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2006年1月14日 (土)

『オリバー・ツイスト』からブレアへ

OT1  ディケンズの2冊目『オリバー・ツイスト』を読んだ。ディケンズの描くロンドンは貧民街ばかりで、産業革命の先頭を走る大英帝国の首都としては驚きだったが、その生い立ちからして26歳のディケンズに描けたのは、上流階級というよりは下流階級の世界ばかりであったのだろうと思われる。主人公のオリバー・ツイストも、行き倒れの女から生まれ、救貧院で育てられ、そこを抜け出して苦難して、泣いてばかりいる。最後はハッピーエンドで終わるのだが、ストーリーは強盗あり殺人ありで、サスペンス・ミステリー仕立てにもなっている。なるほど、この辺りのストーリー・テーリングをポーなども学んで、彼のミステリー小説の元祖的散文小説に生かしたのかとも納得する。

 burea さて、『オリバー・ツイスト』といっしょに、山口二郎著『ブレア時代のイギリス』(岩波新書)という新刊書を読んだ。昨年末の岩波書店の新聞広告に、ディケンズの『アメリカ紀行』とこの『ブレア時代のイギリス』が新刊書で載っているのを見たのが、この冬のディケンズ読書計画の発端である。イギリスは世界で最初に産業革命を成しとげ、資本主義社会と帝国主義国家をつくり上げ、20世紀に入るとケインズ経済学を生み出し、第2次世界大戦後は、いちはやく「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家を実践し、それが行き詰るや、鉄の女サッチャーは「小さな社会」志向を始めた。

 高度成長の時代を生きてきた私たちの世代からすると、イギリスはずっと斜陽国家であったが、これは産業社会のライフサイクルにおいて、イギリスが先頭を走って、日本はそれら先進国をまねながら、後発の利を生かしてやってきただけで、日本はイギリスを追い抜いた訳ではなく、イギリスは相変わらずポスト斜陽産業国家のモデルとして、日本の先を歩んでいる。だから日本の小泉首相もサッチャーに20年以上遅れて、現在「小さな社会」を推し進めている。そして、この「小さな社会」政策は、国の負担を減らしながら市場原理主義によって競争を刺激して経済の活性化をはかる政策だから、必ず格差と下流社会を拡大して、若者の失業とドロップアウト化も促進するのだ。

 19世紀前半の初期資本主義社会では、蓄積と恐慌、競争と収奪の結果、多くの労働者階級が生み出され、「イギリスにおける労働者階級の状態」的貧しさの中から多くの貧民と孤児が生み出された。オリバー・ツイストの育った救貧院は、1834年制定の救貧法によってできたそうなのだが、ディケンズを読む限りでは、そこは北朝鮮の収容所のような印象であった。ディケンズの『オリバー・ツイスト』はその告発にもなっていて、あまりのひもじさに「もっとおかゆをください」とオリバーが言うあたりが、この本の一番の出来である。

 『オリバー・ツイスト』の書かれた時代は、世界初の政治的大衆運動であるチャーティスト運動が盛んになった時代であったが、イギリスにおける階級闘争が暴力革命路線をとることはなかった。オウエンは労働組合や共同社会(コミュニティ)づくりを提唱し、ロッチデールでは協同組合が生まれ、ディケンズは慈善に期待していた。これは、同じ頃にヨーロッパで盛んであった共産主義者同盟的革命運動が、秘密結社と暴力革命路線、唯物史観と階級闘争主義にシフトしていったのと比べると際立っている。イギリスでは、トーリーとホイッグ以来、保守党と自由党から労働党による2大政党による議会制民主主義による政治をすすめて来た。

 昨年、ロンドンでは大規模な無差別テロがあり、そのテロリストはイギリス社会で育ったイスラム系の若者であり、そこには差別と若者の就職難があったという。国民国家を基礎にした古典派経済学の時代からグローバリズムの時代の新古典派経済学の時代へとなり、多民族化した現在のオリバーは、「もっと仕事をください」と言うのだろうか。そして、それに対してイギリスの政治と社会は、どう対応するのだろうか。山口二郎氏は『ブレア時代のイギリス』に、「市場主義の申し子か?それとも、福祉国家の救世主か?」という帯をつけた。共和党ブッシュ政権の対イラク政策を支持する労働党ブレア政権は、果たしてどこに向かうのだろうか。

 昨今の日本では、小泉圧勝内閣による「小さな政府」路線が跋扈しているが、サッチャーからブレアへの経過を見れば、「小さな政府」路線は人々を幸福にするわけではなく、また、いつまでもつづくわけではないということが分かる。一方、「小さな政府」に反対する路線にしろ、もはや「大きな政府」による再分配政策が人々から支持されるわけでもないことも分かる。そこで、ブレアは「第三の道」を行く訳だが、それは以下のとおりである。

 「イギリス労働党は・・・グローバル化という大きな経済環境の変化の中で、社会民主主義の理念を実現する“アングロ・ソーシャル・モデル”を開発しつつあると見ることができる。このモデルが大陸ヨーロッパの社会国家モデルと異なるのは、先に述べたとおり、グローバル化を当然の前提としている点である。経済構造が製造業中心からサービス業中心に移行することを受容すること、経済の効率を高めるために労働市場の柔軟化を受け入れること・・・ことなどが、その主たる内容である。しかし、アングロ・ソーシャル・モデルは単なるアメリカ型資本主義の模倣ではない・・・」(P175)。「目標は、人々が市場の圧力によってなすがままにされるのではなく、市場の中で自立的に活動できる人間を育成することである」(P178)。

 なるほど、我々のNPOや「ドロップアウト・カレッジ」のすすめ方についても、参考になる点が多い。詳しくは、また書く。さて、次の読書は『デイヴィット・コパフィールド』全4巻である。ディケンズの代表作だというので、期待深々である。

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