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2005年9月 5日 (月)

アダム・スミスと「自前の職人」

as  トクヴィルの次に、アダム・スミスでも読んでみようと、神田の古本屋街に行くと、店頭に投げてある本の山の中に、私が若い頃に出版された中央公論の「世界の名著」などが、いくらでも転がっている。1960年代頃までは、まだ教養主義的なところがあったから、文学や思想の古典の全集が大量出版されていたのだったが、今では既に粗大ゴミ化したそれらが、ゾッキ本のように古本屋の店頭に投げてあるわけである。そんなで、8月は500円で買ってきたまだきれいなアダム・スミスの『国富論』を、寝転がって読んだ。

 『国富論』の第一章は、まるごと労働価値説である。マルクスは、アダム・スミスやリカードの古典派経済学から労働価値説を学んで、自らの経済学をつくった。しかし、本来、アダム・スミスは市場原理主義の新古典派経済学の源流である。そこで私は、素人考えで恐縮だが、アダム・スミスの労働価値説に立ち返って、もう一度、コミュニティづくりのための経済学が考えられないかと思ったわけだが、『国富論』に次の一文があった。

 「一般に人間は、他人のために働くときよりも自分のために働くときのほうが、わずかしか働かない、などと想像するのはばかげたことである。貪しい自まえの職人は、出来高払いで働いている職人とくらべてすら、概していっそう勤勉であろう。前者は自分自身の勤労の全生産物を享受するが、後者はそれを親方と分けあう。前者は、べつべつの独立した状態にあるから、悪い仲間の誘惑におちいることは比較的少ないが、大製造所ではそうした誘惑のために職人のモラルが崩れてしまう場合がひじょうに多いのである。月ぎめか年ぎめで雇われて、仕事に精を出しても出さなくても、その賃金や手当が同じであるような使用人にくらべると、自まえの職人がもっている優越性はなおいっそう大きいといえる。(『国富論』世界の名著31 p157)」。

 「自まえの職人」=SOHO型独立自営者をベースにしたスモールコミュニティを構想している私としては、まさに我が意を得たりである。そして、「貪しい自まえの職人」は、あまり税金を納められないから、スモールコミュニティをNPOにして、身体で社会貢献しようというのが、「NPO自主事業サポートセンター」であるのだ。また、「自まえの職人」は、いっぱい稼ごうといっぱい働くこともできるが、そこそこ働いて自由に生きることもできる。

 そんな生き方と働き方をホームページで表現しようと、この夏は、本を読むこと意外は、ひたすらホームページづくりをした。まだつくりかけだが、以下のとおりアップしましたので、見てください。「NPO自主事業サポートセンター」へも、そこから入れます。http://homepage2.nifty.com/guraki/

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投稿: みんなのプロフィール | 2005年9月 5日 (月) 22時04分

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