑し、その原理が侵害されたと感じた多数のアメリカ人に、「異義を唱える」インスピレーションを与えてきた。19世紀の奴隷制廃止論者や、婦人参政権論者が、その論拠としたのは、まさにこの基本的理念であった。・・・
 皮肉なことに、アメリカの愛国的な遺産を残した市民の多くが「異義あり!」と叫ぶ者たちだった。19世紀の終わりには、多数の誠実なアメリカ人が、自国の急速な産業発展に伴う、腐敗、貪欲、物質主義と個人至上主義を批判しはじめた。増大する経済的、社会的な不平等を憂慮した彼らは、アメリカン・ドリームである、「平等の精神」の維持を追求した。
 たとえば、1881年に、今使われている「忠誠の誓い」を書いたフランシス・ベラミーは、社会主義を奉じる編集者で、キリストを社会主義者と呼んだばかりに、ボストンの教会から追放された。彼のいとこのエドワード・ベラミーが書いたユートピア小説「Looking Backward」は、何千人ものミドルクラスのアメリカ人を鼓舞して「愛国者(nationalist)クラブ」に入会させた。・・・
 「異義を唱える」ことは、決して反愛国的ではない。「異義あり!」こそアメリカ流なのだ。独立記念日おめでとう!」(翻訳:風砂子デアンジェリス)

 この社説にあるように、アメリカではベラミーはまだ知られているようであるが、要するに日本では、この「アメリカ流」というのが、よく理解されていないのではないかというのが、アメリカ型と称されるNPOへの誤解にもつながっているように思われる。 

 それから、もうひとつ気づいたことがある。インターネットでベラミーを検索すると、日本の大学でベラミーをやっているのは、文学部というよりも都市工学みたいなゼミであったりして、これはユートピアというのの中心には、フーリエでもオウエンでも、いつも壮大な建築物が構想されているせいなのかもしれない。これは、産業化の初期においては、住宅ほかインフラから食品販売にいたるまで、行政や他の民間セクターは未発達であったから、せいぜい資本家が工場の周辺に自ら貧弱なそれを用意していたせいだからではないかと思われた。だから、その時代のユートピア的コミュニティは、せいぜい数千名規模だが、その中心に壮大な建築物を共有する相互扶助的な社会として構想されたのであろう。ロバート・オウエンの協同組合の店舗というのも、その中に位置づけられている。そして、それよりも工業化のすすんだ時代のベラミーの場合は、ボストンという都市の規模でそれが構想されており、モノを購入する場は近代的なスーパーのイメージである。

 では、ポスト産業化とグローバル化のすすむ現在、構想されるコミュニティとは何か? ちょうど1年前にロバート・オーエンを読み出し、それからトクヴィル、アダム・スミス、ディケンズ、ベラミーなどなどを読んできて思うのは、community(共同体)と corporation(企業)と society(社会)は、一体的に生成していくもので、それと市場経済とを、どう折り合いつけるのかということである。21世紀型のコミュニティというのは、いきなりグローバルなものというよりは、SOHOやスモールビジネス、コミュニティビジネスで成り立つスモールコミュニティをベースにした社会が、より広いリージョナルな共同体を構成するというイメージであるが、いかがであろうか。

 さて、私は最近深夜のパート仕事をしているのだが、いっしょに働く同僚は、ほとんどが同年代のオヤジである。その中に、アメリカの大学を出て、ニューヨークで30年間仕事してきたというオヤジがいたので、本当かなと思って「ベラミーを知っていますか」とたずねたら、「エドワード・ベラミーのこと? 何であんたそんなの知ってんの?」と逆に怪訝な顔をされ、さらに「どうせ読むなら原書で読まなきゃ」と言われてしまった。
 このオヤジは、30年間アメリカで稼いだ金で、90年代に日本で不動産投資をしたら、バブルの崩壊で借金をつくってしまったとのことであった。深夜のパート仕事の世界で働くオヤジたちの世界には、たいへんディープなものがあるのだった。

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コメント

 べラミーについての紹介有難う御座いました。じつは小生も、モリスや堺利彦を読むまで、べラミーのこと全然知りませんでした。しかし、アメリカでは今日も生きているのですね。しかも社会主義者として!ただ、モリスも堺も、土地国有などナショナリズムの面でべラミーに批判的です。
 これから僕も勉強しますが、おそらくアメリカには封建時代も古代も無い。共同体の歴史を持たない。そこがイギリス、ヨーロッパ大陸との違いで、共同体的な社会主義のモリスたちとの差異になっているのではないか?中世的なギルドやアート・クラフトの評価でも違ってくる。べラミー、モリス、プルードンの比較が大切だし、NPO,コミュ二ティ・ビジネス、社会的企業の類型の違いかも知れません。
 今日は作並です。『賢治とモリスの館』オープンです。片栗の花が芽吹き始めましたよ。昨日、東京の多摩市から今年訪問客第1号がありました。モリス・ファンのかたでした。

投稿: 大内秀明 | 2006年4月 2日 (日) 10時20分

 ベラミーについては、小生、堺利彦の抄訳『百年後の新社会』をモリスの『ユートピア便り』と一緒に読んだだけです。堺は、モリスの共同体的社会主義と対比して、ベラミーは「国有主義の立場」からの「社会主義のユートピア物語」だ、としています。そして「其の余りに集中的な、画一的な、強制的な考え方に反対する者が少なくなかった」、モリスと比べ「同じく社会主義の理想と云われながら、じつは大変に違った二つの光景を現出している」として、さらに「モリスはいつまでも多くの人に愛読されている」とも述べて支持しました。
 率直に言って、ベラミーの社会主義は、産業の独占から国有化を述べ、労働者も「国民労働隊」に組織され、国家社会主義から国家主義の主張ですね。エンゲルスに強い所有論的アプローチだし、私的所有ー集中・独占ー産業国有化は、ベラミーのような国家主義からナチスやソ連型集権計画経済に帰着せざるを得ないのかもしれません。
 いずれにせよ19世紀の後半にユートピア社会主義として、ベラミー対モリスの社会主義論争があり、日本でも堺などが論じていたのには驚きです。ここに立ち戻って社会主義の再構築が必要ですね。

投稿: 大内秀明 | 2006年4月 5日 (水) 19時56分

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