2019年1月11日 (金)

労働と生産のレシプロシティ

Photo志村光太郎『労働と生産のレシプロシティ』(世界書院2018)を読んだ。「レシプロシティ」とは相互主義とか互恵主義のことで、本の内容は労働者自主生産をしている企業のフィールドワークと、その可能性についてである。フィールドワークの対象となったのは、全統一労働組合が主宰する「自主生産ネットワーク」に参加する12社の中から、オートバイ用品店のビックビート、給食用食材の仕入れ配送の城北食品、化粧品製造と販売のハイム化粧品の3社、みな株式会社だが営利至上主義ではない。3社とも会社の倒産争議を経て、その過程で全統一労働組合の分会がつくられ、全統一の指導で争議解決後は自主生産企業として再建された小企業である。自主生産企業として共通するのは、労働者と経営者が分離しておらず、査定のない平等な給料と合議による運営で、参加者の誰もが自社は自主生産企業であるというアイデンティティイを自覚しており、全統一労働組合、自主生産ネットワークに加盟する他社の労働者、さらには、地域住民などとの間での相互扶助を重視しているといったところであろうか。

日本には現在、こういった労働と生産に関わる社会的企業グループとしては、ワーカーズ・コレクティブ・ネットワーク・ジャパン(WVJ)と日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会(労協)、それに自主生産ネットワークがある。労働者自主管理(自主生産)は、必ずしも労働者協同組合の形態行われているわけではなく、また、自主生産は企業の倒産争議等を経て、労働組合が企業再建をしたものが多いが、労協はこのことを必須の条件とはしていない。そもそも「協同労働の協同組合」であるとする労協には、基本的に労働組合は存在せず、労協傘下の事業所における自主管理活動は、私物化とされるという。WVJと労協は、そのベースが協同組合であるが、自主生産ネットワークは協同組合ではなく、企業形態は株式会社であり労働組合があるわけだが、最も生産協同組合的な実態を持っている。近年、グローバリズムの跋扈と市場経済に抗するものとしての社会的連帯経済が模索され、その中核には協同組合が位置づけられるが、社会的連帯経済は既存の協同組合や共済組合が中心というよりは、広くは労働組合やNPO、NGO、コミュニティも重要な構成主体であり、とりわけ生産協同組合の内実を有する労働者自主生産企業の位置づけは決定的に重要であると私は考えるところ。

資本主義は労働の商品化を成立の要諦とするわけだが、志村光太郎氏によれば、20世紀以降の〈産業民主主義体制〉というのは、要約すれば以下のようになる。「〈産業民主主義体制〉という資本のヘゲモニーのもとで、労働者は自己を、非人間的労働力とその人格的所有者へと分裂させている。労働組合も基本的にシステムであり、労働者労働力化装置であり、労働者における労働力と人格の分裂を前提に、非人格的労働力をどこまで高く売るか団体交渉を行い、そのかぎりにおいて労働者の盾となっている。しかし、〈産業民主主義体制〉は1960年代後半以降、深刻な不況により経済成長が不可欠なフォーディズムのカルノーサイクルが機能しなくなり、現在は、それに代わりうる支配的なヘゲモニーが成立していない混迷期にある。一方、それに対して、労働者自主生産は、労働者が自己を労働力と人格に分裂させずに、労働することを可能ならしめた。これは、現代の支配的ヘゲモニーである〈産業民主主義体制〉とは異なる対抗的ヘゲモニーと位置づけることができるだろうし、規模は小さくとも、労働者自主生産を行っている労働者が、対抗的ヘゲモニーを形成しえている。その存在意義はけっして小さくないであろう」と。

日本の社会的連帯経済の議論の中で、労働運動は等閑視されがちであるのは、生協が拡大した一方、労働組合が衰退しているからでもあるわけだが、労働運動の役割と必要性がなくなったわけではない。上記にあるように、例え小さな試みであろうと、労働者自主生産は資本主義に対抗するヘゲモニーになりうるし、それとの連携なくしては、社会的連帯経済は資本主義への対抗的ヘゲモニーにはなりえないと、私は考えるわけである。志村光太郎氏は、フォーディズムともうひとつコーポラティズムが資本主義の根幹をなしているとする。コーポラティズムとは、システムが本来、公共空間に回送すべき問題を、自ら他のシステムとの妥協・調整によって処理してしまうことであり、団体交渉は本来ボランタリズム的公共空間であったが、コーポラティズム的デバイスになった時、形骸化した。対抗的ヘゲモニーは「熱い討議と熟慮ある選択」をとおして、自薦的に公共空間を獲得することによって拡大するわけだが、昨今の安倍政権は嘘と居直りで、自由な言論と言う公共空間を圧殺するが、日本ではそれに抗議することさえ少ない。日本における社会的連帯経済というものは、生協が拡大したとしてもそれによって成立するものではないだろう。老婆心を言えば、対抗的ヘゲモニーを持ち得ない限り、私はそれがコーポラティズムに収斂しかねないと危惧している。そして、労働者自主生産は自主生産を機能させうる公共空間をシステムに内包しているが故に、勢力は小さくても自由な行為主体として継続することが、社会的領域、公共空間への扉を開くことにつながるが故に、日本における社会的連帯経済には欠かせないとと思うわけである。

そして、志村光太郎氏は以下のように本書をまとめる。
「それぞれの労働者自主生産事業体、労働組合、NPO、NGO、コミュニティ、一般の企業さえもが、それぞれ基本的にシステムでありながら、広範囲に公共空間を内包することで、近代の村、同職集団のように、市民社会を形成している。それが、現代市民社会に代わりうる、新しい市民社会のイメージである。それぞれの成員が、一定の職業、地域、関心、価値観、あるいは目的などのもと、相互に認知できる固有のシンボルを分有し、情報交換、問題解決といった相互扶助を行う市民社会である。そこは、労働において労働力と人格を分裂させない、第三の道が聞かれている社会である。労働がすべてでない社会である。誰もが、フィクションに基づくのでなく、リアルに市民となりえる社会である」。「労働と生産の公共性を突きつめていけば、かならず労働者の互酬に行き着くはずだ」と。

昨年来、私は労働運動本を企画編集中なのであるけど、なぜ身銭を切ってでもそれを作りたいかといえば、70年代以降に私が体験した労働組合による自主生産の試みとその現在を、日本の社会的連帯経済づくりにつなげたいと思うからであり、そこに労働運動本には自主生産ネットワークの話を載せたかったわけだが、その中心人物の鳥井一平さんは外国人労働者問題の第一人者でもあって、その原稿を書いてもらうことになり、忙しい鳥井さんに二つの原稿は無理そうだから、自主生産ネットワークの話はさてどうしたものか、少しはそれを体験しているから志村光太郎『労働と生産のレシプロシティ』を読んで、コラム程度のものを自分で書くかと思ったわけだが、志村光太郎氏の緻密な論考に感心した私は、志村光太郎氏に原稿をお願いしてみようと鳥井さんに相談して志村光太郎氏に連絡すると、実に心よく引き受けていただけたのであった。本は『労働運送の昨日 今日 明日』の書名で、社会評論社から5月頃に出版の予定、よろしくです。

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2018年10月24日 (水)

「労働力なる商品の特殊性について」

10月21日に、専修大学で「マルクス生誕200年シンポジウム」があって、参加した。午前中は、大内秀明氏による基調講演「晩期マルクスとコミュニタリアリズム」で、聴衆は100名を超えていた。自らも晩期であると語りながら大内秀明氏は、これまでの『ドイツ・イデオロギー』『経哲草稿』を書いた初期マルクス、『経済学批判』を書いた中期マルクス、『資本論』を書いた後期マルクスの3区分に対して、1870年以降のパリコミューンに対するスタンス、ベラ・ザスリッチあての手紙などを通して、唯物史観の見直しに到った晩年のマルクスを「晩期マルクス」とする。フランス語版『資本論』を読んだモリスとバックスは『社会主義―その成長と帰結』を共著して、そこに「中世期における労働は・・・連合・アソシエーションの原理によって、明確に支配されていた」と注記したわけだが、大内秀明氏は、そこから唯物史観の前提となる「所有者の労働に基づいた私的所有」の見直しという晩期マルクスの「所有法則の転変」に注目して、「晩期マルクスとコミュニタリアリズム」=「共同体社会主義の可能性」を導き出すわけである。

上記を語った後、大内秀明氏は、『農民芸術概論要綱』を書いてモリスにシンパシーし、農学校を辞めて「羅須地人協会」を立ち上げた宮澤賢治が「羅須地人協会」でやろうとしたこと、1924年に書いた「産業組合青年会」の詩を遺書の如くに遺したことなどにふれて、宮澤賢治と産業組合について熱く語るわけだが、ここまでで2時間の講演時間が過ぎてしまい、上記の「Ⅰ)マルクスからモリスへ」、「Ⅱ)モリスから賢治へ」につづく「Ⅲ)ポスト『資本論」とCommunitarianism 共同体社会主義」は語られずじまいになってしまった。今回私がいちばん聞きたかったのがそこであったので、以下にレジメからその部分を記しておきたい。要は「社会的連帯経済」といいながらも、そこで語られる経済的な在り様は「経済学」というよりは、クロポトキン的な相互扶助論、「協同社会」とか「協働労働」とか謂わば初期社会主義的なレベル、もしくは「私的所有から共同所有へ」といったマルクス主義の所有論的把握によることが多いわけだが、それに対して大内秀明氏の所説は、資本主義の矛盾を「労働力の商品化」にみる宇野経済学に拠って、「労働力商品化の止揚」から「共同体の形成」を見すえるわけである。

Ⅲ)ポスト『資本論』とCommunitarianism共同体社会主義
初期マルクス・イデオロギー的作業仮設「唯物史観」、そして「所有法則の転変」の超克『資本論』純粋資本主義の抽象「自律的運動法則」の定立 第1巻7篇23章と22,24章
*経済法則の純化 「経済法則」と「経済原則」の明確化、「経済法則=資本主義の自立的運動法則、「経済原則」=超歴史・歴史貫通的・類的存在としての「世界人類共同体」→変革の「対象]と「主体」の明確化
*変革の主体設定 労働力商品化の止揚、①負の効用の労働→人間の喜びの表現としての労働、②可変資本の回転と労働力の再生産→家庭・家族の意義(宇野「労働力なる商品の特殊性について」『唯物史観』1948参照)、③生産と消費の「経済循環」→資本循環と単純流通、「地産地消」と地域共同体(コミュニティ)
*変革の組織と運動 コミュニティの構成、①地域労組、各種協同組合(賢治「産業組合」)、NPO、ソーシャルビジネス、ベンチャーキャピタル等、②ICTネット、スマートコミュニティ、ソーシャルデザイン③地域共同体連合、連邦共和国、「世界人類共同体」(モリス・連邦制)

とりわけ私は、共同体のベースになるだろう「可変資本の回転と労働力の再生産→家庭・家族の意義」など聴きたかったわけだが、それは宇野弘蔵が1948年に書いた「労働力なる商品の特殊性について」に書かれているというので、『宇野弘蔵著作集』を持っている友人の矢作さんに頼んで、「労働力なる商品の特殊性について」のコピーをしていただいた。「労働力なる商品の特殊性について」は、私にはたいへん難しい文章で、以下が「労働力なる商品の特殊性について」の要諦と思うところでノートしておく。ここからどう共同体社会主義に向かうものか、それについては大内秀明氏のつづきの講演を聴くしかない。

「可変資本が労働者によって賃銀を通して消費せられるというのは、前にも述べたように労働力としての可変資本が、資本自身を生産しつつあるからに外ならない。労働者は賃銀を通して資本としての生活資料を消費するものとしなければならないが、いずれにしてもそれは労働力の使用価値としての労働が生活資料を資本として新しく生産しつつあることを示すものに外ならない。勿論、不変資本部分は、価値としては生産もされず、再生産もされないで単にその価値を移転せられ、保存せられるに過ぎないが、しかしこのことは剰余価値の資本化によって新しく資本が労働によって形成せられることを否定するものではない。剰余労働が単に資本家の生活資料にとどまらず、労働者の生活資料と共に生産手段をも生産し、資本の生産過程を拡大し得ることはいうまでもない。労働力の商品形態は、この関係を隠蔽する。」(『宇野弘蔵著作集』第3巻「価値論」p495)

「資本は、本来商品として生産せられたものでない労働力を商品とすることによって、個人的消費過程をも労動力の生産過程とする。そしてこれに対して商品として生産するに必要な労働時問によってその価値を決定するのであるが、それは他の商品と異って労働力自身の使用価値たる労働によって生産せられたる生活資料の生産に要する労働時間による外はない。かくてW-G-W’ のW’において、資本として一定量の価値を有する生活資料が労働者によって消費せられるということは、労働力なる商品が、資本の生産過程において資本としての一定量の価値を有する生活資料を生産するからであるが、それはまた労働力が直接的に労働の生産物として価値を有するものでないことを示すものである。いい換えれば労働力の価値なるものは、資本家に対する労働者の関係を表現するものに外ならない。それは労働者が自ら生産したる生活資料を、資本の生産物たる商品として買戻す関係をあらわすものである。労働力なる商品のW-Gの過程において資本家は前述の如く一面では資本として所有する価値を引渡しながら、他面では資本を労働力として得るわけであるが、それは全くかくの如き資本家と労働者との関係が商品形態を通して行われることを意味するものに外ならない。労働力の価値が資本の価値としてあるわけではない。しかしまた資本家はその資本として所有する価値を引渡しだからといって資本そのものを労働者の于に引渡すわけではない。事実、労働者の手にあっては、賃銀として得た貨幣は、単に貨幣として使用せられるのであって、資本として機能するものではない。資本は常に資本家の于にあるのである。」(前掲書p498-9)

「われわれは、商品の価値を単なる交換価値としてでなく、商品の生産を通して行われる価値の生産において把握しなければならないが、それは資本の生産過程において始めて確保される。W-G-W’の形式の想定する商品生産は、いねばこの形式の外郎にあるに過ぎない。私は寧ろ率直にいって、W-G-W’の形式による考察は、労働力の商品としての流通を理解し得る範囲に限定せられるものと考えている。勿論、上地や骨董品のような再生産せられないものまでが合まれるとは考えないが、しかし労働力のように、元来は商品として生産せられないものが、商品として売買せられる関係をも合むものでなければならない。そしてかくの如きものが合まれなければならないという点にこの形式の抽象性がある。この形式自身では解決されないものがある。いい換えれば、労働力自身を商品化する社会的関係を確立しない限り、商品経済は、一般的な社会形態とはなり得ないことを示すものといえる。実際またかかる関係が確立されたとき、われわれは始めて商品の価値関係を、単なる物と物との関係としてでなく、物と物との関係の背後に人と人との関係を明確にし得るものといえるのではないかと思うのである。商品の物神性もここにおいて始めて、本質的に理解することが出来るであろう。労働力の商品化は、物としてあらわれる人間関係の極点をなすものである。それは人間労働の対象化したるものとしての商品における人間関係たるに留まらず、人間の労働力そのものが商品化され、人間の物化としてあらわれる。而もそれは、元来人間の生活がいかなる社会においても労働の対象化を通して物貧的に再生産せられざるを得ないという、根本的原則の一歴史的形態なることを明らかにするものといえるのである。」(前掲書p502-3)

「マルクス生誕200年シンポジウム」は、午前中の大内秀明氏による基調講演の後、昼食をはさんで、午後からは5つの分科会に分れ、私は「世界を変革する社会的連帯経済をめぐって」の担当で、資料を25人分用意したのであったが、30名を超える参加者があり、その多くはこれまで見知った協同組合や社会的連帯経済の関係者ではない方々であったけど、けっこう活発な議論があった。私の報告は、9月28日のブログ「2018GSEFビルバオ大会の事前報告」と10月14日 のブログ「社会的連帯経済とモンドラゴン協同組合」に書いたとおりのことに、7月4日のブログ「34年前に提起された『社会連帯部門』」を補足した。私のブルグはアクセス解析ができるのだが、最近はこの三つがよく読まれているので、この辺りはは次のブログに書きたいと思う。

シンポジウム終了後は懇親会、朝8時半に家を出て、夜9時半に帰宅。これでGSEFビルバオ大会への参加とその報告は一段落した。次は、11月3日に仙台で行われる大内秀明編著『自然エネルギーのソーシヤルデザイン~スマートコミュニティの水系モデル~』(鹿島出版会刊)の出版記念会、「水系のシンフォニー~震災復興後の地域社会モデル~」に参加の予定。これは社会的連帯経済のいわば実践論の提起で、時間があれば大内秀明氏から「労働力なる商品の特殊性についてなど伺って来たいと思っている。

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2018年10月14日 (日)

社会的連帯経済とモンドラゴン協同組合

Dscf1793※私はビルバオ大会に行く前の9月28日のこのブログに、「2018GSEFビルバオ大会事前報告書」を書いた。今回はそののつづきで、題して「社会的連帯経済とモンドラゴン協同組合」、よろしくです。

「事前報告書」の「ビルバオ大会&モンドラゴン訪問への私の関心」に即して書けば、④⑤については以下の通りです。
2010年に発覚したギリシャのデフォルト危機は欧州ソブリン危機と呼ばれた欧州経済危機に発展し、2012年にはスペイン経済危機、2014年にはポルトガルのデフォルト騒動へと広がりました。だからスペインは困窮しているのだろうと予断してバスクに行っみると、バスクの中心都市ビルバオ市は豊かであり、その郊外にあるゲルニカ市、さらに山中にあるモンドラゴン市まで、どこも豊かで美しい街でありました。スペインの中でもバスクは自治州であり、工業が盛んで平均収入も高く、GSEF大会でビルバオ市長は「バスクには1700の協同組合や社会的企業があり、多くの雇用を生み出している。・・スペイン政府も社会的経済を支持している」と語り、さらにスペイン政府の労働大臣は「ビルバオは革新的なエリアであり、このフォーラムは異なる社会をつくることに役立つであろう」と語っていました。

今回の大会には、世界84カ国から1700名あまりの人々が集まりましたが、社会的連帯経済は新しい概念であり、それぞれの取り組みにはお温度差もあります。社会的連帯経済の先端を行くモンドラゴンの代表は「協同組合が集まってコミュニティをつくることが社会変革につながる。社会的連帯経済は従来の利益追求の経済ではなく、連帯と民主化によって人間を豊かに向上させるある意味ユートピアである」と言い、フランスの代表者は「企業の定義を変えて、よりよい会社をつくっていかねば・・マクロン大統領によっても社会的経済は大切にされている。しかし、社会的経済はDGPの10%を担っているけど、人々には知られていません」と語りました。今回フランスでは「社会的連帯経済法」ができた一方、マクロンの政策は新自由主義的とも言われ、フランスからは13の自治体からの参加があったわけですが、自治体レベルではフランスに古くからある共済組合といった広い意味での社会的経済というよりは、他のEUや南米の国々の小さな自治体と同様に、雇用や福祉のための「社会的イノベーション」としての社会的連帯経済の取り組みが報告されいていました。参加国をみれば、EUやILOからの参加はありましたが、いわゆるG7の国においてはアメリカのNY市から毎回副市長の参加があるほかは、経済政策レベルでの取り組みの報告はなく、新自由主義をすすめる政権は社会的連帯経済に関心を持たず、GSEFをになっているのは新自由主義に批判的な自治体が中心で、EUや韓国や台湾や南米やアフリカからの参加がめだちました。GSEFを牽引する韓国のソウル市の朴元淳市長は、「アジアの国には社会的連帯経済の経験がない。ソウル市ではプラットフォームを立ち上げて社会的連帯経済を広げて行きたい」と語っていました。

スペインやポルトガルやフランスでは、すでに「社会的連帯経済法」が成立しており、政治経済危機がつづくイタリアでは、社会的連帯経済法というよりは社会的協同組合法がつくられ、最近では小さな自治体ではコミュニティ協同組合が試行されているそうです。デフォルトの危機が言われながらも、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアといった国々がデフォルトしないのは、やはり社会的連帯経済の領域がこれまでの市場経済に代わって雇用や経済を担いだしているのかもしれないと思うところで、ヨーロッパがEECに始まって、半世紀以上の時間をかけて統一通貨ユーロをつくり、欧州連合を成立させましたが、そこでは社会民主主義政権はふつうであり、今後の社会的連帯経済の普及も同様にすすめられるのではと思ったところでした。

次に①②③についてですが、これは私的には「モンドラゴン協同組合の可能性」ということで、今回のビルバオ大会の中心テーマは「価値」と「競争力」と「包摂的で持続可能な地域創生」の三つでした。物議も醸す「競争力」という表現が出てきた背景には、二つのことがあるように思えます。ひとつは、2007年のモンドラゴン協同組合の基幹組合であったファゴールの家電部門が倒産したことです。そしてもうひとつは、国連の持続可能な開発目標「アジェンダ2030」への対応です。社会的連帯経済というのは新しい概念ですから、GSEF大会への参加者や発表内容を見ても様々であり、上記しましたように、EUや国家レベルから見ればそれは政策であり、自治体レベルからみればそれは地域の雇用や福祉の解決策であったり、またその実行主体も、自治体であったり協同組合であったり民間の社会的企業であったりしています。しかし、その中で社会的連帯経済のいちばん具体的な例はどこかと問えば、それはやはりモンドラゴン協同組合であり、そのモンドラゴン協同組合から提起されたものが「競争力」であり、各自治体が必要とするものは「包摂的で持続可能な地域創生」であり、その全体をまとめるのが社会的連帯経済の「価値」なのであろうと思ったところです。

社会的連帯経済は発想されてまだ日も浅いのに、モンドラゴン協同組合は65年前からそれを立ち上げて、フランコ政権下のバスクの山中に人知れず「協同組合地域社会」を築き上げました。そしてヨーロッパの国々が産業社会も協同組合もいきづまった1970年代末にそこは世に知られるようになり、やがて多国籍企業、グローバリズムに対抗する労働者協同組合群が注目されて、前述したようにレイドロウは『西暦2000年における協同組合』でそれを高く評価し、イギリスにおける「ル-カス・プラン」や「社会的有用生産」に影響を与え、やがて日本や韓国からもそこを訪れる人が増えていき、今回その本部を訪問すると、日本語による説明ビデオが用意されていました。グローバリズムへの対応による海外進出でファゴールの家電部門が倒産した後、そこの組合員は他の組合に再配置されて、現在の規模は全部で98の協同組合企業があり、80800人の組合員が働いており、ファゴールはバスクはもとよりスペインを代表する企業のひとつであり、消費生協であるエロスキはスペインに2000店舗を展開しています。要は、モンドラゴン協同組合はどの国の協同組合よりも労働者協同組合を軸とした地域綜合型で突出しており、その生産は工業製品からIT関連にまで及べば、それはすでにモンドラゴンの山中で定常化することは出来ず、連帯を求めながら果敢に挑戦をするといったイメージで、モンドラゴン市長は「成長力がなければ、富を分かち合うことは出来ない」と発言していました。

もうひとつ、国連は2015年に「アジェンダ2030」をつくって、協同組合のみならず世界中の企業がその達成をめざすことになり、日本でも安倍政権が音頭を取り、経団連から青年会議所までがSDGs(Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)を推進しています。パルシステムは今回のGSEFバルビオ大会には未参加でしたが、2017年にSDGsのアワードを受賞しました。SDGsには日本の一流企業の多くも参加するわけですが、もしどの一般企業も国連の基準にそった生産やサービスを行うなら、生協の商品は一般企業のそれとの差別化は難しくなり、協同組合は一流の企業たるべく大企業と競争するしかないことになります。そしてその時に何を持って協同組合は社会に対して優位性を示せるのかといえば、それはこれまでの消費組合としての「出資・利用・運営」よりは、労働者協同組合としての「Member=Worker=Owner」となるでしょう。要は、SDGsは国連によるいい取り組みだけど、私的には「どんな原材料を使っているか」だけでなくて、それを生産するために「人にどんな働き方をさせているか」の開示が必要ではと思うところです。要は、一般企業と労働者協同組合との最大の差別化は、協同組合が「Member=Worker=Owner」であることであり、社会的連帯経済を担える協同組合や社会的企業はそういう企業であるし、そのベースには労働組合と協同組合が一体化することが必要であると私は思います。本部やファゴールの工場を訪問した時の質問は、ファゴール家電部門の倒産に関することになりがちでしたが、モンドラゴンの担当者が困っていたのは説明しにくいことがあると言うよりも、モンドラゴンの要諦が「Member=Worker=Owner」にあることが理解されないことによる当惑だと私には感じられました。

果たしてモンドラゴンの協同組合は、ヨーロッパや日本や世界各国で一般化出来るのでしょうか。今回日本からは約50名の参加があり、モンドラゴンからの帰り道に訪問した小さな労働者協同組合で、誰かが「日本人が50人も来てどう思うか」と質問したら、「韓国人は500人来ます」と言われました。社会的連帯経済に力を入れる韓国は、一般協同組合法をつくって5人集まれば協同組合がつくれるようになったわけですが、モンドラゴンは1日にして成らずですから、日本もそこから始める必要があります。「ソウル宣言の会」による今回のGSEFビルバオ大会ツアーには、大会終了後の4日目にはにゲルニカ訪問、5日目にはモンドラゴン訪問というサプライズがありました。ゲルニカは1937年にファシスト軍による世界最初の無差別爆撃が行われ、それをピカソが作品にしたことで有名ですが、最初に案内されたのはゲルニカ市にある「バスク議事堂」でした。そこは、スペインから自治を許されたバスクがそこで国王から自治を認証された場所で、現在でもビスカヤ県の議事堂として使われています。私は議会はイギリスの名誉革命に始まったと思っていましたから、カトリックの封建国家であるスペインに、中世から議事堂があったというのは驚きでありました。最初は木の下で行われていた住民の集会が、やがてアッセンブリーハウスとして作られたわけですが、それはカトリック教会を兼ねていました。最初にモンドラゴンに銀行と協同組合をつくったのも、カトリックの神父のホセ・マリア・アリスメンディアリエタであったわけですが、モンドラゴン協同組合の背景にはバスクの自治とカトリックがあると思ったところです。

ゲルニカからの帰りにツアーをコディネイトしたコンサルタントのジョン・アンデルさんにビルバオ市内にあるバスクの主流政党であるバスク民族党の本部に案内されました。バスクに住むバスク人はおよそ300万人だそうですが、説明をしてくれた党の担当者もジョンさんも、みなバスク人であることに誇りをもっているのが印象的でした。そして民族主義の政党でありながら、バスク民族党はとてもオープンに私たちに連帯を表明し、「バスクを愛する人は誰でもバスク人になれます」とおっしゃっていました。なぜジョンさんは私たちをバスク民族党に案内したのか。ジョンさんの父はモンドラゴンで働き、ジョンさんはモンゴラゴン大学で起業を学んで社会的企業としてのコンサルト会社を立ち上げて、日本とバスクをつなぐ旅行企画を日本に案内しながら、モンドラゴン視察ツアーや広島とゲルニカを結ぶ活動などをしています。今回は、GSEF大会への参加だけでなく、バスクとモンドラゴンを案内されたことが収穫でしたが、ジョンさんがそれを企図したのは、社会的連帯経済は自らの地域をベースにして「社会的イノベーション」を起こして、自ら創るしかなく、それをとおしてお互いの連帯もすすみますということでしょうか。社会的連帯経済は新自由主義に対して新しい地域社会を創るための対案であり、私たちも労働者協同組合や社会的企業を立ち上げることから始めたいものです。(2018.10.21平山昇)

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2018年9月28日 (金)

2018GSEFビルバオ大会の事前報告

明後日からスペインのビルバオで開かれる「2018GSEFビルバオ大会」行き、その報告会を10月21日にやるのだけど、松田社長から「報告会の資料を作るから、報告書をビルバオに行く前に書いてくれ」と言われたので以下を書いた。実際に見てきたことの報告は、10月21日に専修大学に行います。よろしくです。

2018GSEFビルバオ大会の事前報告:

10月1~3日にスペインのビルバオ市で開かれました「2018GSEFビルバオ大会」に行ってきました。GSEFは、Global Social Economy Forumの略で、グローバリズムの跋扈に対して社会的連帯経済をめざす世界各地の地域社会の連帯フォーラムで、韓国のソウル市長パク・ウォンスン氏の提起で2013年にソウルで社会的連帯経済をめざす「ソウル宣言」を発表し、2014年にソウル市で第1回大会、2016年にモントリオール市で第2回大会、そして今年はビルバオ市で第3回大会が開かれたところです。とりわけビルバオ市のモンドラゴンは、社会的連帯経済、協同組合関係者には「協同組合地域社会」のモデルあるいは聖地みたいな場所として知られるところで、今回は日本からも大勢の参加者がありました。

社会的連帯経済は、ヨーロッパでは社会的経済(Social Economy)として以前からあり、フランスでは1901年にアソシエーション法が制定され、2015年にはそれが社会的・連帯経済法になって、社会的連帯経済という用語は普通に使われており、その中身は共済組合や協同組合や保険会社やアソシエーションということですが、それが広く注目されるようになったのはソ連型社会主義が崩壊して、市場万能主義のグローバリゼーションが国家の垣根を越えて地域経済を破壊し格差を拡大することに対して、それまでの社会主義に代わる運動として起こってきました。協同組合の世界では、1980年のICA(国際協同組合同盟)モスクワ大会において、カナダのレイドロウ博士が『西暦2000年における協同組合』という「レイドロウ報告」と称される報告を発表して、そこに多国籍企業などからの危機に対して、「①世界の飢えを満たす協同組合、②生産的労働のための協同組合、③社会の保護者をめざす協同組合、④協同組合地域社会の建設」の四つの優先課題を提起し、②④のモデルとしてモンドラゴン協同組合が紹介され、知られるようになりました。しかし、当時の協同組合関係者の多くは、「かつての亡霊の復活」などとして、生産協同組合には否定的な対応が多数でした。

しかし、日本にも労働者協同組合運動に近いものとして、中西五州氏の労働者事業団や、1980年代のアメリカでのワーカーズコレクティブ運動に触発されての生活クラブ生協でのワーカーズコレクティブづくり、それに労働運動の分野では1970年代より企業の倒産争議における自主生産闘争が活発になり、1983年には7年間の自主生産闘争に勝利したパラマウント製靴が生産協同組合としてのパラマウント製靴共働社として成立し、1982年に起きた東芝アンペックスの争議も自主生産闘争を勝ち抜いて1990年には生産協同組合としてのTAU技研として成立、その他の小規模な争議自主生産闘争の結果による自主生産企業は現在が集まって「自主生産ネットワーク」をつくっています。関西でも1970年代から全金同盟関係の争議で自主生産闘争が行われ、関西生コンは協同組合と労働組合を一体化させた事業と運動を展開しました。また中曽根臨調の下に1987年から国労つぶしが開始され、解雇されて国鉄闘争団に結集した1047名の人々は各地に立ち上げた自主生産企業に拠って24年間にわたる闘争を継続し、2010年に200億円の解決金を得る勝利的解決をしました。

私は1970年代の半ばから生協で働き出して、生協の仕事をしながら下町エリアで社会運動に関わったわけですが、中小企業の多い下町の労働運動はパート労働者も多くて地域に密着しており、1984年には江戸川ユニオンという企業を超えたコミュニティユニオンが成立し、同じ頃に誕生した自主生産企業とコミュニティユニオンの組み合わせの中に、私はレイドロウの提起した協同組合地域社会の可能性を実感したものでした。また、1984年に発表された「日本社会党中期経済政策(案)」、後に「日本社会党の新宣言(ニュー社会党宣言)」と呼ばれた宣言が提起され、大内秀明氏が座長を勤め、その部分は新田俊三氏が書いたという「社会連帯部門」の内容は(※別紙参照)、いま言われる社会的連帯経済とさほど変わらない内容でありました。しかし、西欧型の社会民主主義政党をめざしたこの「新宣言」は、発表されるや共産党や新左翼から「社会党の右転落」という批判をあびて、1990年代に社会党は名称だけは社会民主党と変えたものの「新宣言」がめざした社会民主主義路線は実行されることなく、実質解体しました。やれたのはソ連崩壊の前に「階級闘争」&「プロレタリア独裁」を清算できたことくらいでしたが、ソ連・東欧の社会主義の崩壊後は、それに代わるものとして社会民主主義への回帰や協同社会や社会的連帯経済といったものの模索が行われだし、左派を称した人たちも「社会民主主義」や「非営利協同」や「協同社会」を語るようになったように私には思えます。

そんなで、今回のビルバオ大会&モンドラゴン訪問への私の関心は、①ヨーロッパにおける新しい社会運動はどうなっているのか、②モンドラゴンの協同組合社会のヨーロッパ社会への波及はどうか、③モンドラゴンの企業と労働組合の関係はどうかなどですが、もっと広くは、EU各国では新自由主義と反移民のポピュリズムが跋扈しており、フランスでのマクロン政権などは安倍政権と変わらない強健政治を行っているときくわけですが、④それに対する対抗運動とか、社会的連帯経済の動向だとか、⑤一時はギリシアの次はスペインか、イタリアか、ポルトガルかと言われた南欧諸国のその後の状況と協同組合のことなどです。1週間の短い旅でその全部などとても無理でしょうが、空気だけでも感じて来ようと思っています。(※本文は大会参加前に書いたために、実際に見てきたことの報告は、当日口頭で行います。)

上記の④とか⑤が気になるのは、かつて隆盛したヨーロッパ各国の協同組合は、1970年代には大型化した消費生協が倒産したり、株式会社化したりして衰退してしまったわけですが、欧米より少し遅れて隆盛した日本の協同組合も産業社会の衰退とともに衰退に向かうことが予想されます。そして、協同組合は社会的連帯経済をになう主力と位置づけられるわけですが、現状のままでそうなれるものかどうか。衰退しつつある労働組合について、協同組合関係者はあまり関心を持ちませんが、これまで政府がやってきたことは国労から関西生コンまで強い労働組合をつぶして、ゼンセン同盟みたいな御用組合にすることです。要は、産業民主主義の根幹が壊されているわけで、日本の産業民主主義が形骸化された後で、例えば政府が「これからは社会的連帯経済ですね、各協同組合のトップの方々に集まっていただいて諮問委員会をつくります」とかなっても、そんなものはムッソリーニ流のコーポラティズムにはなっても、社会的連帯経済にはならないでしょう。

資本主義の勃興期に、ロバート・オウエンは市場経済から弱者を守るためにコミュニティづくりを試みました。そこは労働運動と協同運動が一体となった世界であり、今また必要なのはこれまでの消費型生協や企業内組合ではなくて、オウエンが構想したような「コミュニティ型協同組合」と「コミュニティ型労働組合」であり、それが一体化して支える社会的連帯経済によるコミュニティだと私は思います。そして時代がここまで来れば、社会的連帯経済は研究対象ではなくて実践対象であり、それは遠い将来にあるものというよりは、マルクスにならえば、社会的連帯経済をつくる運動の実践の中にあるものであります。以上、よろしくです。

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2018年7月29日 (日)

村上良太『立ち上がる夜』書評

B3日前から涼しい日がつづいて、本が読めた。村上良太『立ち上がる夜』(社会評論社2018.7)、一挙に読んでAmazonに以下の書評を書いたところ。近年日本のマスコミでフランスが取り上げられたのはテロ関係か、昨年の若いマクロン大統領の誕生くらいで、しかもマクロンの話題は「妻が25歳年上の恩師」といったようなことばかり。かつては1968年の五月革命など世界中の若者を共感をさせたものだが、その辺り現在のフランスはどうなっているのだろうかと、2年前にニュースで一瞬垣間見た「Nuit Debout(立ち上がる夜)」と呼ばれたフランスの社会運動についての本が出たので読んでみた。

マクロンは社会党のオランド政権で経済大臣をやった人だが、社会党を辞めて2017年5月の大統領選挙では新党LRM(共和国前進)を立ち上げて、国会議員選挙で577議席中308議席を得て圧勝した。一方、2012年の選挙では下院の577議席中283議席を得た社会党は、2017年には30議席と一気に縮小した。そして大統領に就任するとマクロンは直ちに労働法のさらなる規制緩和に着手して、その労働法改正をすすめる法案は、下院に当たる国民議会で270対50という圧倒的大差でが可決され、その背景にはマクロンが立ち上げた新党LRM(共和国前進)が国会議員選挙で577議席中308議席を得て圧勝したことがあったという。そもそもマクロンが大統領になる1年前に起きた「立ち上がる夜」のムーブメントは、2016年3月31日にパリで労働法を規制緩和する法案に反対する大規模なデモが行われて、そこから生まれたもので「新しい連帯をつくるための場」「異なる者を排除しない場」として注目されたものであったわけだが、その1年後がなぜそうなってしまったのか、本書はその背景を探る渾身のルポルタージュである。

日本人はフランスの文化や芸術や思想・哲学に憧れや共感を持つことが多いけど、現状のフランスの政治・社会状況は、「規制緩和のための労働法の改悪」「議会で多数をしめる政権党の横暴」「腐敗は話題には上がっても、実際には何一つ解明されることがない」「マスコミの責任」「政治の危機だけでなく、モラルや社会の危機」「先進国である一方で何百万人もの人々が貧困にあえいでいる」「書店も次々閉店」といった現状で、日本の現状と少しも変わることがない。要は、新自由主義の政策はどの国であろうと、同じ政策をすすめて、格差と貧困を拡大させて同じような社会をつくるわけで、日本の「安倍独裁」に先んじてフランスでは「マクロン独裁」が生じたわけである。さらにマクロン大統領も安倍政権もそうだけど、新自由主義にナシュナリズムを加えて、マクロン大統領は「ナショナリズムの自由主義」をすすめ、安倍政権は「ナショナリズムのための新自由主義」をすすめ、ともに排外主義的にに大衆を巻き込んでいる。

一方、社会党をはじめリベラル派の没落は、新自由主義と折衷的な「ネオリベラリズム」の標榜にあり、国家主義者はその間隙をついてくる。フランスでは公務員を中心とした労働組合のCGTは新自由主義に反対するけど、民間の労働組合が中心のFOやCFDT、CFTC,GSEAなどは協調的であるという。さらに、「雇用と労働の研究センター」のアンヌ・エイドゥによれば、「いわゆるエルコムリ法の最初の狙いの1つにフランス労働市場を規制緩和することがありました。労働法の規制を弱めることと、労働組合の全国組織が労使交渉を行うことに替えてローカルな企業単位で個別に労使交渉を行うことを促すことが最初の改正案に盛り込まれていたのです。企業単位での労使交渉となると、どうしても個別では労働組合は弱いですし、労働者を全員解雇するというような経営者の脅しに屈してしまうことになってしまいます」とあり、日本の労働組合は企業別組合で御用組合だから、これを産業別組合にしなければというのが日本の労働組合の課題であったわけだが、労働組合が強いはずの本家のフランスでは「企業単位で個別に労使交渉」という日本的な企業組合化がすすんでいるらしい。

新自由主義とナショナリズムが跋扈する時代に、果たして何をもってそれへの対抗とするか。そこに「立ち上がる夜」ムーブメントの意義があり、最近のフランスでは「ZAD運動という新しい共同の模索」が始まっていると聞くわけだが、本書ではゼネラルな対抗として、フランツ・ファノンの娘ミレイユ・ファノンは、「グローバリズムに基づく市場原理主義ではなく、連帯を基盤にした経済の仕組みを求めている」と述べている。またフランスらしい対抗として、「立ち上がる夜」に参加した画廊主のコリーヌ・ボネは、「目的は芸術を街の中心にふたたび据えたいということです。ですから、美術市場における投機的なシステムの外にあります。芸術家こそが表現の自由の最後の砦であり、開かれた精神の砦であり、繊細な知性の砦だと思っています」と述べている。そんで私は、「連帯を基盤にした経済の仕組み」と「芸術家こそが表現の自由の最後の砦」を広げたいと思うところ、いずれにせよ「立ち上がらなければの時」である。

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2018年7月23日 (月)

晩期マルクスとコミュニタリアニズム

7月21日に慶応大学で社会主義理論学会主催の講演会があって、大内秀明氏が「晩期マルクスと〈共同体社会主義〉」をテーマに講演した。旧校舎の70名定員くらいの狭い教室でやったのだが、満席であった。内容的には、この間の私のブログと重なる部分が多いというか、それがさらに深化された内容であって、大内秀明氏は「晩期マルクス」を語りながら「私も晩期でありまして、晩期にならなければ晩期にマルクスが到達した社会主義の深遠はわからない」と、労働力商品化の問題と共同体の形成の関連を宇野弘蔵の『資本論』の読解を手がかりに解明していくのである。その解明は近刊の大内秀明編『自然エネルギーのソーシャルデザイン』(鹿島出版会2018.4)をまとめる傍ら、3年前から「仙台・羅須地人協会」で行ってきた「資本論講座」ですすめられてきた作業で、やっと出口に近づいて来たという印象であった。さっき友人で宇野派の矢作さんから電話があって、「昨日の大内先生の講演会に行かれなかったので、内容を教えてほしい。facebookはやっていない」と言うから、昨日facebookに上げたPowerPointにそってメモしただけのものをとりあえずブログに載せるところ。(※一部写真など外している)

1
①左は近刊の大内秀明編『自然エネルギーのソーシャルデザイン』(鹿島出版会)。右は大内理論の源泉のマルクス、モリス、ザスリッチ。

2
②80代半ばになられた大内秀明氏は、「人生は晩期にならなければ、晩期にマルクスが到達した社会主義の深遠はわからない」と、それを解き明かす。コミュニズムは、初期マルクス以来「共同所有」といった所有論的に把握されてきたが、晩期のマルクスはそれを「コミュニタリズム=共同体社会主義」と見直した。

3
③パリ・コミューンがマルクスに与えた衝撃、仏語版『資本論』はマルクスが責任を持って改訂した最終版『資本論』、モルガンの『古代社会』を読んでマルクスは共同体論の研究をやり直し、ザスーリッチへの返書でマルクスは「所有法則の転変」を批判し、価値形態論などバックスによる『資本論』評価は、晩年のマルクスを喜ばせたという。

3a
④ロバート・オウエンとマルクスに始まった社会主義は、これまでの正統派であったエンゲルスとレーニンの国家社会主義、それとモリスとバックスの晩期マルクスを継承した共同体社会主義に分岐した。下の写真は、モリス、バックス、エレノア・マルクス。

3b
⑤この系譜は、堺利彦が大杉栄の本の書評に書いたものだが、後に宇野弘蔵が『「資本論」五十年』法政大学出版会1970)の中で対談者にこれを示して自らの社会主義を語りだしている。要は、宇野弘蔵にとっての社会主義はロシア革命以前からあった社会主義、それも堺利彦あたりから始まっているわけである。

4
⑥『資本論』第1巻7篇24章の「所有法則の転変」→純粋資本主義「自律的運動法則」が宇野弘蔵をインスパイアして、宇野理論の形成につながっている。「所有法則の転変」とは、「個人的労働による個人的所有の否定→社会的労働による個人的所有の資本主義的矛盾の否定→その否定としての社会的労働による社会的所有」という「否定の否定」のこと。

5
⑦宇野弘蔵は、「経済法則」と「経済原則」を明確化して、「経済原則=超歴史的・歴史貫通的な原則、類的存在としての世界人類共同体」の実現が社会主義であると考えていた。

6
⑧労働力の再生産は労働者個人だけの再生産ではなくて家族・次世代の再生産であり、生産と消費の経済循環と一体となって、地域共同体の基礎となる。宇野弘蔵のこの「変革の主体」と「地域共同体」発見の原点に1948年に書かれた「労働力なる賞品の特殊性について」があるが、ほとんど読まれていない。研究すべし。

7
⑨⑧の説明の図。

8
⑩社会的連帯経済といわれるものを大内秀明氏が描けばこうなる、『自然エネルギーのソーシャルデザイン』を併せて読めば、より具体的に理解できる。

9
⑪「おだやかな革命」は、大震災からの復興を描いた映画のタイトルとのこと。共同体社会主義への道は、かつてのような階級闘争に比べれば「おだやかな革命」なのであり、東北の人々による復興への努力の中から姿を現すだろう。

以上

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2018年7月20日 (金)

社会的連帯経済と共同体社会主義

 私は協同組合にいたから、「新しい労働運動」というよりは「新しい協同組合」というのをまず構想した。それはレイドロウの「協同組合地域社会」にインスパイアされて、消費生協だけでなく生産協同組合ほか多様な協同組合や非営利団体やコミュニティビジネスの事業体、さらには地域の労働組合も含めて構成される「コミュニティ協同組合」になるだろうと考えたわけだが、同様に「新しい労働組合」について考えれば、それは上記の「コミュニティ協同組合」と一体化しうるものとしての「コミュニティ労働組合」となるわけである。
 
 協同組合でいう「協同の精神」は、労働組合でいう「友愛の精神」と同じであり、スローガンは両者とも「一人は万人のために、万人は一人のために」である。そして両者は組織である前に人と人との結合であり連帯である。だからコープとユニオンが結合された「コープワーカーズユニオン」には正社員労働者もいれば、派遣やパート、外国人や失業者、障害者も含めて構成され参加できて、そこではみな同格で、北に解雇された労働者があればみんなで支援し、南に職をなくした者があればみんなで仕事起しを企画したり生産協同組合をつくったり、共同で畑を借りていっしょに農作業をやったり、余裕のある物資や食べ物を分け合ったり、共通の目的を達成するために地域のほかの団体と協力したり、あれこれやるのである。
 
 前述したようにロッチデールの先駆者たちが当初構想した協同組合の目的は、「食料品、衣類等を売る店舗を設置する」こと以外に「多数の住宅を建設または購入し・・・組合員の住居にあてる」、「失職した組合員に職を与えるため、物品の生産を始める」、「組合は若干の土地を購入し、矢職した組合員にこれを耕作させる」、「実現が可能になりしだい、本組合は生産、分配、教育および政治のカを備える。・・・自給自足の国内植民地を建設し、同様の植民地を創らんとする他の諸組合を援助する」、「禁酒ホテルを開く」ことなど、その大きな目的は「失職した組合員に職を与えるための国内植民地(コミュニティ)の建設」としたわけであるが、この発想の根源はロバート・オウエンにあって、「コープワーカーズユニオン」もまたそうなのである。
 
 ロバート・オウエンは、エンゲルスによって「空想的社会主義者」とされて初期社会主義者とされ、それはレイドロウの提起した「協同組合地域社会」を担う「生産協同組合と」が「過去の亡霊」扱いされたことにも通じていると思われるのだが、歴史は「空想的社会主義(初期社会主義)からマルクスの社会主義、そして社会的連帯経済へ」というふうすすんでいるわけではない。社会的連帯経済をすすめる人たちにカール・ポランニーの評価は高く、リーマンショック後は市場主義経済への対案として『大転換』は中国など15ヶ国で翻訳され、韓国にはカナダにあるカール・ポランニー研究所のアジア支部がつくられるといった状況だが、ポランニーが『大転換』で最も評価したのはロバート・オウエンであり、そこには「ロバート・オウエンほど深く産業社会の領域を洞察した者はいなかった」。「彼の思想の支柱は、キリスト教からの決別であった。オウエンはキリスト教を、〈個人主義〉という点で、すなわち、人格の責任を個人自体に負わせ、かくして社会の現実と人間形成に与える社会の強い影響を否定しているとして非難したのである。〈個人主義〉を攻撃する真意は、人間のもろもろの動機は社会にその起源があるのだという彼の主張のうちにあった」とポランニーは書いている。現在の格差問題や非正規を「自己責任」に帰す言い草を、オウエンは根底的に否定しているわけである。

 カール・ポランニーは、「18世紀における統制的市場から(労働、土地、貨幣を商品化した)自己調整的市場への移行」を「根底的な転換」とし、「労働、土地、貨幣が本来商品でないことは明らかである」、「市場による購買力管理は企業を周期的に破産させることになるだろう」と書くわけだが、これはポランニーと同様にイギリスの資本主義成立過程から労働力の商品化による資本主義の成立とその歴史的特殊性を見抜いた宇野弘蔵の経済学にとても類似しており、唯物史観と階級闘争論には関心がないところも宇野弘蔵に通じている。
 
 社会的連帯経済とは何か、それは市場経済とどういう関係になるのか、社会的連帯経済の議論の中からはいまいち分らないのであるが、宇野派にとっては簡単である。「共同体と共同体の間に生まれた市場経済は、共同体経済を補足するものになるだろう」(『自然エネルギーのソーシャルデザイン』p67)ということで、これは宇野経済学のテーゼである「共同体と共同体の間から商品はうまれた」をベ-スにしているわけだが、労働力商品によって商品が生み出されるのが資本主義であるなら、脱資本主義はその逆をやればいいということにつながるわけである。前述したように、私的には「脱労働力商品化によるコミュニティの形成」であり、大内秀明氏は「労働力・ヒトについても、賃労働から協働労働に転換し、地域共同体としてのコミュニティの復権が図られる。ビジネスについても、労働力の商品化が前提となった賃労働から協働労働への転換に対応してコミュニティ・ビジネスなど、社会的企業のイニシヤティヴを積極的に位置づけることになる」(前掲書p93)と書いている。内容的には社会的連帯経済と変わらないが、私たちはそれを社会主義に代わる社会的連帯経済ではなくて、晩期のマルクスがそれを示唆した「共同体社会主義」とするのである。
 
 私はレイドロウの「協同組合地域社会」という言葉がいちばん好きであるが、「社会的連帯経済」でも「共同体社会主義」でも、呼び方にこだわることはしない。共同体を市場経済に浮かぶ島などと否定的に考えるのではなく、仕事する労働組合という新しい労働運動、脱労働力商品化をすすめる事業体による大小の共同体とそれを支えるコミュニティは謂わば共同体であり、生産者協同組合が資本が労働を雇うのではなくて、労働が資本を雇うように、共同体は市場経済を共同体経済を補足するものにしていけばいいわけである。道は遠いけど、それは遠い将来にあるものというよりは、マルクスの言うように現実の運動の中にあるものであり、いつしか訪れるであろう世界につながっているはずである。

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2018年7月18日 (水)

「34年前に提起された『社会連帯部門』」つづき

現在編集中の労働組合本に書く原稿を、思いつくたびにノートのつもりでブログにあっぷしているわけだが、fniftyのブログには解析機能があって、何が一番読まれたかなどが分るのである。それで見るとこの間の一番人気は、7月4日アップの「34年前に提起された『社会連帯部門』」で、この間首位をゆずらない。ならばサービスで少しつづきを書こうと、それに少し付け足したとこなう。

しかし社会党のこの「新宣言」は、発表されるや共産党や新左翼から「社会党の右転落」という批判をあび、社会党内左派の社会主義協会派も「新宣言」が党大会で決定された後も、その実行をネグレクトした。1989年の総選挙で土井社会党はフロックで大勝したものの、社会主義協会派が多数の執行部は「新宣言」を棚上げしたままで、その年にベルリンの壁が崩壊し、やがてソ連が崩壊すると、社会党は名称だけは社会民主党と変えたものの「新宣言」がめざした社会民主主義路線を実行することなく、実質解体した。まあ、よかったのはソ連崩壊の前に「階級闘争」と「プロレタリア独裁」を清算できたことであろうか。その後、左派と称した人たちが「階級闘争」と「プロレタリア独裁」をどう総括したのかはあまり聞かないけど、やがて「社会民主主義」や「協同社会」や「社会的連帯経済」が語られ、「連帯」という言葉が新発見のように語られるようになった。

私は新しい運動をすすめるには旧い運動の総括や反省も必要と思うわけで、例えば社会党の「新宣言」で言えば、その資本への「参加・介入」の中身は労線統一による連合の結成を前提にしていたところがあるわけで、小野寺忠昭氏はそういった参加論を、「経営の民主的改革と参加論は、組合の自主生産・管理と組み合わせができれば有効な戦術と思われる。だが労働組合の主体が企業と一体化している今日、経営の民主的改革や参加論は、労働者の排除と切り捨ての体のいい隠れ蓑でしかなかった。労働組合が問われるものは、主体の質、社会性と自立性である。労働者・労働組合の自立思想がなければ、全てがマイナスに帰する論理になってしまうのだ」(『地域ユニオン コラボレーション論』p167)と批判するわけだが、大内秀明氏もまた30年以上前に自らがまとめたその部分について、2018年に出版した『自然エネルギーのソーシャルデザイン』において、こう反省している。

「20世紀の「プロレタリア独裁」型中央集権・指令型のソ連・国家社会主義が1990年代に崩壊した。集権型計画経済の破綻である。さらに国家社会主義に対抗した西欧型社会民主主義の参加介入・同権化の潮流も、そもそも「福祉国家主義」とも言える性格を持ち、それが財政破綻の「ソブリン危機」など、既に行き詰まりをみせている結果も大きいだろう。近代国家の権力を暴力的に奪取する、あるいは議会主義による「参加・介入」による同権化も、要するに権力による集権的指令型の上からの計画化であり、そうした計画化の歴史的限界を克服する必要が高まっている」(『自然エネルギーのソーシャルデザイン』(p92)と。

ソ連型社会主義の崩壊以降、多くの社会主義者たちは社会主義を語らなくなり、新たにヨーロッパ型社会民主主義の周辺に「社会的連帯経済」を見つけ出して、またぞろそれを語りだしているように私には思える。そして先の大内秀明氏の反省は何かといえば、「新宣言」から30年、この間に1870年以降の「晩期マルクス」とフランス語版『資本論』、ならびにウィリアム・モリスの社会主義研究から新たに「共同体社会主義」を構想し、なおかつそれを大震災後の東北の復興の中で実践的に提起しているわけである。

大内秀明氏はこの間、地域にある再生エネルギーを活用した復興計画「広瀬川水系モデル」を提起して、東北大学を中心とする研究者を集めて研究会を行い、今年4月に大内秀明編『自然エネルギーのソーシャルデザイン――スマートコミュニティの水系モデル』(鹿島出版会2018.4)を出版して、広瀬川水系において小型水力発電による再生エネルギーを活用した「地域循環型社会」=「共同体社会」の再生を以下のように構想している。

「もともとスマートグリッド(次世代送電網)が、自然エネルギーの地域分散型ツーウェイ双方向性、さらにネットワーク循環型のメディア特性を特つ以上、エネルギーの地産地消、生産と消費の地場型産業構造、そして協働労働と社会的企業、それらをトータルにネットワーク化するメディアとして機能できるはずである。さらに加えて、もともと地域金融としての協同組合組織である「信用金庫」や「信用組合」による貨幣・金融の機能と結び付くことも十分に可能である。こうしたトータルなメディア機能こそ、スマートグリッドがさらに「スマートコミュニティ」を形成することになる点が重要である」。「共助・互酬の協働労働、非営利組織の社会的企業、そして地産地消の循環型組織・集団としてゲマインシャフト=共同体社会の再生、復活が要請されている」(『自然エネルギーのソーシャルデザイン』p65-6)。
「労働力・ヒトについても、賃労働から協働労働に転換し、地域共同体としてのコミュニティの復権が図られる。ビジネスについても、労働力の商品化が前提となった賃労働から協働労働への転換に対応してコミュニティ・ビジネスなど、社会的企業のイニシヤティヴを積極的に位置づけることになる」(前掲書p93)と。

 ここで大内秀明氏が構想していることは、いわば社会的連帯経済にも通じる内容なのであるが、その根拠を大内秀明氏は「賃労働から協働労働に転換し、地域共同体としてのコミュニティの復権」というふうに「共同体社会の再生」を位置づけるわけである。同書の共著者の半田正樹氏は、さらにこう書いている。
 「人々がその生活日常を、完結する地域社会において営むことをむしろ積極的に選びとろうとする傾向は、いわゆる共同体に対する社会意識ないし時代意識の変化を示すものにほかならない。それは端的には、例えば共同体を封建遺制とみなし、したがって否定ないし超克の対象と捉える視点から、むしろ近現代の様々な負の側面を相対化する契機をそなえ、人と自然との共生を実現し得る可能性を特つものとして、再生ないし、より積極的に創発(Emergence)すべき対象として捉える視点に転換したことを表している。言い換えれば共同体が、人類の歴史のある段階に特有のものとする見方から、人間社会にとって普遍的であり、したがって歴史貫通的な性格を持つものだとする見方に転換したことを意味する。しかも、日本の共同体は、その底流に自治の仕組み、それも自然と人間の自治という点に本質を特つ自治の仕組みを持続させてきた点は注目に値する。あくまでも人間社会の自治でしかないヨーロッパに生まれた自治とは差異化される性格を特つからであり、特に 大震災後に前景化している人と自然の共生としての地域循環型社会の創発にも大いに関わると思われるからである」(前掲書p187)と。

 柄谷行人は『柳田國男論』(インスクリプト2013)に、「〈外来思想〉とか〈土着思想〉とかがそれ自体あるわけではない。あるのは、いまだ抽象(内省)されたことのない生活的な思考と、それを抽象するかわりに別の概念にとび移った、つまり真の意味で《抽象》というものを知らない思考だけである」。「ひとはそれぞれ自分の固有の経験を照明することによってしか普遍的たりえない」と書くわけだが、半田正樹氏ら仙台宇野派の人たちは、「社会的連帯経済」とか「モンドラゴン」を意識することなく、そういうものを社会的連帯経済というよりも「共同体」として地域の歴史から位置づけて、さらにかつてそこに原発がつくられようとした時からそれに反対した人々と共に、女川原発の再稼動に反対する運動とあわせて、「地域循環型の女川町をめざして、原発のない町づくり」へと取り組みをすすめている。

社会的連帯経済とは何か、それは市場経済とどういう関係になるのか、社会的連帯経済の議論からはいまいち分らないのであるが、宇野派にとっては簡単である。「共同体と共同体の間に生まれた市場経済は、共同体経済を補足するものになるだろう」(前掲書p67)ということで、これは宇野経済学のテーゼである「共同体と共同体の間から商品はうまれた」をベ-スにしているわけだが、労働力商品によって商品が生み出されるのが資本主義であるなら、脱資本主義はその逆をやればいいということにつながるわけである。共同体を市場経済に浮かぶ島などと考えるんではなく、あちこちに脱労働力商品化をすすめる事業体による大小の共同体をつくればいいわけである。この発想はレイドロウの「協同組合地域社会」も同じで、かつてそれが提起された時に、それを批判した人たちは「またぞろ生産協同組合の亡霊が」と批判したものだが、ここでいう「共同体」も謂わば34年前の「社会党の新宣言」と同じで、その「新たな亡霊の復活」なのである。

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2018年7月11日 (水)

社会的連帯経済元年?

B東北の宮城から三陸にかけての一帯は、定期的に大地震と津波に襲われるのであるが、1933年の昭和三陸地震&津波による被災地の復興は、とりわけ大槌町吉里吉里集落において多種多様な産業組合をつくることによって行われて「理想村」を誕生させた。後に書かれた井上ひさしのユートピア小説『吉里吉里人』は、この大槌町吉里吉里集落つくられた「理想村」をオマージュして書かれた小説で、そのモデルは実在したのであった。1933年当時の日本は不況の最中にあり、国は中国への侵略を企図していたから地震の復興に金をかける余裕がなかったのであろう、そのために革新官僚といわれた当時新世代の官僚たちが産業組合の制度を使って被災者に産業組合をつくらせて、その産業組合に資金を貸し付けるかたちで復興資金を提供というか貸し付けたわけである。ちょうど大内秀明らが『自然エネルギーのソーシャルデザイン――スマートコミュニティの水系モデル』を準備している頃に、同じ鹿島出版会から岡村健太郎『「三陸津波」と集落再編――ポスト近代復興に向けて』(鹿島出版会2017.3)という本が出版され、そこにはこうある。

「吉里吉里集落に産業組合が設置されたのは、震災約二ヵ月後の一九三三年五月二三日である。正式名称は、当初「保證責任吉里々々住宅購買利用組合」であった。目的としては「組合員ノ住宅、住宅用地又ハ経済二必要ナル物ヲ買入レ之二加工シ若ハ加工セシメテ又ハ之ヲ生産シテ組合員二売却スルコト」と、「組合員ヲシテ産業又ハ経済ニ必要ナル設備ヲ利用セシムルコト」の二つが挙げられている。このことからも、震災直後から住宅再建や産業の復興などの各種復旧・復興事業を担う主体として産業組合が措定され設立されたことがわかる。・・・産業組合は信用、購買、販売、利用の四種類の事業が可能で・・長山漁村経済更生運動においては、産業組合の四種兼業が推奨されていた。吉里吉里産業組合では当初購買と利用の二種兼業であったのが、一九三三年一一月に信用事業が追加され三種兼業となった。復旧・復興事業を行なうにあたり、低利資金の融通を受ける際に産業組合が受け皿となり、さらにそこから各被災者に資金の融通が行なわれることとなる。そのため、産業組合における信用事業は復旧・復興事業における資金の流れを円滑化するうえで非常に重要な事業であったと言える。・・・大槌町では、昭和三陸津波に前後していくつもの産業組合が設立されている。このうち直接的に高所移転事業に関与したのは吉里吉里集落の保證責任吉里吉里住宅信用購買利用組合と、安波、惣川、小枕の高所移転に関与した保證責任大槌水産信用販売購買利用組合の二つである。また、保證責任大槌信用購買利用組合は大槌町全域を対象とした産業組合で、後に大槌病院の設立などにも関与している」(『「三陸津波」と集落再編――ポスト近代復興に向けて』p179-180)。

「吉里吉里集落においては、「計画要項」に見られるように、高所移転や住宅再建などのインフラ整備事業と各種産業の復旧・復興事業などの社会政策関連事業の双方を組み合わせた総合的な復興計画が作成された。・・・計画の実施にあたっては・・吉里吉里集落の場合、震災を受けて集落を単位とした新たな「保證責任吉里々々体宅購買利用組合」が設立された。産業組合が担ったのは、住宅適地造成事業および住宅再建にかかる費用に関し、低利資金の融通を受ける際の窓口になったほか(信用事業)、住宅建設のための材料や日用品などの共同購入(購買事業)、復興趣に新たに建設された共同浴場や水道の経営(利用事業)、醤油や味噌など共同作業所で生産した商品の販売(販売事業)など多岐にわたった。」(前掲書p204-5)とあり、組合によって建設された住宅と町並み、共同浴場、共同販売所、共同製造所とその付属桟橋の写真などが添付されており、吉里吉里集落の「理想村」を髣髴とさせる。

また、岡村健太郎氏は、以下の文章で『「三陸津波」と集落再編』を終えている。
「災害復興とは、いかに被災集落の未来像を思い描き、それを共有し、実行に移していくかというプロセスにほかならない。成熟社会に入り、公助のみによる復興がうまく立ち行かなくなりつつある現代、そしてこれからの日本において、レベツカ・ソルニツトが大規模災害直後の限られた期間にのみ見出したユートピアを、復旧・復興段階を超え永続的なものとする必要があるのではないだろうか。現実のユートピアは、中央政府、地方政府、集落などの各主体間の緊張間係のなかからこそもたらされると考える。にわかにそれを実現するのは難しいかもしれないが、三陸沿岸地域における過去の災害復興の事例のみならず、宮沢賢治が思い描いたイーハトーブや、柳田国男が理想とした産業組合、井上ひさしが描写した吉里吉里国など、三陸沿岸地域がこれまでに築いてきた歴史的文脈のなかからも、ヒントを得ることができるはずである。何より、それが実現可能であることを雄弁に物諸るのが、理想村としての吉里吉里集落である。ポスト近代復興を考えるうえでの手がかりは、歴史のなかのユートピアにすでに存在している」と。

1933年11月の昭和三陸地震から78年たった2011年3月11日に、東北は再び大地震と大津波にみまわれた。福島第一原発の4基の原子炉が破産して、大地震の被害を上回る未曾有の大惨事となり、復興のための工事には巨額の費用が注ぎ込まれている。しかし復興の中身はハコモノ中心で、1933年の昭和三陸地震の復興に用いられた協同組合を使った地域再建的な復興計画は見受けられないし、生協を中心に大きくなった協同組合は多額なパンパは集められるも、協同組合の経験と理想を生かしたそれこそレイドロウの提起した「協同組合地域社会」的構想とその実践は見られない。阪神大震災が「ボランティア元年」といわれたように、それが出来れば、東日本大震災は「社会的連帯経済元年」となれるはずなのだが。

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2018年7月 5日 (木)

「コープワーカーズユニオン」の構想

先月は、6月3日の新宿デモと6月10日の国会前集会に参加した。どれだけ事実をつきつけられても嘘が当たり前に通る国会答弁、ブラック企業と無償の残業と非正規労働者を増やすだけの「働き方改革」、狂気の沙汰の原発推進と、安倍政権のあまりのひどさになんとかせねばと思ったわけだが、どちらも大抗議集会とは言えず、単発で終わった。6月3日の新宿デモは若い人たちが中心で、6月10日の国会前集会は60~70年安保世代の高齢者が中心で、片や60年安保を知らない世代中心、片や60年安保をひきずった世代中心で、残念ながら韓国の政権批判デモのようにはいかない。しかも、安倍政権の支持率はあまり下がらず、若者の保守化がすすんでいるという。果たしてこの先にはどんな社会が訪れるのだろうか、若い人たちをニヒリズムやファシズムに追いやらないためには何をすればいいのだろうか。新しい社会として社会的連帯経済を目指そうというのは、方向としては悪くない。しかし、何をどうすればそうなるのか、現在ある協同組合を大きくするとか、いっぱい集めればそれが出来るのかというと、これまで書いてきたようにそうではない。これまでの協同組合は、より社会的連帯経済に適合的になるように自己変革が必要なわけだが、大きくなった組織と事業は、そうであるが故に自己変革は難しかろう。そこでその役割を果たせる身近な組織があるとすれば、それは協同組合の労働組合であり、関連会社も含むまだ未組織のより多数の労働者のユニオン型労働組合、すなわちコミュニティユニオンへの結集であろうと思われる。

世界的にも労働組合の組織率が下がっているのは、この30~40年間に産業構造が大きく変わって先進国では工場が減り、情報化の進展でホワイトカラーが減り、グローバル化がすすんで事業所が減り、新自由主義による規制緩和がすすんで労働組合の中心であった正規労働者が減ったからである。さらに日本では、戦後労働運動の中で力を持っていた職場労働組合、その代表であった国労が解体され、総評なきあと連合に結集した組合のほとんどは、会社に対して協調的で閉鎖的な企業内組合であり、御用組合としての役割以外はなくした。全労協などに残った少数派組合もあるけど、戦後労働運動を成り立たせていた基盤が失われたこの先、組織が拡大する見込みはまずないであろう。しかるに一方、これまでの労働運動からは外されたままであった非正規労働者、パートの女性や外国人労働者、これらの増え続ける人々のコミュニティユニオンへの参加がすすめば、新しい労働運動への可能性も増すであろうと思われる。そして、会社の番犬の御用組合系でも、連合ではその中核組合となりつつあるゼンセン同盟が中心になって、サービス業系の会社において予防的な組合づくりをすすめている。彼らにとってコミュニティユニオンではだめなのである。

小野寺忠昭氏によれば、「〃労働組合〃と〃ユニオン〃の概念の違いは、団結を企業の外に作り出し自主的な個人加盟の組織にする、この一点にある」という。要は、ユニオンとは昔で言えば合同労組であり、産別で言えば全国一般となる個別企業の枠を越えた組合である。このタイプの組合は、未組織労働者が9割近くなるという時代の中では、大いなる未来があるようにもおもわれるが、分会活動の範囲を企業内にしてしまうと、小さな企業内組合にしかならない。ユニオンが可能性を持つのは、開かれた組合としてコミュニティの中に根を張りネットワークをつくりして、組合の社会的活動の枠を広げることの中にありように思われる。

前に書いたように、現在の生協における正規職員の比率は低く、そこをベースにした労働組合は特権的とも言えるほどの組合員数しかいない。正規職員の比率が低いのは、圧倒的多数の非正規のパート労働者のほかに、下請け会社におけるやはり圧倒的多数の非正規がいるからで、そこでは有期契約の派遣労働者も多くて、時々継続契約を断わられた派遣社員の人の解雇争議ななどが起こる。下町における自主生産闘争もそうであったけど、例え解雇されたのが子会社の社員であろうと、1971年に仙台の全会山岸闘争で勝ち取った法人格否認の法理、子会社の経営権を否定し親会社の責任を認めた判例を基に使用者概念を拡大して、争議は親会社や銀行への直接交渉を要求となるわけである。しかし親会社はなかなか交渉を受け容れないから、だいたい本社前での抗議行動が行われることになる。これは、生協の下請け会社における争議においてもそうなる。本部ビルの外で大音量のスピーカーで行われる抗議行動に対して、では生協の労働組合はどう対応するのかと組合員の人に聞いたら、だいあたいみなさん事務所の中で耳をふさいでいるそうである。

あらためて社会的連帯経済とは何かという問いもあるけど、社会的連帯経済の主力を担うとされる協同組合がこのままでいいのだろうかというのが、この間の問いであり、労働組合だけが企業内組合化して危機にあるわけではなくて、組織と事業の拡大の一方で社会性をなくして内向きになってゆく協同組合も同様な危機にあるわけで、では協同組合と協同組合の労働組合のどちらが自己変革しやすいかと言えば、それは労働組合であろうというのが、ここでの私の言い分である。そして、そのために生協の労働組合は何をなすべきかということになる。そしてこの答えは、さほど難しくない。一言で書けばコミュニティユニオンとしての「コープワーカーズユニオン」の結成であり、地域地域の生協の事業所で働く非正規のパートの人たちは組合費の安い「コープワーカーズユニオン」に入り、「コープワーカーズユニオン」には生協の労働組合員も二重加盟すれば、ユニオンの場では対等に要求がつくれるし、解雇争議をどう解決するかもそこで話しあえるわけである。そしてこれを可能にするには、生協の労働組合と上部団体が組合員のユニオンへの二重加盟を認めればいいだけである。もし、組合費の高い正規職員の労働組合員が組合費の安いユニオンメンバーとの同一労働同一賃金を拒否するようであれば、もう正規職員の労働組合は解散する方がいいであろう。労働組合の肝は友愛主義であり、その理念は「一人は万人のために、万人は一人のために」であり、これは協同組合と同じなのである。

「コープワーカーズユニオン」はひとつのユニオンであるけど、そこへの加盟はどこの生協で働いていてもかまわないし、二重加盟する生協の労働組合員もどこの生協の組合員でもOKである。例えば、江東区にある「コープワーカーズユニオン」の分会には、江東区にある複数の生協の各事業者で働くどの職員もパートさんも加入して、それこそ統一要求だってつくれるし、そこから単協を超えたネットワークが生まれ広げられ、様々な活動や事業の企画までうまれるのなら、社会的連帯経済はすぐそこに見えてくるだろう。問題は単協の理事会だが、生協の労働組合と非正規パート職員のユニオンから同一要求が理事会あてに出されるとすれば、それは理事会にとっても自己変革のチャンスとなるだろうし、もし理事会がそれを拒否するようであれば、労働組合は組合員さんも含めて協同組合や社会的連帯経済の可能性を理事会と大いに議論して、その結果、労働組合も協同組合も自己変革でき、社会的連帯経済を担う主体たりえるようになるだろうと思うところ。協同組合における労働組合の役割は非常に重要であり、協同組合の未来もそこにかかっていると思うところです。

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