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2005年6月11日 (土)

フィリップ・マーローの生き方

longgoodbye  ハードボイルドミステリー、クライムノベル(犯罪小説)というのは、謂わば消耗品的小説で、謎解きが解ってしまえば再読されることは少ない。だから北方謙三も大沢在昌も、次から次へと量産するのだが、まれに何度読み返しても読まされる、謂わば文学の域に達しているハードボイルドミステリーがある。私的には、前章でふれたハメットの『マルタの鷹』もそうだが、レイモン・チャンドラーの『長いお別れ』などがそうである。

 「私がはじめてテリー・レノックスに会ったとき、彼は<ダンサーズ>のテラスの前のロールス・ロイス“シルヴァー・レイス”のなかで酔いつぶれていた」の書き出しに始まるフィリップ・マーローと酔漢テリー・レノックスの出会いと別れ、あらためて解説するつもりはないが、私的に読めば、これは男の友情の物語である。
 「人と人とをつなぐもの」とは一体何かと問うた時、それは共に働く職場であったり、共に生活する地域であったり、共通する利害であったり、契約であったり、果てまた綱領的な結合であったりといろいろとあるが、その大きなひとつに友情がある。

 私は『長いお別れ』を3度読んだ。夏目漱石の『こころ』も3度読んだ。ジャンルは異なるが、両方の作品に共通するキイ・ワードは「友情」である。しかし、小説の中では友情と裏切りはいつでもセットになっていて、日本の近代文学の場合、だいたい一方が死ぬか、零落するかして、双方が傷つくストーリーが多いが、フィリップ・マーローとテリー・レノックスの別れは、「彼は立ち上がった。私も立ち上がった。彼がしなやかな手をさしだした。私はその手を握った。『さよなら』」である。
 この感覚の差は何かというと、友情とは共同体的な関係というよりは、個人の生き方がベースになった関係であるからだろうと思われる。

『長いお別れ』の次に書かれた『プレイバック』には、次の有名な語りがある。
“How can such a hard man be so gentle?” 
“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”
 「あなたのようにハードな男が、どうしてそんなに優しくなれるの?」
 「ハードでなければ生きていけない、優しくなければ、生きていく資格がない」
とか訳されている名言だが、これはフィリップ ・マーローの信条である。

 前章で書いたハメットの場合、小説の登場人物がそうであるというよりは、ハメット自身がそうであったように、人との関係以前に、自らの信条がある。人を裏切らないという生き方は、本人にそういうものとしての自らの信条と生き方がなければ、できないことである。

 相手が学友であれ、職場の同僚であれ、同じ組織の仲間であれ、それを当てにすると、友情とはけっこうはかないものである。職場での人間関係は言わずもがなだが、友愛や団結を掲げる組合などでも、仲間同士のけんかや分裂は、もうあたりまえのことでもある。また、裏切りがあるのは、それぞれの都合や利害が絡むからではあるのだが、では友情は利害のないところにしか成立しないかと言えば、そうではない。
 友情は出会いから生まれるが、それが成り立つのは、また逆に裏切りがあるのは、相手の責任ではない。自分に生き方がなければ、出会いもない。友情とか連帯とかは、それぞれの生き方が「共感」し合うところに成立するのである。

 だから友情は、それぞれの信条が異なっても成立する。それぞれが自らの生き方を持っているなら、左翼と右翼の間にも友情は存在する。一方、己を持たずに理念や組織だけを当てにした生き方をすれば、例えその理念が友愛でも、協同の精神でも、相互扶助でも、お互いを同志だと呼んだとしても、必ずしもそういう関係にはならないのである。

 「人と人とをつなぐもの」とは何か、これまでのところからは、そのキイワードは「信条」と「共感」であるとしておきたい。

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