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2006年3月26日 (日)

桜の花の咲くころ

cherry  低気圧も去って、桜の開花情報もちらほら、仕事も読書もそこそこ、気分はまあまあである。ベランダでコーヒーを飲みながら一服、見れば、眼下の東雲小学校の桜も開花直前である。

 日本の会社の年度始めは4月からで、フリーは別に4月でなくてもいいのだが、暖かくなると気持ちが前に動き出すというのは、やはり習性だろうか、新しいことを始めなくてはと思ったりするのだ。

 「ドロップアウト・カレッジ」が課題だが、どうも教授陣の反応が鈍い。とりあえずNPOとしては、中高年向けの企画として、「格差社会の中、働かなければならない中高年者」という真面目なテーマのシンポジウムを6月18日にやることに決めた。講師は、三上治(味岡修)という元ブンド系セクトのボスである。もっとも、私は彼の人選には反対したのだが、そうなってしまった。

ichihara  それから遊び企画で、4月19日に友人のジャズドラマーの市原康君のライブを企画した。場所は知り合いの浜松町のイタリアンレストランを借りるのだが、飲み放題ということもあって、参加費は8000円と高めになってしまった。忙しい最中、赤字にならにように人集めをしなくてはいけないのだが、まあ遊びだから、これは楽しい。市原康君のトリオは、ピアノが福田重男、ベースが森泰人と、豪華トリオである。

 それから今年こそ、ビート系リトルマガジンの『Heart Beat』の第5号を出さなくてはダルマ舎の存在理由がなくなると思っているのだが、ムロケンさん、セブンさん、JUNさん、大内先生、原稿よろしくお願いします。

yurikamome  reclaimedland にある我が家からは、玄関側の対面に晴海埠頭が見えて、大都会を背景にしてふじ丸が停泊しているのが見える。 その手前を、開通したばかりのゆりかもめが過ぎてゆく。やがて、お台場や埠頭公園の桜も満開になるだろう。

 サラリーマン生活の末期頃だったか、ふじ丸には、かつて一泊だけだが乗船したことがある。今は見ているだけだが、過ぎていく日々と、開花を待つ桜、新しい季節に少しだけワクワクするのである。
 
 ゆりかもめ 霞むふじ見て ゆく想い

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