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2006年2月 3日 (金)

『クリスマス・キャロル』

cc  クリスマス・キャロル』を読んだ。けちな老人がクリスマスイブに昔の同僚の幽霊と出会って、優しい老人に生まれ変わるという他愛ないと言えば他愛ない物語なのだが、心温まる物語が少しも臭くないのは、ディケンズ一流のレアリズムで、当時のロンドンの下層市民の生活と生業が実によく描かれているからであろうか。

 『クリスマス・キャロル』が出版されたのは1843年で、これは生協に長くいた私にとっては、ロッチデールに世界最初の協同組合が発足した年の前年であり、不況と失業の中で先駆者たちが「共同社会(コミュニティ)」を創ろうとしていた正に真っ最中の時である。産業革命と初期資本主義の時代、恐慌や不況がくり返され、階層分化と階級対立も先鋭化した時代でもあったろうに、そこにロバート・オウエンのような発想や、ロッチデールにおける協同組合づくり、ディケンズのような小説家が出てくることに、階級対立の中で革命に向かうのとは違うベクトルの出てくるイギリス社会の奥深さがある。

 これをヨーロッパ大陸と比べると、気風がオープンであるということにでもなるのであろうか。1776年に『国富論』を出版したアダム・スミスは、その中でアメリカについて、以下のように書いている。

 「アメリカと西インド諸島におけるヨーロッパ各地の植民地は、良好な土地と、本国の干渉が少なく自分のことは自分で好きにできる自由とに恵まれて、順調に成長したが、とくに北アメリカのイギリス領植民地の進歩は、最も急速である。その理由は、土地制度、軽い税負担、本国の貿易独占があまりぎびしくないなどの事情である。・・・外国貿易を除けば、植民地はきわめて自由であり、政治的にも平等だった。
 ヨーロッパ各国政府が、この植民地の建設と繁栄に真に貢献した点はいくらもなく、むしろ、一度植民地がつくりあげられて、繁栄に向かいだすと、本国はその貿易を励占して、植民地の成長を妨げることばかりやったといえる」。
 「アメリカ植民地は、財政上もグレート・ブリテン本国の大きな負担になっているが、現在の統治組織と議会制度では、植民地に課税することは不可能である、課税するためには、議会制度をあらためて、課税収入に比例した代議員制をとり、植民地にも議席を与えればよい。だが、この方策がはたして良策かといえば、富、人口および土地利用の改良において、アメリカはこれまで長足の進歩をとげてきたので、おそらく、あと一世紀もたつうちには、アメリカの課税収入は、イングランドのそれをしのぐかもしれない。そぅなれば、わが帝国の中枢は、全帝国の国防と維持にいちばん多く貢献する地方、つまり、アメリカに、自然と移ってしまうことになろう」(第4編第7章植民地について)。

 正にアメリカの独立戦争が始まった中での慧眼であるが、アダム・スミスの経済学、規制緩和と市場経済と人間利己主義説が花開いたのは、本国のイギリスではなく、新大陸のアメリカであった。

 『アメリカの民主主義』を書いたフランス人のトクヴィルは、イングランド人がつくったアメリカの開放性と、北アメリカにおけるフランス人入植地の閉鎖性との違いを書いている。しかし、『クリスマス・キャロル』を出版する前年にアメリカを旅したディケンズは、前に『アメリカ紀行』の感想に書いたように、「商売とドル」にしか関心がないアメリカに違和感をもって帰国し、『クリスマス・キャロル』には「商売とポンド」を超える価値を書いているし、当時のイギリスには市場経済とは別の世界を模索する人たちが多くいたのであった。

 果たして、アングロサクソンは一体なのか、フランスや他のヨーロッパの国々とどう違うのか、さらに日本はどうなのか、アジア的とは一体何か、この先はそんなことを考えてみたい

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