« 19世紀後半のアメリカとエドワード・ベラミー | トップページ | 桜の花の咲くころ »

2006年3月19日 (日)

森嶋通夫『サッチャー時代のイギリス』

sattya  1月以降の仕事が回らず、スランピーでスカンピン=スカンピーな状態をなんとかしようと、2月の半ばから新たなパート仕事を始めて、そのせいでブログが滞りがちになってしまったが、新たなパート仕事にも慣れてきて、ダルマ舎仕事=DTP仕事も動き出し、三寒四温ながら、春の足音が感じられる今日この頃である。

 前回のブログは、エドワード・ベラミーを読み始めるところで終わり、その後ベラミーも読んだのだが、新たなパート仕事は深夜仕事で、生活のリズムがまだ不安定な上に、先週以来、深夜のパート仕事と昼間の取材仕事とDTP仕事の締め切り、さらに確定申告が重なって、どこからが1日の始まりでと終わりなのかが身体的に分からない状態となり、若干の睡眠障害もあり、コメントを書く余裕がなかった。

 人生を好きなように生きようと思えば収入に乏しく、食うために仕事すれば好きなことはままならない。挙句の果てに睡眠障害ではあるのだが、それならば眠くなるまで本を読もうということで本だけは読めて、まあ、これでいいかという日々でもあったのだったが、それでもなんとか一山越えて、やっとブログが書ける今である。

 さて、ベラミーの『かえりみれば』は読んだのだが、コメントを書く余裕と図書館に行く機会がない。早朝に深夜のパート仕事から帰って、一杯飲んで布団に入ると、眠り薬代わりに手持ちの本を再読したりしているのだが、森嶋通夫の『サッチャー時代のイギリス』(岩波新書1988)と『思想としての近代経済学』(岩波新書1994)を再読した。イギリスのサッチャーリズムを再現したこの間の小泉政治の今後と、規制緩和と市場まかせの市場原理主義的政策は、いかがなものなのかを少し勉強してみようと思った訳である。以下、引用が多いが、自分の読書ノートのつもりで書くので、ここから先は、関心があれば読んでくださいといったところであるのをお許しあれ。

 この間の小泉政治を見た後にこの本を再読すると、小泉首相がサッチャーリズムを再現しようとしているのだと、実にリアルにわかる。では、本家のサッチャー女史は、何を再現しようとしたのか、その経済政策には合理性や普遍性があるのかを森嶋通夫氏の『サッチャー時代のイギリス』に習えば、以下のとおりとある。

 「彼女は、ビクトリア時代の上層および中上層階級のきびしい家庭的躾を強調、礼讃した。彼女はまた自立心を鼓舞し心。彼女が復位させようとしているのは、このような質実で誇り高い禁欲的な家庭を基礎とし、その上に構築される自由私企業経済━━プロテスタントの倫理に支えられて競争的資本主義の精神を燃え立たせたマクス・ウェーバーの理想的初期資本主義経済━━以外の何ものでもない」(p70)
 このことを森嶋氏は「シュンペーター反革命」と呼ぶのだが、それは「「シュンペーター変換の逆を実現させる試み」であるという。

 「シュンペーターの書物は・・・対独戦が始まるまでのイギリスをモデルにして、その未来を読む形で書かれているから、サッチャーが彼とは全く独立に、「シュンペーター過程」と同じものを考えて、それを「イギリス病」として意識していたとしても、驚くに当らない。事実、知識人の左傾、企業者機能の衰弱、優秀な人々の企業離れ等のシュンペーター的道具立ては、すべてイギリスに極めてよく適合している。サッチャーがこれらのことを経験や観察から学びとり、独力でシュンペーターと同様の認識に達していることは、充分あり得ることである」(p67)
 「シュンペーターの変換と、サッチャーの試みる逆進は驚くほどよく似ている。ただ前向きか、後向きかの違いがあるだけである・まず第一に「私有財産としての企業」および「契約の自由」が、両者の理論や構想において、中心概念の役割を果している。そしてこれらの概念が完全に有効であったのは、「小企業」の時代であったと、シュンペーターもサッチャーも考える。まだ価格が価値から離れていなかった単純商品生産社会が、マルクス経済学者の心のふるさとであるように、完全競争経済が近代経済学者のふるさとである。そして夢のような、このような社会がかつて存在したかどうか━━おそらく単純商品生産時代同様、完全競争時代もまた、歴史上いまだかつて実現されたことはないであろう━━におかまいなく、シュンペーターもサッチャーもふるさとを思慕し、それはパラダイスであったと考えるのである(p68)。

 「・・各人の資質が平等で、各人が公平に幸運に見舞われるという非現実的な仮定が満たされない限り、サッチャーの夢は、たとえ実現されたとしても、すぐ破れてしまうような不安定な夢である。現実には、有能な人もいるし、能力の不足する人もいる。また自立心の旺盛な人もいるし、そうでない人もいる。さらに平等に訪れる好運は、もはや好運といえないから、好運は本質的に不平等である。そうするとこれらが、最悪のように組み合わさった人と、最良の組み合わせにあずかった人との間には大きい差が生じる。こうして「完全競争の社会」にも、富者と貧者が生じ、富者は彼らの富を集中させて大会社をつくり、大会社は再び小企業を押しつぶしはじめるであろう。すなわち、彼女の夢の世界にシュンペーターの変換過程が押し人って来るのである」(p71)。

 「シュンペーターの場合には、私がそうしたように、彼の革命すなわち社会主義化は、イギリスにおいて福祉国家の形でほぼ実現したと見ることもできるが・・・彼の最大の失敗は、サッチャーのような策略に富んだ強力な反革命の出現の可能性を無視した点にある。(p75)~なるほど、シュンペーター的には戦後にイギリスの労働党政権が始めた福祉国家政策は、すでに社会主義だったのである。

 「サッチャーのような強力な反革命の出現の可能性を無視したのは、マルクスやシュンペーターの失敗だが、歴史は行きつもどりつしながら、結局は社会の基幹部門は社会化━━たとえ私企業の手に残ったとしても、自由な利潤追求が許されないという意味で━━されるであろう。
 そのような段階でも私企業は数多く存在するから、そういう社会は社会主義社会というよりも、福祉国家と呼ぶ方が適切であろう。しかも私企業にも、資本主義初期に多く見られた、強力な企業主を中心にしたベンチャー精神の横溢した企業(サッチャーはこういう企業を復活させようとしている)と、株式面でも経営面でも社会化された大私企業の二種類が存在する。その他に国営企業がある。・・・
 これら三種類の企業を適材適所に配置し、その基盤の上に魅力ある社会主義(ないし総合福祉計画)を実現するのが、今後の課題であるべきだが、労働党が、その左派のように、極端な国営企業化に固執したり、保守党が、サッチャーのように何でも彼でも私企業化しようとする場合には、経済は綱引きのように、右と左の間を何回も行きつ戻りつするであろう。そうしてそういう期間が長ければ、惨憺たる被害が生じるであろう。このことは、まさに、二大政党制こそが「イギリス病」の有力な原因であることを物語っている」(p111)

 「人間の生活はすべての面で合理的であるのではない。・・・元来は会社経営に適用されるべき効率主義を、元来は効率主義で運営されるべきでない分野にも適用するとなると、社会は干からびた、かさかさしたものになってしまう。・・・効率主義や利潤原理の適用には限界があり、限界外ではそれは他の原理に従属するか、それともそれらと共存しなければならないのである」(p197)

 「物事は何ごとでも徹底すべきでない。・・・自由社会とは、価値観を異にする人が、互いに許し合って生きる場所でなければならない。いずれにせよ、日本人もイギリス人も、人類はじまって以来の高い生活水準を享受しているのだから、政府が経済至上主義に則って政治をするのは、間違っている。
 その上、利潤の原理は、利潤の正当性が証明されない限り、正当化されない。利潤が搾取の結果であるとか、幸運にもinnovations(新機軸)が成功したことの結果である場合には、利潤を獲得した個人ないし会社は、純利潤の一部ないし全額を、国家ないし公共機関に供出しなければならないであろう。したがって利潤に対して税金を支払うことは、利潤獲得者の義務である。今のところ、経済学には、利潤の全額を資本家の間で分け合ってしまうことを正当化する理論はないから、金持にとって納税は義務である」(p199)
 「ノウブレス・オゥブリージ(noblesse oblige)━━地位が高いほど、責任が大きい━━という徳目は、いまでは忘れ去られつつあるが、「ビクトリア時代に帰れ」を標榜するサッチャーの倫理教科書には、いまも生きていなければならない徳目の一つである」(p 200)

 「私自身は、イギリス病は必ずしも悪い病気であると思っていない。サッチャーがイギリスをそのような国にしようと思っている、無イギリス病の国は、日本と同様、別の眼から見れば、ある種の人たちを封じ込めてしまう一派独占の不健康な国であるだろう。幸いにして所得水準は高いのだから、「民主主義のコスト」を支払って、大勢の人が満足するような国をつくった方がよい。民主主義が二大政党制を必要とするのなら、政権交替に伴う足並みの乱れと、それに伴う経済の落込み━━「イギリス病」━━は必要経費である」(p214)
 
 「・・サッチャーが実現しようと思っている経済にふさわしいような精神(ethos)をイギリス人が持ち統けることができるかどうかが問題である。たしかにマルクスが言ったように、ある経済体制(たとえば資本主義)は、それに相応する文化(ブルジョア文化)や行動様式を生み出す。しかしまた逆にマクス・ウェーバーが言ったように、ある経済体制(資本主義経済)は、それを支持するような精神(例えばプロテスタントの精神)を国民が持っていなければ、生まれてこない」(p218)
 「サッチャーは子供たちを物質欲のあるように育て、物質欲を挺子として彼らを働かせようとしたが、消費水準が充分高くなった現在の子供たちには、それ以上の高い消費水準は大したインセンティブにならないであろう。それよりも子供たちは、生き甲斐を求めているのであり、新しい理想を捜し求めているのである。労働党がこのことに気がついて「新社会主義」もしくは新しい社会哲学を提示できるのなら、逆襲の余地は充分にある」(p220)

 「この結論は、経済学的にいえば、大それた結論である。なんとなれば、アダム・スミスは「個人が、自分の利益だけをめざして利己的に投資をしていれば、見えざる手に導かれて、(長期的には)社会の利益を促進する」(丸括弧内、森脇)ことを強く主張しているからである。私たちの結論は、まさにスミスの権威に挑戦しているものといわなければならない。
 しかしスミスが誤りで、私たちが正しいことは明白である。なぜかと言えば、投資の機会の大小は、どの程度科学が発達しているかに依存するが、科学の発達にたずさわっている人は、自分の経済的利益のために研究しているのでは決してないからである。いま仮りに彼らが自分たちの利益を追求していたとしたならば、彼らは決して研究活動を一生の業とはしなかったであろう。したがってすべての人が利潤動機で利己的に動けば、科学は発達せず、投資機会は非常に小さいものに止まり、社会の利益は、決して促進されることがなかったはずである。繰返しいうように、利潤原理を他の生活諸原理と調和、両立させることが肝要である。利潤原理が各会社の内部で貫徹されることはもちろんだが、外部との関係では必要とあれば━━例えば公害の場合がそうであるように━━それを抑制することすらしなければならない」(p228)
 
 アダム・スミスは誤りだと大胆に言ってのけるのは、さすがに森嶋通夫である。長くなるので、次回に、『思想としての近代経済学』についての感想を書く。

|

« 19世紀後半のアメリカとエドワード・ベラミー | トップページ | 桜の花の咲くころ »

コメント

忙しそうですね!ブログ拝見。森嶋さんの名前が出たので、少し書かせてもらいます。1982年ロンドン郊外の森の中の森嶋邸を訪問したことがあります。もっとも森嶋夫人が小生の家内の先輩で、同窓の誼でお招きを頂いたので、小生は家内の尻に付いて行っただけです。82年はサッチャーがフォークランド戦争に勝利、『鉄の女』の威勢を確立した時です。サッチャーリズムをめぐり議論をしました。懐かしい思い出です。スミスについては話題になりませんでしたが、サッチャー路線は「アダム・スミス研」がブレーンだったので、スミスの思想的影響は大です。ただ利己心が一面的に強調され、『道徳情操論』の利他心=同調・協調の面が抜け落ちている、スミスの2面が大事だと思います。利己心の個人主義・市場主義に対して、利他心こそ社会的共同性で2面ある点が魅力ですね。

投稿: 大内秀明 | 2006年3月21日 (火) 12時24分

トラックバックの問題提起を拝見、追記します。共産主義の思想は古いし、社会主義の思想も同じように古くからある。いまW・モリスの社会主義の歴史を読んでいて、市場経済の発展の中で個人と社会=共同体の対立が生まれる。市場主義=個人主義に対して共同体主義=共産主義が社会主義として発展するのです。そこに宗教的にはキリスト教が結びついている。若い日、オクスフォードで僧職に就こうと専門的に学んだモリスの社会主義論は豊かな思想的土壌に根ざしているのを感じます。市場・個人と共同体・社会の矛盾と対立に社会主義=共産主義の原点があり、利己心と利他心の「A・スミス問題」もあるのではないかと思いますが、どうでしょう。

投稿: 大内秀明 | 2006年3月21日 (火) 13時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113260/9154614

この記事へのトラックバック一覧です: 森嶋通夫『サッチャー時代のイギリス』:

» 思想の中核と辺縁 ― 共産主義と資本主義 [Make Your Peace]
日本語の"共産主義"という言葉はドイツ語の"Kommunism"を約したものだが、共産主義そのものはもっと古くからある。有名どころとしては、プラトンが実際にシチリア島で実験的に共産主義社会を作ったこともある。キリスト教の新約聖書も金銭交換と個人所得の廃止を説いていたのだから、一種の共産主義思想で、トルストイはキリスト教共産主義の実践を目指していた。 共産主義と唯物論は可分だ。プラトンのイデア論はどちらかといえば非唯物論、キリスト教はどちらかといえば唯物論だから、マルクスの共産主義はキリスト教の... [続きを読む]

受信: 2006年3月20日 (月) 11時50分

« 19世紀後半のアメリカとエドワード・ベラミー | トップページ | 桜の花の咲くころ »