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2005年8月29日 (月)

科学から空想へ

 恒例の夏の終わりの陸奥紀行ということで、24日~27日間、今年もまた仙台は作並の森の中にある大内秀明先生の“賢治とモリスの館”に行って来た。今年は少し勉強しようということになって、地元の大学の先生たちを交えて、コミュニティビジネスの研究会などもしたが、あとは恒例の館の庭掃除と牛タンのバーベキューと、森の中のまったりとした時の満喫であった。台風11号は太平洋にそれ て、私は「濡れ木立 蝉の鳴きだす 嵐去る」のヘボ句を一句詠んだ。

 “賢治とモリkm1スの館”というのは、大内先生が作並の森の中につくった別荘のことで、自ら集めた宮沢賢治とウィリアム・モリスの資料を、無料で一般公開もしている。地元仙台のテレビ番組でも紹介されて、司会者のさとうむねゆきが「大内先生らしいや」と言っていたが、正にそういう所で、今年は新たに小さなコテージも建てられていて、外灯のない夜の森でそれらに出会ったら、正に「注文の多い料理店」の世界である。

 さて、コミュニティ論であるが、私はこの6月以来このブログで私のコミューン論を試しているから、ロバート・オーエンとトクヴィルにアダム・スミスまで拝借して私のコミュニティ論を展開して、「新古典派もマルクスもアダム・スミスからきているから、アダム・スミスの労働価値説の再構築から新しいコミュニティ論が創れないものか」と大内先生を挑発してみたのだが、大内先生が私の浅はかな挑発に乗ることはなかったのだった。

 大内先生は、今月、日本評論社から『恐慌論』を出版された。宇野経済学による最後の経済学書になるかもしれない。食事の後の酒を飲みながらの雑談で、大内先生も「ここまでは科学的に書いたけど、マルクスを学んだモリスはユートピアを描いた。これからは“科学から空想へ”だよ」と仰っていた。私はただの“空想から空想へ”の人なのだが、わが意を得たりとばかりに、席をはずすと外に出て煙草を一服。あまりに美味いので二服三服、気がつくと蚊に足を刺されて、家に帰った現在でも、まだとてもかゆいのだった。

 

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2005年8月15日 (月)

雲厳寺

0508  7月までは生業の仕事探しに忙しい日々、歩いても歩いてもご縁のない日々ばかり、そんなで8月からはフリーなのにさらに夏休みと、寝転がって本を読む日々でしたが、先日、暑中プチ放浪とばかりにバイクでトコトコと、 那珂川沿いの温泉につかりつかり、黒羽町の雲厳寺に行ってきました。

 雲厳寺は、深川の臨仙庵で芭蕉が禅を学んだ仏頂和尚が修行した臨済宗の禅寺、鎌倉の円覚寺を小ぶりにしたような名刹で、芭蕉も「啄木も庵は破らず夏木立」と感激したようですが、私も「山門に偲ぶ啄木蝉の声」と感激でした。

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