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2005年12月31日 (土)

年の終わりに

 朝から冷たい風が吹いていて、ドアを開けると、吹いて行く風の先に富士山が見えて、富士山はずーっと冷たい風に吹きさらされているのかと思ったら、偉大なものに思fujisanえました。
 私は、昨日からは正月休みスタイルで、買い込んだ本を読んだり、ボーっとしてもの想いにふけったり、思い出したように年賀状を書き足したり、あいさつのメールを書いたり、陽が落ちて飲みだすまでの時間をすごしています。

 ムロケンさんから贈られた2006年1月1日発行の奥付のある、ムロケンさんの翻訳した『ビートルズ1964-65』(小学館文庫)を読んだら、想いは40年ほどもタイムスリップしてしまい、その時代を漂います。ビートルズの全米ツアーで歌われたどの曲も、昨日のヒット曲のように思えるのに、その時代、私はまだサッカーに夢中で、1964年には東京オリンピックのサッカーの試合を見に行ったり、1965年にはベンbeatles72チャーズの公演を聴きに行ったりしていました。駒沢競技場の第2グラウンドまでがオリンピックの試合会場だったことを想えば、40年という時代は隔世の感すらするのに、『ビートルズ1964-65』を読んでいると、私も全米ツアーに参加しているような気になってしまうのは、さすが室矢憲治氏の名訳で、言葉が生きているせいでしょうか。

 前回書いた「ドロップアウト・カレッジ」の企画を考えれば、ムロケンさんには、次はやはりケルアックの『路上(On the Road)』のムロケン訳をやってもらい、全国のニート、フリーター、はみ出し者に火をつけて、またそれを「ドロップアウト・カレッジ」のテキストにして・・・と思う訳ですが、いかがでしょうか。この時代を1/1000ミリ動かすには、もうそれしかないというのが、室矢憲治訳『ビートルズ1964-65』を読んだ私の感想です。

 さて、会社勤めをしていた時から、正月休みは読書に耽溺するのが慣わしで、この冬はディケンズを読んでやろうと思っています。 なぜディケンズかというと、2005年の読書遍歴で、ローバート・オウエンやトクヴィルやアダム・スミス、そしてムロケン訳の『ビートルズ1964-65』を読んでいたら、イギリスのこと、とりわけ19世紀以降のイギリスの下層社会のことが知りたくなった訳です。

 また「欧米」という日本語があって、ヨーロッパとアメリカのことを意味するのだと思うのですが、イギリスは果たしてどっちなのか、EUの枠でくくればヨーロッパですが、アングロサクソンの枠でくくればアメリカと同類となります。
 このイギリスのポジショニングは、今後の社会のあり方、例えば日本の目指すべき社会のあり方はアメリカ型なのか、それともヨーロッパ型なのかなどを考える時、極めて重要だと思われます。また、ニート・フリーター対策についても、ビートルズやブリティッシュ・ロックを生み出した文化的背景までも含めて、参考になるのではないかとも考える訳です。

 ディケンズは、とりあえず『アメリカ紀行』から読み始めました。これは1841年のアメリカ旅行記ですが、その時代のアメリカがど うであったのか、ホイットマンの生きたアメリカも知りたいと思う訳です。

 さあ、そんなこんなの正月休み、大つごもりの日、陽もそろそろ落ちてきたようで、いよいよ酒と読書に耽溺の寝正月を始めたいと思います。
 みなさまも良いお年を!
 来年もよろしくお願いいたします。

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2005年12月19日 (月)

ドロップアウト・カレッジ

 1週間前の日曜日に門前仲町でNPOのシンポジウムをやって、その次の日は、DTP仕事の取材で茨城まで行って、この1週間は、その締め切りに追われながら、合間合間に近くのレストランで厨房仕事をして、今日やっとDTP仕事の初校を送った。そんなで、その間にあった自主生産ネットワークと中小企業研究所の忘年会には義理を欠き、また28日のセブンさん、JUNさんとの忘年会も義理欠きで、毎晩、他人の忘年会の下働きをやっているという年末である。それでも、レストランの厨房仕事は定時を決めていなくて、レストランが忙しい時に仕事をし、私が忙しい時は休ませてもらうというパターンで、場所も歩いて5分の所だから、フリー仕事にはちょうどいいのである。

 さてシンポジウムであるが、参加が25名と、目標の30名には足りなかったが、赤字にもならず、参加者は若い人が中心で、以下に書くように次につながりもできたのだった。

 シンポジウムの2次会は、門前仲町という場所柄、もんじゃ屋に行ったのだったが、そこでムロケンさんから「“ドロップアウト・カレッジ”をつくろうよ」という提案があって、酔いともんじゃ焼きの最中に訳も分からず可決され、めでたくムロケン・セブン・JUNの強力教授陣も成立、来春より「特定非営利法人・自主事業サポートセンター(NPO・JJSC)」を場にして、「ビート学」「ヒッピー学」「ふーてん学」???の講義とフィールドワークを開始すべく、カリキュラムの編成等の準備に入ることとなった。

 ドロップアウトというのは、進学しないとか、学校を中退するとかを言うのに、その「カレッジ」とはアイロニーではあるが、世に言う「ニート」が生まれる背景に、上昇への脅迫や、そこからの挫折や、その結果によるコンプレックスや、若者にそれを生じさせる「squareな社会」があるとすれば、それを逆手に取って「下流社会」を涼しい顔して生きていくという生き方と、その学び方は、充分に成立すると思われる。優等生と劣等性の差は、「目標」を持つか持っていないかと言われるが、人の生き方の差は、「挫折」をしたかしてないかというのも、これまた当っているのである。

 NPO・JJSCのある千住関屋町は、京成線千住大橋駅の近くで、千住大橋は、深川から舟にのって大川を遡った芭蕉が、舟からおりて、“行く春や鳥なき魚の目は泪”の句を詠んで、「奥の細道」に向けて歩き始めた地であり、非俗の生き方と放浪の原点といえる地である。そして、そこにあるNPO・JJSCが事務所を借りているパラマウント製靴共働社は、かつて10年にわたる倒産争議を経た後に、自主生産企業として再生した、いわば労働者自立の原点にある企業である。そこから始まる「ドロップアウト・カレッジ」、旧くて新しい生き方の再発見への旅立ちです。 乞うご期待!

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