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2005年6月13日 (月)

トクヴィルの「アメリカの民主主義」

 ロバート・オーウェンが、後にマルクス主義者から「空想的社会主義者」であると揶揄されるのは、ニューハーモニー・コミュニティの失敗によるのだが、マルクス主義者がつくった社会主義国家も、ニューハーモニー・コミュニティの失敗に通じる要因で崩壊した。
勝ち残ったのはアメリカということになるのだが、ではアメリカとは一体どんな国なのか、自由と民主主義の理念、市場原理主義、グローバリゼーションと共に「帝国化」がすすむのか、市場原理主義の蔓延と共に人と人とのつながりが稀薄化していく中で、それへの対抗運動はどうつながり合えるのか、そういったものとしてのコミュニティは可能か、そんなことを少しだけ考えてみたい。

 ロバート・オーウェンが、ニューハーモニー・コミュニティの実験に失敗したすぐ後に、当時のアメリカ社会を見て歩いたフランス人にアレキシス・ド・トクヴィルがいる。トクヴィルは、1831年から1832年にかけて独立後間もないアメリカを視察して、americaそれを『アメリカの民主主義』にまとめた。
 会社勤めを辞めてフリーになった私は、金はなくても時間だけはたっぷりあるので、それまで読みきれなかった大著に手をつけ始め、中里介山『対菩薩峠』の次には、トクヴィルのアメリカの民主主義』を読み出したのだった。

 「大多数のヨーロッパ諸国では、政治生活は社会の上層に始まって少しずつ不完全に社会全体の種々の部分に伝わっているのである。これに反して、アメリカでは、共同体(コムミューン)が郡以前に、郡は州以前に、州は連邦以前に、それぞれ組織されている。」
 「ニュー・イングランドでは1650年以来共同体は完全に決定的に組織されている。・・・共同体のうちには、全く民主的なそして平和的な真の活気あふれた政治が支配している。・・・共同体ではすでに共和制が全く生きてはたらいている」
 「共同体は、あらゆる種類の司令官たちを任命し、自らに課税し、租税を自らに割当て、徴収する。ニュー・イングランドの共同体では、代表制の法律は認められていまい。すべてのものの利益にかかわることがらは、アテネにおけると同様に公共の場と市民の全体会議とで処理される」

 同書日本語版の訳注にはこうある。
 「当時ニュー・イングランドのコムミューン(英語ではTownship)は人口2000~3000位の小さな村であったので、そこではルソーが当時スイスのジュネーブで見出したように民主主義は代表制によらず、直接選挙制で行われることができた。トクヴィルはアメリカの民主政治の基本構造が、このコムミューンに見出され、これが郡を経て州に及び、遂に連邦に達していることを知ったのである」と。

 一読した感想はこうである。「なんだ、アメリカ自体がコミューンの連合体だったのか」である。

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コメント

この人は知りませんが、僕にはイタリアのコムーネが浮かんできました。
ご存知のとうり、明治維新の頃まで統一国家ではなかったイタリアの原点は、小さな村や町単位に構成されていたコムーネです。
特に最後まで統一に反対したのは、フィレンツエやシエナをが代表するトスカーナ州や、
アッシジ、ペルージア、オルビエートなどで知られたウンブリア州です。
こうした地域の町や村は、それ自体が独立国家であり、基本的には自治単位であったのです。
ですから、今でも、独立心は旺盛で、どこかの国のように横並びの文化などは、最低の価値観なのです。
こうした伝統は、フランスでも、ドイツでもスペインでも同じく見られます。
アメリカは、それをアメリカ大陸にそのまま持ち込んだに過ぎないのではないでしょうか?

投稿: ottocento50s | 2005年6月13日 (月) 17時50分

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