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2006年2月11日 (土)

大陸哲学とイギリス

 ep イギリス人のサイモン・クリッチリーという人が書いた『ヨーロッパ大陸の哲学』(岩波書店2004.6)という本を読んだ。書名からすると、イギリス人がヨーロッパ大陸の哲学を対象化した本だと思われて、いよいよイギリスとヨーロッパの違いが本質的なところで理解できるのではないかと期待して読んだ。

 教科書的な知識でいえば、17世紀以来、フランス合理主義とドイツ観念論と演繹法に対して、イギリスは経験主義と帰納法であり、20世紀以降は、大陸の現象学に対して、英語圏では分析哲学というふうに、哲学の目的も方法もかみ合わないままである。同じヨーロッパにありながら、ドーバー海峡ひとつ隔てただけで、こうも違うものなのかと今さらながらに思うところである。

 本書の内容についてのアバウトな理解で言えば、こうである。大陸の哲学はカントに代表されるように、自由と解放を求めて理性批判をする啓蒙哲学である訳だが、あらゆるものを批判する理性のメタ批判は、結局は理性をも批判して、ニチーェの言う如く、結果的にニヒリズムに陥るということである。そこで20世紀に入って、そのヨーロッパ諸科学の危機の打開のためにフッサールによって現象学が提起され、それを引き継いで、ハイデッガーが登場して、あらゆる存在を存在させる科学的探究に還元できない領域、無について語ることになる。

 一方、イギリスではヴィトゲンシュタインが初期の『論考』において、論理学に還元可能な言語哲学を提起したのに触発されて、経験科学と科学的世界把握に基づかないハイデッガー流の形而上学を批判する分析哲学が起こる。それは、「あらゆる哲学は<言語批判>である」と言うように、哲学的問題の解決を、意識の反省に訴えることによってではなく、言語とその用法の分析を通じてはたそうとするものだという。

 英語圏の国、とりわけアメリカでは大陸哲学はほとんど評価されないそうである。真理よりも有効性のプラグマチズムの国である所以だが、イギリス人である著者の意図するところは、大陸哲学と分析哲学の考え方の違いを説明しつつも、どちらが正しいという訳ではない。イギリス国内においても、大陸的な解釈主義・ロマン主義的な考え方と、経験科学的・功利主義的な対立というものが、18世紀以来あって、前者をコーリッジが、後者をベンサムが代表しているのだと言う。しかも、後期のヴィトゲンシュタインは、ハイデッガーの言わんとすることを理解していたというのである。

se  さて、こうなるとイギリス・アメリカとヨーロッパ諸国が、その哲学・考え方において異なるというよりは、イギリスとアメリカが必ずしも同じ哲学でないことが解る。そこで、ついでに読もうと、図書館から森田浩之著の『小さな大国イギリス』(東洋経済新報社1999.11)という本を借りてきて読んだ。著者はイギリスに留学して分析哲学を勉強した人であるようだから、哲学的には分析哲学のことを書いているのだが、ひとつ興味深いことは、その分析哲学がケインズの経済学に影響を与えているという指摘であった。

 イギリスの経済学と言えば、まずアダム・スミスの古典派経済学であり、最近ではその原理主義を実践したサッチャーの「小さな政府」が思い浮かぶが、もうひとつはやはりケインズ経済学である。イギリスが凄いのは、この両者を生み出す国であること。市場原理主義の新古典派のフリードマンは「政府の失敗」と「ルールに基づく支配」を言うが、ケインズは「市場の失敗」と「ハーヴェイロードの仮定」と言われる「少数の知的エリートによる支配」を言う。そして著者は、このケインズの考え方は、ロック以来のイギリス経験論とムーアやラッセルの分析哲学との結節点にあると言う。

 私は、分析哲学について不案内であるから、これ以上のことは解らないが、著者が最後に、イギリスも日本も「自然主義」的である、人間は自然の一部にすぎないことを認めているがゆえに、現実適応的であり、現実妥協的であると書いていることについては、なんとなく納得がいったのであった。

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コメント

僕も哲学は強くないが、『恐慌論の形成』の補論で、マルクスの「経済学批判要綱」の「経済学の方法」での下向法と上向法について、下向法が重商主義学説・経験論的帰納法、上向法はスミスなど古典派自由主義学説・理神論的演繹法、マルクスは『資本論』で上向法を捨て、純粋資本主義の抽象で唯物論的ヘーゲル弁証法、それで周期的恐慌の必然性の解明ができた。宇野『恐慌論』ですが、こんな整理も可能かと思うのですが、ご参考までに。

投稿: 大内秀明 | 2006年2月15日 (水) 21時21分

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